第11話「白亜の断崖と祝宴の巨大海鮮パエリア」
中天に差し掛かった太陽が、激戦の傷跡が残る広場を容赦なく照らし出している。
砕け散った巨像の残骸は風化を始めたかのように輪郭を崩し、その表面から微かな魔力の粒子が陽炎に混じって空へ溶けていく。
私は真新しい拠点の入り口に背中を預け、荒くなった呼吸を整えながら眼前に広がる景色を見渡す。
ルミナは弓の弦を丁寧に外し、矢筒の留め具を確認しながら細く息を吐き出している。
ドリスは自らの鋼のハンマーについた岩の粉を布で拭き取り、その重厚な手触りを確かめるように何度も柄を握り直している。
ミアは疲労からか芝生の上に大の字に寝転がり、太陽の温もりを全身で受け止めながら目を閉じている。
私たちの住処を脅かした脅威は去り、島には再び穏やかな波の音と森の葉擦れだけが響き渡っている。
私はゆっくりと立ち上がり、手足の筋肉に蓄積した重い疲労感を振り払うように軽く首を鳴らす。
「怪我人が出なくて本当に良かった。だが、先ほどの戦闘で私の魔力は完全に底を突いている」
私の声に反応し、3人の視線が一斉にこちらへと向けられる。
「この最高の拠点を守り抜いた祝いと、これからの生活の安全を祈願して、今日はありったけの食材を使った最大の宴を開こう」
ルミナの尖った耳がピクリと跳ね上がり、ドリスはハンマーを地面に置いてニヤリと口角を上げる。
寝転がっていたミアは弾かれたように飛び起き、尻尾を左右に激しく振り回して私の元へ駆け寄ってくる。
「宴。いっぱい食べる。私、森の奥で黄色くていい匂いのするお花畑を見つけてるよ」
「ならば私は、海岸の岩場に群生している香草と、酸味のある果実を集めてこよう。祝宴というからには、最高の味付けが必要だろう」
「アタシはタクトの手伝いだ。大掛かりな料理になるなら、火の管理や力仕事は任せておけ」
3人は一切の躊躇なく自身の役割を見出し、即座に行動を開始する。
私はドリスと共に広場の外れへと移動し、巨像の残骸として転がっている平らな岩盤を料理の土台として見繕う。
直径が2メートルほどある円形の石板を2人で持ち上げ、組み直した巨大なかまどの上へと慎重に設置する。
火の通りを均一にするため、ドリスが石板の表面をハンマーで軽く叩いて微細な凹凸を削り落とし、完璧な平面を作り上げていく。
私が火打石で枯れ葉に火をつけ、太い薪を井桁に組んで石板の下に強力な熱源を確保する。
準備が整う頃には、ルミナが両手いっぱいに抱えた香草と果実を持ち帰り、ミアも黄色い花弁を持つ植物の束を口に咥えて戻ってくる。
私はミアが持ち帰った黄色い花弁を手のひらで揉み込み、その特異な香りを確かめる。
それは高級なサフランに酷似した、土の香りと独特の甘みを併せ持つ極上の香辛料である。
ルミナが持ち帰った香草はニンニクに似た強い刺激臭を放っており、果実はレモンのような爽やかな酸味を含んでいる。
私は海岸で見つけて天日干しにしておいた、米に似た丸みを帯びた穀物の袋を取り出す。
そして、この祝宴の主役となる食材を調達するため、ドリスと共に拠点の裏手に広がる白亜の断崖へと向かう。
崖の下には、島を取り囲むサンゴ礁とは異なる、底知れない深さを持つ群青色の海溝が口を開けている。
私は残されたわずかな魔力を振り絞り、鋼の太いワイヤーと、先端に巨大な返しがついた錨のような釣り針を空中に描き出す。
光の粒子が収束して実体化したワイヤーを崖の太い木に結びつけ、釣り針に猪の肉の余りを深々と突き刺す。
海溝の奥深くへと仕掛けを投げ入れると、重い水しぶきが上がり、ワイヤーが凄まじい勢いで引き込まれていく。
数分も経たないうちに、木に結びつけたワイヤーがちぎれんばかりに張り詰め、幹が嫌な音を立ててしなり始める。
「かかった。ドリス、手伝ってくれ」
私の合図と共に、ドリスがワイヤーを太い両腕で掴み、自身の体重を後ろにかけて力任せに引き寄せる。
筋肉が限界まで膨張し、彼女の額から玉のような汗が噴き出す。
水面が大きく盛り上がり、やがて群青色の海を割って、全長3メートルを超える巨大な甲殻類が姿を現す。
それは太い触角と凶悪なハサミを持つ、深海の巨大な海老であった。
緑がかった黒い甲殻が太陽光を反射して鈍く光り、水面を叩き割るように尾を激しく打ち付けている。
ドリスが雄叫びを上げながらワイヤーを崖の上まで引き抜き、巨大な海老が芝生の上へと放り出される。
私が即座に駆け寄り、サバイバルナイフの刃を海老の頭部と胴体の隙間へ正確に突き立てる。
神経を断ち切られた海老は数回痙攣した後に完全に動きを止め、私はそのまま手早く殻を剥がして解体作業に移る。
透き通るような純白の身は恐ろしいほどの弾力を持ち、頭部には黄金色に輝く濃厚な味噌がたっぷりと詰まっている。
全ての食材が広場に揃い、私は熱しきった巨大な石板の上で祝宴の調理を開始する。
猪の脂身を石板に滑らせると、激しい煙と共に獣の甘い匂いが広がる。
細かく刻んだ香草を投入し、油に刺激的な香りをじっくりと移していく。
そこへ、一口大に切り分けた巨大海老の身をためらうことなく投げ込む。
甲殻類特有の甘い匂いが弾け、海老の表面が瞬く間に鮮やかな赤色へと染まっていく。
殻から抽出した出汁と、黄金色の味噌を石板に流し込むと、周囲の空気が咽せ返るほどの強烈な旨味の香りで満たされる。
私は袋に入った穀物をそのまま石板の上へ広げ、海老の出汁と脂を穀物の1粒1粒に吸わせるように手早く炒め合わせる。
ミアが摘んできた黄色い花弁を散らすと、穀物は美しい黄金色へと色づき、見た目にも華やかなパエリアの原型が出来上がる。
最後に海老の巨大なハサミや尾の殻ごと石板の端に並べ、酸味のある果実の果汁を全体にたっぷりと回しかける。
石板の底で穀物が焦げる香ばしい匂いが立ち上り始め、火から下ろす完璧な瞬間を告げてくれる。
私はナイフで石板の端を叩き、完成の合図を鳴らす。
3人はすでに石板の周囲に陣取り、木製のスプーンを握りしめて私の手元を食い入るように見つめている。
私は3人の器に黄金色の穀物と、はち切れんばかりに膨らんだ海老の身を山盛りに取り分ける。
「戦勝と、これからの私たちの楽園に」
私がそう言ってスプーンを掲げると、3人は待ちきれない様子で一斉に料理を口へと運ぶ。
ルミナの肩がビクンと跳ね、彼女は驚愕の表情で口元を手で覆う。
「これは。穀物が海老の濃厚な味を全て吸い込んでいて、噛むたびに口の中で海の旨味が爆発する。果実の酸味が全体を引き締めていて、いくらでも食べられそうだ」
ドリスは器を口に直接当て、火傷など気にする様子もなく穀物を豪快に掻き込んでいる。
「鍋の底の焦げた部分がたまらない。香ばしさと脂の甘みが絡み合って、噛むほどに顎が痺れるくらい美味いぞ」
ミアは両手で掴んだ海老の太い身にかぶりつき、顔中を油だらけにしながら尻尾を床に打ち付けている。
私も一口分をすくい上げ、ゆっくりと咀嚼する。
深海の極寒で鍛えられた海老の身は、歯を押し返すほどの強い弾力を持っている。
それが砕けた瞬間に溢れ出す上品な甘みと、サフランに似た独特の香りが鼻腔を抜け、全身の細胞を歓喜で打ち震わせる。
飲み込んだ熱い塊が胃の底に到達すると、枯渇していた魔力の器に大量の燃料が注ぎ込まれる。
血管が脈打ち、指先から熱いエネルギーが放射状に広がっていくのがわかる。
私たちは会話を交わすことも忘れ、ただひたすらに目の前の極上の料理と向き合う。
広場にはスプーンが木皿を叩く音と、満足げな吐息だけが響き続ける。
巨大な石板の上に山盛りになっていたパエリアは、あっという間に底の焦げ目まで綺麗に削り取られていった。
4人とも完全に満腹となり、腹をさすりながら芝生の上に背中から倒れ込む。
私は空を見上げ、満ち足りた魔力が体内を循環する心地よい感覚に身を委ねた。
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