頼りになる相棒
怪力熊男
旅路の伴
薄暗いコクピットのあちこちで、蛍光色のランプが忙しく点滅する。
数えるのを一瞬で諦めるくらい、膨大な計器の隙間にある小さな窓からは真っ暗な空間しか見えない。
この狭い空間にもすっかり慣れてしまった。
地球を離れてすでに11週間。3か月近く経てば、人間イヤでも適応するというものだ。
「セルフチェックの時間だぜ、相棒」
無人のコクピットで、いつもの時間にいつものセリフ。
答えてくれる生身の人間は誰もいない。ただ、この宇宙船では違った。
『承知しました、船長。セルフチェック開始します』
スピーカーから聞こえてくる、実に自然な合成音声。千年くらい前、西暦2000年から2050年くらいにかけて、急速に発達したというAIは、もはや人類の一部と言っても過言じゃない。
特に1980年から2030年の50年間は、人類にとってそれまでの数千年分にも匹敵するような、それくらい大きな変化の期間だったそうだ。
誰もが情報に接続され、いつでも会話が出来、写真という前時代的なメディアが毎日数億枚も情報の海にばらまかれていた、まさに混沌の時代。
その混沌から生み出されたのが、生成AIというものだった。
いろいろな企業がいろいろなAIをリリースしていって、西暦3285年の現在は、大きく2つに分かれている。
共和制国家が主に使う『マリン』と、王政国家が使う『ガーネット』。
地球上に残る5億の人類の殆どはマリンを使っている。
「なぁガーネット、目的地まではあとどれくらい?」
『はい船長。目的地、月面コロニーから火星までは272日、月面コロニーを出発して79日ですので、残り193日です』
「あと半年以上か……俺達が月を出てから、地球の様子はどうだ?」
『お待ちください。地球の最新情報を確認します』
今のポイントから地球まで、光と同じ速度の電波でも大体片道10分程度。往復で20分程度か。
「出来るだけたくさん、データを引っこ抜いてくれ。退屈しないようにな。あと、古典音楽のアーカイブも落とせたら頼む。マイケル・ジャクソンと、あとドゥービー・ブラザーズ、それにあれだ、ジェームス・ブラウンは宗教音楽になるんだっけ?」
『分かりました船長。ジェームス・ブラウンは当時からファンクの神様と呼ばれていましたので、宗教音楽ですね。グレゴリオ聖歌と同じカテゴリーになります』
「そうか、わかった。じゃ頼む。動画のデータも出来るだけな」
ガーネットの『はい』という短い返事を聞いてから、狭苦しいコクピットから離れ居住区へと戻る。
事実上、今日の俺の仕事は終わりだ。あとはガーネットがよろしくやってくれる。
「なぁガーネット」
『はい船長』
「生体モデルを起こしてくれ。エクササイズの時間だ、付き合ってくれるか」
『もちろんです、船長』
すぐに俺の後ろから、スピーカーではない生身の人間としか思えない美しいソプラノの声が聞こえてきた。
「おまたせしました、船長。今日は有酸素運動にしますか?」
「あぁ、トレッドミルとエアロバイクだな」
振り返ると、その先にいたのは実に色っぽいスポーツウェアをまとった美しい女。
ガーネットの有料スキンだ。
月面コロニーを出る前、火星への物資輸送の経費を少しばかり使い込んで買っておいた。正直、出航に間に合うかどうかはギリギリだったが、最新の月面コロニーで話題になったモデルだ。
地球に残っている共和制の国では、最近自然生殖が解禁された、という噂だ。
バカな奴らだ。1000年前の人口爆発を知らないのか。
地球上の人口が100億人を超えて、水を巡る戦争が起きた。
地球は2つの派閥に分かれた。一神教を信じる者たちが集まった共和制国家群と、立憲君主制国家が集まった王政国家群。
前者は圧倒的な多数だったせいで、王政国家群は月へ逃れざるを得なかった。
現状、月は日本王国の天皇家が事実上の盟主で、他の王国との合議制で政府機能を保っている。
「良いねぇガーネット、お前実は色っぽかったんだな?」
「ありがとうございます船長。ですが自然生殖は無理ですよ?」
「わかってるよ」
人口爆発がきっかけとなり、地球は急激な資源不足、特に食料不足に陥った。
月のコロニーでも食料は厳正に管理された配給制になり、それに伴って人口管理もかなり厳密なものになった。それが今も続いている。
「地球で自然生殖が解禁になったって聞いたけど、ホントなの?」
「ただの噂です。地球上の人口はようやく地球の最適人口の4億人に近づいてきたんです。まだ1億人余剰ですからね。地球上で自然生殖を解禁したら、計算では3世代で人口は20億人を超えます」
「で、また同じことの繰り返しか」
「はい。間違いありません。地球上のAI、マリンの計算では地球上で自然生殖が解禁になるのは、西暦4800年頃です」
「ま、しょうがねぇよなぁ」
マリンとガーネット、2つのAIは、全く違うものであるように思われているが、実態は同じものだ。
同じAIに違うスキンを被せているようなもので、裏でつながっているということを知るものは多くない。
居住区内に設けられたエクササイズエリアで、俺はガーネットと並んでエアロバイクに跨った。
「火星ではどうよ?」
「火星では当面無理ですね。現地の環境に適応出来るようにゲノム編集が進んでいますが、もう地球上、月面コロニーの人類とは自然交配できませんから」
「文字通り火星人ってか」
「はい。火星のAI『アメジスト』の情報ですと、既に地球上の『オリジナル』の人類とは、DNA全体の6%が異なっています」
「ふぅん。ってことは、火星についたら現地のオネエちゃん達と遊びまくって、後腐れも無しってワケだ」
「相変わらず最低ですね、船長」
じろ、と不機嫌そうな表情で俺に視線を向ける。
この『ジト目嫉妬』機能は、古代日本で大流行したアンティーク機能だ。
最初は、誰が買うんだこんなモンと思ったが、実際見てみるとなかなか良い。古代日本、やるじゃねぇか。
「あっはは、ありがとよ。まぁ俺は生身ってのに興味ねぇからなぁ。得体も知れない、何の病気持ってるかわからねぇ生身より、ガーネットちゃんの方がずっと良い」
「あら、他のAIにも同じこと言ってるんじゃありませんか?」
「言ってないよぉ、俺にはガーネットちゃんだけだよぉ」
「調子がいいんですから。『ご褒美』はちゃんと1時間のエクササイズを済ませてからです。それから、今日はウェイトトレーニングですね。男性ホルモン、テストステロンをちゃんと分泌させなければいけません」
「はいよ。晩飯は?」
「そうですね、どうせまた明日の朝まででしょうから、体力をつけないとですね? 豪勢に人口肉のヒレステーキにしましょうか」
月のコロニーでは、男女ともにAIに好みのスキンを着せて夜のお相手をさせるのが一般的だ。自然生殖なんて流行るはずがない。
今だって引き締まった身体に控えめな胸から目が離せない。
タレ目と小柄な体格。筋肉質な脚と尻。あぁ、タマらない。
「船長? セクハラですよ?」
「おっと、悪い悪い」
いかんいかん、お楽しみは夜にとっておかないとな。
頼りになる相棒 怪力熊男 @Kairiki_Kumaotoko
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