タイムリープ②
「今回は多分無理」
分かっていたが、口に出されると嫌になる。
「でも、無駄じゃないと思うよ」
「そうか」
俺が小さく納得すると、彼女は俺のそばに近寄った。
「スマホだして。この表あげるから」
俺は大人しく、彼女にスマホを預けた。
「はい」
スマホのホーム画面にあるアイコンをタップすると、あの表が現れた。俺はそれをすぐさま時間移動用フォルダにいれた。
失いたくなかったからだ。
「じゃあ、遊園地でも行こっか!」
彼女の明るい声が部屋に響いた。
ああ、忘れていないとも。
忘れられるわけもない。
その場所は、
初めて彼女が死んだ場所だったから。
「なんで、また?」
「この時間帯は初めてでしょ?」
「……そうだな」
彼女から訪ねてくるのも初めてだ。
なにか、変化があるかもしれない。
「じゃあ、いくか」
俺は精一杯の笑顔を彼女に見せた。
最寄りの遊園地は電車で二駅ほど揺られた先にある。正確に言えばそこから少し歩く。田舎だからそんな派手なものじゃない。だが、独特の暖かみのあるところだ。
どうせなら、できるだけ楽しみたい。
俺達は手始めにドロップタワーに乗ることにした。
こんな目に遭っているのに、やっぱり高いところは怖かった。
「怖がりすぎ〜」
「しょうがないだろ、苦手なんだから」
「私の腕にしがみついて、恥ずかし〜」
「うるさい」
俺は顔を背けた。怒っていたからではなく、さっきより情けない顔を見せたくなかったからだ。
「大丈夫?」
彼女はニヤニヤした顔で言った。
「次行くぞ、次」
俺は彼女の手を引いて、歩き出した。
「こういうところで食べる飯ってなんで
こんな美味いんだろうな」
俺は空色に染まった容器を凹ませながら、
ストローで色を吸い取った。
「気分じゃない?」
彼女はその小さな頬をアメリカンドッグで膨らませながら答えた。
「そうかもな〜」
俺は腕を伸ばしながら、空を見上げた。
空は残酷なほどに青かった。
3時半か……どうしようかな。
「どうする?もう帰るか?」
「じゃあ最後にアレ乗ろう!」
彼女が指差したのは、ジェットコースター
だった。
「……分かった。いこう」
彼女は知っている。なのに、あまりにも簡単に言ってしまう。それが彼女の強さなのだろう。
俺達は先頭に座った。分かっている。
彼女はこの回を捨てる気だ。
「手繋がないか?」
「うん」
温度が彼女の存在を証明する。脈動は心臓の無事を示している。
カタカタと音を立て登っていく。そして頂上に達する。後列は騒ぎ始める。だが、俺はそんな気分になれなかった。その時までは声など上げられない。
それが、俺に出来る、せめてもの抵抗なのかもしれなかった。
騒ぎは暖かな悲鳴へとかわり、速度は上がっていく。
そして、ループ(一回転)がやってくる。
いつもなら速度を落とさず一回転するはず。
だが、速度は落ち、あのときの状況に近づいていく。耳は音を聞くのを忘れ、色は消え失せる。ただ、俺は彼女の手を掴んでいた。
そして、ありったけの声をあげる。
感覚が戻ってくる。
まだ、俺は彼女の手を掴んでいた。
彼女は落ちない。
地面に当たらない。
俺は座席に足をかけ、バーに胸を当てた。なんとか落ちずに、彼女を捕らえた。
助かった。
すぐに他の人たちが、クッションを持ってきて、彼女の下に置いてくれた。そして、救助にもあまり時間がかからなかった。
ああ、よかった!時計は16:17を示していた。
「よかった、よかった……」
「なに?もう!くっつかないで!」
彼女は落ち着いていた。
「ああ、ごめん。つい」
俺はそのまま、後ずさる。そして……
「あっ」
背が地に向かうのを感じる。日が目を眩ませた。衝撃に備える。
衝撃は思わぬところに来た
右手だった。
体の動きは止まり、俺は左手を後ろに下げる。右手に彼女の体温を感じる。
地面に手のひらを乗せて、腰を下ろす。
率直に言えば、肝が冷えた。
「ふう」
俺は息を漏らした
「ありがとう。おかげで助かった」
彼女は意外な表情を浮かべ、そこに立っていた。
「私も嫌だからね」
「あんたが死ぬの」
俺が立ち上がると、
彼女は語気を強めて言った。
「私助けて、はい終わりっての、
やめてよねそういうの」
「忘れないで、私がいるってこと」
「頼むよ、ほんとに」
彼女の顔には再び笑顔が、戻っていた。
俺達はそのまま駅に向かった。
肌寒さは、もう消えていた。
ホームは人でごった返していた。
俺達は何回も電車を見送り、やっと最前列に立った。電車がまもなく来るとアナウンスが告げる。俺は急いでキャップを開け、ペットボトルを傾ける。
ああ、そうとも俺達は横に並んでいた。
俺は前を向いていた。電車のほうを。
だから彼女の全身が、見えるはずない。
そんなはずはないんだ。
だが、彼女はそこにいた。
電車のライトが彼女の顔に当たり、それを証明した。
彼女の瞳は俺を見つめ、やがて電車の方をに動いた。
俺が聞いたのは彼女と電車が重なるときの音だった。
どう表現すればいいのか分からない。
ただ、今まで聞いたどんな音より、
暗く、鈍く、そして重苦しい音だった。
辺りを見回しても、何も見つけることができなかった。
俺は混乱した頭で考える。イヤホンを取り出し、装着する。そして、スマホの画面に映る時間遡行アプリのアイコンをタップした。
脳内データを読み込み、フォルダーを選択する。
視界がぼやけていく、
意識が消えた。
39回目の3月13日
ああ、くそ!
また、だめだった。
なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!
イライラしてくる。腹が立つ。
歯を食いしばる。大声で何かを罵倒する。
散々喚き散らし、頭が冷えてきた。
しばらく、天井を見つめていた。
『頼むよ、ほんとに』
もしかして、お前はこうなることを分かっていたのか。
俺はスマホ内の時間移動用フォルダーを開く。
そして、タップする。
すると、無数の◯☓が浮かび上がる。
ああ、そうだ。
俺はあのとき頼まれたんだ。彼女を。
もう答えは出ている。
繰り返される時間の中で、彼女を救いたいという俺の想いは劇的に強くなっていた。
あの日常を取り戻したいと切望するようになっていた。
そして、この現状に腹が立ってくる。
なんのために、俺は繰り返すのか。
俺は彼女の死を繰り返すことで、彼女への愛を深めている。そして、現状への不満を募らせている。
今まで体験した失敗は俺の記憶に確かに蓄積されている。そして成功への執着はより強固になる。
『忘れないで、私がいることを』
無駄なんかじゃない。
俺は何十回もの『死』を見せられているのだと思っていた。
だが、それは違う。これは『死』の記録ではない。
彼女を救おうとした俺の、俺と過ごした彼女の『生きていた証』だ。
そうだ。俺は常に彼女達と共にあった。
今ここにいる俺は過去の俺と彼女達からの贈り物だったのだ。
そして、徐々に蓄積される記憶は明確な意志となって、やがて俺を動かすだろう。
俺はこの3月13日を何度も何度も繰り返す。
俺は回り続ける。
そして、いずれ、この円環を突破するほどの巨大な遠心力を生み出すだろう。
進み続けるほど、俺の記憶はより豊かに感情はより強くなっていくのだ。
だから、進もう。
よりよい未来を、
よりよい自分をつくるために。
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