タイムリープ①

 ああ、また!また戻ってきてしまった。


3月13日、スマホの日付がそう告げる。


くそっ!俺はまた失敗した。

また、目の前で。


顔にかかった血の感触が、

今ものこっている。


意識を過去に飛ばすのはそれだけで相当な負荷になる。


38回目の13日。もう限界だ。


もういやだ。部屋から一歩だって出たくない。そういう気分だった。


『ピンポーン』


インターホンがなった。

覗き穴を確認すると。まだ血の気のある彼女がいた。いつもと違う。初めてだ。

俺は手の震えを抑えながらドアを開けた。


「どうしたの?」


彼女は俺の顔を覗き込んで言った。


「いや、別に」


「そう、入っていい?」


「ああ」

 

 少し嬉しかった。元気な彼女を見るのは久しぶりだったから。そのせいか口はいつもより軽かった。


彼女との会話はなんだが久しぶりな気がした。世間話も一段落して沈黙が場を支配する。静寂にメスを入れるように俺は話し始めた。


「なあ、その、今から変なこと言うけど

 気にせず聴いてくれ」


「うん」


彼女は何かを察したように頷いた。


俺はゆっくりと口を開いた。


「俺は今日を何回も繰り返してるんだ」


彼女は小馬鹿にするように笑った。


「なにそれw」

「信じると思うの?」


やばい。何で今頃になって。

何かがせり上がってくるのを感じる。


「いや」

「ただ聴いて欲しかっただけだ」


熱いものが俺の頬を伝い、襟に落ちた。


「え?いや、ちょっと待って!」

「ごめん、ごめん!ちゃんと聞くから!」


彼女は慌てた様子で、ポケットのハンカチを取り出した。


「ちげえよ」


俺はシャツの袖で顔を拭う。


「なんか懐かしくて、つい、な」


声は震えていた。


「大丈夫?」


彼女は不安そうにこちらを見つめていた。


「ああ」


俺は顔を上げることができなかった。


 忘れていた、俺は一人なんかじゃない。

俺は勝手に、彼女を守るべき庇護対象だと思っていた。だが今、そいつに俺は救われていた。


 俺は彼女に全て話すことにした。メモを取り出して簡単な樹形図のようなものを見せた。


「んーーなるほど」


彼女が腕を組んで、眉間にしわをよせる。

しばらくして、腕をほどき、こちらに顔を向けた。


「で、あんたがループしている理由ってな 

 んなの?」


息を整えながらつぶやいた。


「死ぬんだ」


空気が凍ったのが分かった。


「え?」


「お前、死ぬんだよ。今から6時間以内

 に」


電気時計は10:14を示していた


 2142年、時間遡行が可能になった。自身の記憶をコンピューターに記録し、そのデータを過去に送信することで可能になる。

時間遡行にはニュートリノだとかの技術が使われているそうだが、俺には詳しくは分からない。

 

 だが、これにより世界は劇的に変化した。俺達は特別でもなんでもなく、無数にある可能性のうちの一つになった。


『今』は特別なものではなくなったのだ。


 だが、その日はやってきた。


初めての3月13日。

俺は彼女と出かけ、その帰り道に事故にあった。俺は驚いたが、血まみれの彼女を見て、平静を取り戻した。そして、スマホを取り出し、時間遡行アプリを起動した。


他の場所を選んだ。


時間をずらした。


出掛けないよう頼んだが、結果的に喧嘩になった。家を飛びたし、その先で事故は起きた。


すべて失敗した。

救うことは出来なかった。


回数を重ねるにつれて鮮明になっていく死の実感。助けられなかった何人もの彼女達が俺の背中にのしかかり、足取りを重くした。


だが、今は少しだけ軽くなっている。

彼女は苦笑いを浮かべながら言った。


「悪い冗談やめてよ」


「本当だ」


でなきゃ俺はこんなふうにならん。


彼女は顔をしかめた。


今思いついたように俺は聞いた。


「そういえば、なんで俺の家に?」


そうだ、今まで彼女の方から訪ねてきたことはなかった。


ズレ始めているのだろうか、

世界線とやらが。


「なんか、急に会いたいなーって思って」


「……そうか」


もしかして、俺の知らないところで影響しあっているのだろうか。

悪い兆しでなければよいのだが。


 6回はそこまで多い回数じゃない。

多くの人が7回までは生涯で経験するらしい。それは多くのトラブルが、7回も遡行すれば解決するということだ。


俺は9回目になって彼女に協力を仰いだ。

だが、奇異の目を向けられた。

彼女は、またSFの話?と言った。

そう、気づいた頃には遅かったのだ。

今や、時間遡行できるスマホはこの世界でただ一つしかないのだ。


 俺は気を取り直して、彼女に今までのことを洗いざらい話した。



「なるほどね、理解!理解!」


「信じてくれるのか?」


「いや?なんかかわいそうだから」


その返事にため息を吐く。


「そうか……」


「大丈夫!大丈夫!なんとかなるって!」


彼女は親指を立てながら、口角を上げた。


「私を助けられるように頑張ろう!」


彼女は俺のノートパソコンを引っ張り出し

何やらいじり始めた。彼女は慣れた手つきでキーボードを叩いている。指先から奏でられる軽快な音が、沈黙で重苦しかった部屋に少しだけ活気を与えていた。

「なにやってるんだ?」


「ん? ちょっと整理してるの。

 あんたが言ってた『死ぬタイミング』と 

 『場所』それまでの『行動』をまとめれ

 ば発見があるかも」


しばらくして彼女は、俺にある表を見せた。


画面のなかには無数の◯☓が並び、一番右の欄には無慈悲に☓だけが縦並びしていた。その列をうえにたどると、『生存』という文字が書かれていた。


ここに丸印がつけば……


俺がパソコンの画面を見つめていると、

彼女が口を開いた


「あのさ」


「ん?どうした?」


「これさ、今回どころか数回で終わるわけ 

 ないよね」


「ああ」


わかっていた。でも、またか……


「確率的に、あと763回は遡行しなくちゃ

 いけない。」


「この表で考えて最悪の場合は8021回」

「いや、本当に最悪なのは……」


彼女は言葉をつまらせた。

そして、続けた。


「時間遡行の技術が消えても、私の死はな

 くならかった。」


「それだけ、確定事項に近いってこと」


「そして、この表も確かじゃない。いずれ 

 役に立たなくなる。だって、世界を変え 

 ようとしてるんだから」


「回数を重ねれば重ねるほど予想外のこと 

 は起きる」



 彼女に言っていないことがある。

この時間遡行は同列の世界線上で戻るわけじゃない。例えるなら斜めに移動する。

遡行すれば、もとのA世界の現在からA世界の過去ではなく、B世界の過去に移動する。

 

これが問題だ。俺は彼女達を救えない。


俺が、もし、彼女を救える世界線にたどり着いたとしても、彼女達が死んだことは変わらない。


俺は別に彼女達を区別していない。彼女は彼女だ。


なら、俺は何のために……

この3月13日を繰り返しているのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る