第6章 狂った数字

私は素早くキーボードから手を離した。

喉に息が詰まる。


視線はまだ右下の小さな文字列に釘付けだ。

――Server Time Sync: 2025年5月14日 01:14:22。


「ありえない……」

首を振りながら呟く。


目を閉じ、心の中で三つ数える。

再び開く。

数字は変わらない。

2025年。

壁のカレンダーも、スマホも、斎藤さんのメールも、確かに2026年を示している。

どうして一年もずれたままゲームが動いている?


私はすぐにブラウザを開き、公式フォーラムへ。

バグ報告のスレッドを探す。

「今夜のサーバーラグ?」――違う。

「初心者向けビルド」――違う。

「週イベントが表示されない?」――それでもない。


どこにも「年が狂っている」という報告はない。

他の投稿はすべて2026年の日付。


小さく鼻を鳴らす。

これは私のPCだけの表示バグだろう。

アップロード失敗でレジストリが壊れたのかもしれない。

古い機械は重い作業を同時に走らせるとすぐ狂う。


ゲーム画面に戻る。

Pingは45ms。緑色で安定。

接続は正常。


その瞬間、Naoyaのアバターが滑らかに動いた。

インベントリを開き、武器を替え、こちらを見た。


――チン。


新しい文字。


Naoya:

「大丈夫」


「ごめん」の下に並んでいる。

肩の緊張が少し解ける。

順番通りの返事。

さっきの混乱は回線の錯覚だったのかもしれない。


私はキーボードに手を戻し、ダンジョンへ誘う。


Rei:

「いつものダンジョン行く?」


吹き出しが浮かぶ。

彼がゲートへ歩くのを待つ。


だが返事は理屈を壊す。


Naoya:

「君、今日は長くオンラインだね」


眉を寄せる。

長く?

私は一時間ほど前にログインしただけだ。

昼間は眠っていた。

なぜ彼はそう思う?


混乱を抱えたまま打つ。


Rei:

「今日だけ」


すぐ返事。


Naoya:

「どうして?」


沈黙。

答えられない。

現実の締め切りの話などできるはずがない。

彼はただのゲーム仲間。

個人的な事情を共有する相手ではない。


だからいつもの逃げ道を選ぶ。


Rei:

「問題ない」


Enter。

その瞬間、スピーカーから短いノイズ。

フリーズはしない。

だが灰色のシステムメッセージが現れる。


――System: Data packet from [Naoya] received with timestamp mismatch (+31,536,000 seconds).

――Warning: System is forcing stream alignment.


私は凍りつく。

指先が冷える。

31,536,000秒。

計算するまでもない。

365日。


――ちょうど一年。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る