第2章 緑色の灯火


ドアの上の壁時計が一定のリズムで刻む。

――チク、タク、チク、タク。


昼間なら東京の雑音に紛れて消える音。

だがこの時間になると耳の隙間に忍び込み、

夜が深すぎることを正直に告げる。

私はまだ椅子から動けずにいる。


右側のモニターを見つめる。

ゲーム画面には噴水の映像が流れ続けている。

音量はほとんどゼロ。

残るのはPCの冷却ファンのかすかな唸りだけ。


――チン。


短い通知音がスピーカーから鳴った。

聞き慣れたシステム音。

フレンドリストの誰かがログインした合図。


重くなっていた瞼が一気に開く。

リストの一番上、灰色だったアイコンが緑に変わる。


――Naoya Online。


私は息を止めた。

ペンを握った指が宙で固まる。

理由もなく胸の奥に安堵が広がる。

暗闇の中に小さな光を見つけたように。


マウスを動かし、ゲーム画面をクリック。

まだNaoyaのアバターは現れていない。

ロード画面を抜けるまで数秒かかるのだ。


三秒。

五秒。

まだ姿はない。


いつもならすぐ現れるのに、今夜は妙な間がある。

画面が一度だけ瞬き、白いノイズが走った。


「VGAが壊れかけてる?」

眉を寄せて呟く。


温度は正常。

ネットも問題なし。

だが画面の隅に赤い文字が一瞬だけ浮かんだ。

――Error: Packet Delay Inversion Detected。


すぐ消えたので読み切れなかった。

古いオンラインゲームにありがちなサーバーエラーだと片付ける。


やがて青い光の粒がスポーン地点に集まり、

黒いパーカー姿のキャラクターが立ち上がる。

Naoyaだ。


動かない。

ただゆっくり呼吸するアニメーションだけ。


私はアバターを歩かせ、数歩の距離まで近づく。

パーティチャットを開き、短い言葉を打ち込む。


Rei:

「遅い」


Enter。

吹き出しが頭上に浮かぶ。

返事を待つ。

いつもなら「五分だけ」とか「今来た」と返すはず。


だが沈黙。

吹き出しは消え、Naoyaは動かない。

アバターが小さく震えている。

見えない力に押されているように。


そしてチャット欄に文字が現れる。


Naoya:

「君、もうログインしてる?」


私は目を見開いた。

何度も読み返す。

おかしい。

私はずっとここにいる。

彼は今、私を見ているはずなのに。


キーボードに指を置き、答えを打つ。


Rei:

「もうずっといるよ」


Enterを押す前に、画面が急に流れる。

三行のメッセージが一度に吐き出された。


Naoya:

「今来た」

Naoya:

「五分だけ」

Naoya:

「ダンジョン行く?」


順番が崩れ、重なり合う。

遠くからまとめて送られてきたような歪み。


私は打ちかけた文を消す。

胸にざわめきが広がる。

ゲームの不具合じゃない。

言葉の調子が違う。

いつものNaoyaはもっと遅い。

今夜は急かすように畳みかけてくる。


「回線のせい……?」

声が震える。

説明できない違和感が背中を撫でる。


深く考えないようにして、短い返事を打つ。


Rei:

「いいよ」


送信。

その瞬間、画面が再び揺れる。

街のBGMが一秒だけ歪み、

壊れた機械の呻き声のように低く響いた。

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