酸っぱいに違いない
@Chino1018
第1話
息を大きく吸い込み、ドアノブを一思いに捻る。
「羽田葵さんですよね!お待ちしておりました!」
扉の向こうには、年齢のサラダボウルとでも言おうか、幅広い人材が揃っていた。
「意外と若いやつもいるもんなんだな」
てっきりこんな考えを持つ者は、ある程度歳を食った人ばかりだと勝手に思い込んでいたが、どうやら間違いらしい。
「羽田さん、是非適当なところに座っちゃってください」
先ほど歓迎してくれた禿頭の中年男性に促され、私は空いている適当な席に座ることにした。
「本日はお集まりいただきありがとうございます!お忙しい中たくさんの人が参加してくださっているのですから、どんどん議論して知識を深めちゃいましょう!」
何を隠そう、今日出席した集まりの目的は、反出生主義の思想を持つ人との交流である。
「子供というのは親を選ぶことができません。夫婦が互いに愛しているから、その証として子供を作る?あまりにもエゴイスティックだとは思いませんか?そのためだけに子供に人生という業を背負わせるのは、あまりにも酷というものです」
先ほどの男性が力強く熱弁を続ける。ごもっともである。勝手に作っておいて、そのくせその人生すら親のものにしようとする。イかれた世の中だと常々思う。私は自殺ですら、生まれてきたら当然に備わっている人権であるとさえ考えている。無理矢理始めさせられたんだから、終わりくらい選ばせてほしいものだ。
「本当にその通りですよね……自己中心的に産んでいるだけでは飽き足らず、思い通りに成長しなければ叱りつける……なんてひどい人たちなのかしら……」
先ほどの男性に続いて、メタボが目立つ女性が呼応する。こちらも全くその通りだと思う。産んでしまったからには、最後まで珠のように扱うのが最低限の礼儀ではないのか。
「では、そろそろ自由時間にしたいと思います。隣の人でもいいですし、自由に議論してみてください」
初めての集まりということもあり、少し戸惑っていると、
「羽田さんでよろしいでしょうか?」
と声をかけられた。
整った輪郭に、透き通った鼻筋。幼さを残しながらも、切れ長の美しい目によって凛とした印象も与える女性が話しかけてきたのだ。彼女は七瀬花というらしい。
「七瀬さんは、よくこの集まりに来られるのですか?」
「実は私も初めてで、とても緊張していたのですが、羽田さんが入ってきて安心しました。ふふ、これで一人ぼっちになることはないなって」
そう言って彼女は白い歯を見せて笑った。彼女は都内で働く社会人7年目であり、自身の抱く思想を確かめたく、清水の舞台から飛び降りる思いで参加したとのことだ。
「実は、皆さんみたいに活発に議論できるような知識とか、強い思い入れみたいなのはないんです。けど、一回こういう集まりに参加してみたら、良くも悪くも客観視できるかなって。一人でただ考えているだけじゃ、それが正しいのかもわからないですし」
「その考えは素晴らしいと思います。第三者を介して俯瞰することは、思想を抱く上でとても必要なことだと思いますから」
彼女との会話は非常に心地よく、時間を忘れて話し込んでしまった。これだけで今日の収穫は十分だと感じる。
「宴も酣ですので、本日はお開きにしたいと思います。本日はお集まりいただきありがとうございました!また次の機会がございましたら宜しくお願いします」
私が彼女に軽く会釈をし、席を離れようとした時だった。
「よかったら、話の続きをしたいですし、どこか飲みに行きませんか?」
私は二つ返事で了承し、彼女のおすすめである近くの焼き鳥屋で酒を酌み交わすことになった。
身の上話に花が咲き、酒が進む。
互いに酒が十分に回り、体に熱が帯びてきた頃であった。
「実は私、今日の集まりは羽田さんに出会うためだったのかなって思って……。社会人になってから周りが結婚し始めて、みんな子供を持つじゃないですか。何も進んでいない私が置いていかれている感じがしちゃって、そんな状況を否定するためにこんな思想を掲げていたのかも。弱い自分を守るため、自分を正当化するために。けど、羽田さんと出会ってこの考えが変わっちゃった。子供って、そんな打算的なものじゃないのかもしれない。好きな人との間に生まれてくる子供を育てることができるのって、どれだけ幸せなんだろうって」
私はこの瞬間、急激にアルコールが抜けるような感覚に襲われる。彼女の好意には気づいていた。その上で酒を酌み交わしているし、私自身、彼女に強く惹かれていることはもはや否定できない。
しかし、やはり子供を産み落とすというのはあまりにも非生産的で、残酷なものなのだ。子供を持つことが幸せだと誰が定義したのか。そんな価値観のもとで産み落とされた子供に、本当の幸せなんてあるはずがない。
「こうやって、葵と出会えたのも運命なのかも」
子供を作ることが悪ならば、それを育む恋愛すら邪道なのだ。意味がないのだ。この考えの正しさを証明するため、今回のような集まりに足を運び、周りが恋愛にうつつを抜かす中、必死に勉学に励んできた。一時の感情に流されてはいけない。これ以上、不幸な子供を増やしてはいけない。
「私、葵のこと好き」
こうなることはわかっていたのに。
気づいた時には、私たちは暗いベッドの上に二人で座っていた。
彼女の手が、私のチャックに伸びる。
ゆっくりとズボンを下ろし、最後の扉を叩く。
そして、彼女は絶句する。
そこには、男性としてあるべきはずのシンボルが存在していないのだから。
酸っぱいに違いない @Chino1018
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