底辺Vtuberの『隠してる魅力』、データ分析で全部暴いて覇権にします

亜未田久志

第一章 一期生編

第1話 同接、四十八


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 マシュマロというのは、世界で一番やわらかい凶器だと思う。


 モニターに並んだ匿名メッセージを、俺は無言でスクロールしていた。所属ライバーに届いた質問箱を、配信前に運営側でチェックする。それがゼロ番町プロダクション唯一の社員、もとい雑用係である俺の朝の仕事だ。


 九割は応援。残りの一割が、顔の見えない悪意。


 世の中はだいたいこの比率でできている。知ってた。


「……これはアウト」


 削除。


「これも、まあ……燃えるな」


 削除。


 淡々と処理していく。感情を込めると効率が落ちる。データを捌くときと同じだ。一通あたり平均一・二秒。慣れたものである。


「お」


 手が止まった。


『同接二桁のくせに運営気取り? その事務所、いつ畳むんですか?』


 ……正論なのが、一番つらい。


 反論できない。なぜなら本当に同接が二桁だからだ。昨夜の配信、最大同時接続者数は四十八。よんじゅうはち。


 しかも内訳まで知っている。知りたくないのに知っている。それが俺の仕事だからだ。


 四十八人のうち、毎回必ず来る常連が三十人。新規はたった十八人。そのうち五分以上残ったのは、片手で数えられる。


 学校の一クラスぶんちょっとの人類しか、うちの星宮ほしみやうたの歌を聴いていない。聴いて、すぐ帰る。


 俺はそのマシュマロをそっと削除し、ついでに胃のあたりをさすった。


 データはいつだって嘘をつかない。だから、ときどき殺しにかかってくる。


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 ゼロ番町プロダクション。


 地図に載っているのが不思議なくらい、何もない雑居ビルの三階にある弱小VTuber事務所だ。所属タレントは三名。社員は社長と俺の二名。以上。


 俺、久遠くおんとおる、二十六歳。前職は大手広告代理店のデータアナリスト。億単位の広告予算を、小数点以下まで最適化する仕事をしていた。


 していた、というのがミソである。


 数字は出せた。本当に出せたのだ。ただ、その数字を「人」に届けるところで、俺はいつも詰めを誤った。会議で正論を言いすぎて煙たがられ、気づけば社内に味方がいなくなっていた。


 人間というのは、正しいグラフより、隣の席の機嫌で動く生き物らしい。


 それを三年かけて学んで、俺は会社を出た。


 そうして流れ着いたのが、この同接二桁の吹き溜まり。拾ってくれた社長には感謝している。していると思う。たぶん。


「久遠くーん。今日の数字、どう……?」


 社長がデスクの陰からおそるおそる顔を出した。五十がらみの、人の良さだけで生きてきたような丸い人だ。経営の才能は、残念ながら丸ごと家に置いてきたらしい。


「先月比で、登録者プラス十二人です」


「おお! 増えてるじゃないか!」


「三人で割ると、一人あたり月四人。このペースだと、登録者一万人に到達するのは……」


 俺は電卓を叩く。叩いてしまう。叩かなければよかった。


「……およそ、二十年後です」


 社長の顔から、ゆっくりと光が消えた。


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 その夜も、星宮うたの歌枠を、俺は分析画面ごしに眺めていた。


 メインモニターには配信のプレビュー。淡い水色から白へ流れる長い髪が、配信のライトを受けて、ゆるく巻いた毛先で揺れている。紺とシルバーの衣装は夜空みたいで、動くたびに襟元の星が小さく光った。薄い藍色の瞳が、伏せられて、また上がる。歌っているときの彼女は、穏やかで、どこか遠い。


 画面の中の星宮うたは、きれいだった。


 ……と、サブモニターの同接グラフが視界の端で揺れて、俺は我に返る。そうだ、俺の仕事はこっちだ。


 歌は、いい。彼女の歌は本物だ。少なくとも俺の耳と、何より同接グラフがそう言っている。


 ……いや。


 俺はグラフを巻き戻す。もう一度。さらにもう一度。


 妙なのだ。さっきから、ずっと。


 サビじゃない。サビできれいに歌い上げた時は、むしろ同接が微妙に落ちる。客が、ほんの少し冷める。


 伸びるのは、二番のAメロ。彼女の声が、ほんのわずかに震えるところ。音程が不安定になって、息が混じる、あの一瞬。


 そこだけ、視聴維持率のグラフが不自然に持ち上がる。コメントの流速も上がる。滞在時間が、目に見えて伸びる。


 何度確認しても、同じだった。


 客は、彼女が「上手く歌えた時」ではなく、「声が震えた時」に集まっている。


 ……気づいてないんだろうな。本人は。


 たぶん、あれを「失敗」だと思っている。プロを目指す歌い手にとって、声が震えるのは未熟の証だ。配信後にひとりで落ち込んでいるのかもしれない。また震えちゃった、と。


 その震えが、彼女の一番の武器なのに。


 もったいない。


 そう思ってから、らしくないな、と一人で苦笑した。


 数字は「もったいない」なんて思わない。もったいないと思うのは、いつだって人間の方だ。


 俺は、その人間ってやつが、昔から少し苦手なんだが。


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 画面の向こうで、星宮うたが「おつかれさまでした」と頭を下げて配信を切る。


『数字の話ばっかりするマネージャー、正直こわい』


 星宮うた──本名は知らない。まだ、教えてもらえる関係じゃない──に、先週そう言われた言葉を思い出す。


 こわい、か。


 まあ、そうだろうな。俺は人の機嫌より先にグラフを見る男だ。前の会社で全員に嫌われたのと、同じ顔をしているんだろう。


 だから、今日見つけたこの発見も、まだ言わない。言えない。


 「あなたの歌、震えてる時が一番いいんですよ」なんて、こわいマネージャーに突然言われても、嫌味にしか聞こえないだろうから。


 いつか。ちゃんと、伝わる関係になれたら。


 その時に、言う。


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 その夜、社長から一通のメッセージが届いた。


 いつものへにゃっとした絵文字は、なかった。


『久遠くん。明日、大事な話があります。スポンサーさんから、最後通牒がきました』


 俺はスマホの画面を、しばらく見つめていた。


 同接四十八。登録者、二十年後に一万人。


 数字はいつだって嘘をつかない。


 だから今、嘘みたいに静かに、終わりの気配がしていた。


(第一話 了)

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