第39話「リアルスタート」
【4日目・潤視点】
警察車両の赤と青の回転灯が、公園を不規則に照らしていた。サイレンはすでに止んでいたが、その余韻だけが耳の奥に残っているようだった。伊藤直樹が警察に引きずられていく姿を、俺は感情のない目で最後まで見届けた。彼の最後の悪あがきと呪い混じりの視線は、俺には何の影響も与えなかった。想定していたシナリオの最後のページが、ただ静かにめくられただけだ。
すべては予定通りだった。いや、予定以上だった。詩彩の勇気ある行動と決定的な証拠の確保が、この争いの重心を完全にこちら側へ傾けた。
潤|「明日。あいつの民事裁判が開かれる。正直、責任感のないあの寄生虫は、裁判当日に言い訳をして逃げる可能性が高いと思っていた。だが、警察に殺人未遂の現行犯で逮捕された以上、もうそれもできない。拘束状態で裁判に出廷することになる。そして既存の民事訴訟に加えて、これからは刑事裁判も追加されるだろう」
法の網はすでに張り巡らされていた。あとはその中で藻掻き、自ら首を締めるかどうか、それだけの問題だ。俺は横に立つ二人へ視線を向けた。衝撃と安堵、そして複雑な感情が入り混じった表情の恵と、まだスマートフォンを握る手を下ろせないまま固まっている詩彩。
俺はまず詩彩のもとへ歩み寄り、彼女が持つスマートフォンの上にそっと手を重ねた。
潤|「詩彩ちゃん、もういい。よくやった。君のおかげだ」
低い声に、彼女はようやく緊張が解けたように小さく息を吐き、頷いた。俺は彼女の手からスマートフォンを受け取り、動画ファイルを確認して安全に保存した。これが我々の最も強力な矛であり盾になる。
そして恵の方へ振り返る。彼女はまだ顔色が青白かったが、その瞳だけは以前とは違っていた。恐怖ではなく、何かの決意が宿っている。
潤|「恵ちゃん、もう終わった。少なくとも、あんな形で脅かされることはもうない」
俺の言葉に、彼女は小さく首を横に振った。
恵|「いいえ……ここからが始まりでしょう。でも大丈夫よ、潤くん。もう怖くないわ」
その強い声に、俺はわずかに頷いた。警察が近づき、簡単な現場確認を行った。俺は弁護士として二人の供述を整理し、必要な手続きを案内した。気づけば夜はすでに日付をまたぎそうになっていた。
潤|「遅い。二人とも今日は休んだ方がいい。明日は長い一日になる。家まで送る」
俺は二人を安心させるように言い、車が停めてある場所へと導いた。夜の空気は冷たかったが、不思議と不快ではなかった。むしろ思考が研ぎ澄まされていく感覚だけがあった。
本当の戦いは、これから法廷で始まる。そして俺は、依頼人のために必ず勝つ。
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【4日目・詩彩視点】
まだ手が微かに震えていた。スマートフォンを強く握りしめていたせいで、掌には汗が滲んでいる。直樹——あのクズが警察車両に押し込まれて消えていく光景を見ても、現実感が薄かった。私が……あの化け物を捕まえるのに一役買った。怖くなかったと言えば嘘になる。彼がレンガを持って現れた瞬間、心臓が床に落ちたような感覚がした。それでも、その瞬間、頭にあったのはただ一つだった。
「弁護士さんを守らなきゃ」
その一念だけで、全身の血が熱くなった。もう直樹のようなクズに振り回される弱い女じゃない。私は自分の意志でここに立ち、自分の手で証拠を掴んだ。その勇気はすべて、一人の人間から始まっていた。
竹山潤。私の弁護士さん。
彼の声が耳の奥に残っている。「詩彩ちゃん、もう大丈夫。よくやった。君のおかげだ」
彼に手を覆われた時の温もり、呼ばれた時の優しい声。「詩彩ちゃん」と呼ばれた瞬間、固まっていた心が溶けていくようだった。いつも冷静で事務的に見えた彼から、初めて感じる私的な温度だった。直樹のような欺瞞的な甘さではない、真心のある尊重と労い。
💭詩彩|「竹山潤……本当に素敵な“お兄さん”だ」
彼の背中に立ちながら、恵が安心した表情で警察に説明している様子を見つめていた。どんな状況でも揺れない冷静さ。すべてを見通し、盤面を組み立てる知性。それでいて、信じてついてきた人間をきちんと守る繊細さもある。直樹のようなクズとは比べることすらできない、本物の男だった。
彼の運転する車の助手席に座り、窓の外を眺めた。隣には恵が座っている。私たちはほとんど話さなかったが、気まずさはなかった。嵐を共に越えた者同士の奇妙な連帯感がそこにあった。私はちらりとバックミラーに映る彼の横顔を盗み見た。
この人に出会わなければ、私はまだ直樹に騙され続け、加害者の烙印を背負いながら自己嫌悪の中で壊れていたかもしれない。でも彼は私を「被害者」として認め、立ち上がる力をくれた。ただの弁護士と依頼人の関係を越えて、彼は私の救いだった。
家の前で車が止まった。彼は私たちを順番に降ろし、明日法廷で会うと言い残した。私は車から降り、深く頭を下げた。
💬詩彩|「お兄さん、今日は……本当にありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
明日。ついに審判の日。そして私はもう一人じゃない。あの素敵なお兄さんと共に、堂々と法廷に立つ。
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