第3話「社長」
会場が静かになった。
さっきまで雑談していた人たちが、一斉に前を向く。
壇上へ歩いていく男――神崎修司。
黒いスーツに派手さはない。
高そうな腕時計も、目立つアクセサリーもない。
なのに、不思議と目がいく。
歩き方なのか、姿勢なのか。
理由は分からなかった。
ただ、「この人が社長なんだ」と自然に思わせる何かがあった。
神崎社長は壇上に立つと、深く頭を下げた。
「本日はお忙しい中、東陽テクノ株主総会へお越しいただきありがとうございます」
会場から軽い拍手が起こる。
そして説明が始まった。
売上。
利益。
新規事業。
来期予想。
正直、数字の細かい話は途中から頭に入らなくなっていた。
……眠い。
昨夜も残業だったし、朝も早かった。
隣のおじさんを見る。
真剣にメモしている。
前の方では何人かがうなずいている。
「みんなすごいな……」
俺だけかもしれない。
眠気と戦っているの。
そんなことを思っていた時だった。
神崎社長が資料を切り替えた。
画面に表示された文字。
【AI導入計画について】
俺は少しだけ目が覚めた。
神崎社長が話し始める。
「東陽テクノは今後、業務効率化をさらに進めます」
「AIによる自動化、業務支援、データ分析を強化し――」
聞きながら思った。
……あれ?
なんか引っかかる。
社長の話は分かりやすい。
ちゃんと未来を見ている感じもする。
でも、何か違和感があった。
「現場の負担軽減を目指します」
その言葉を聞いた瞬間だった。
頭の中に、会社の先輩の顔が浮かんだ。
毎日終電まで残ってる田中さん。
営業なのに資料作成ばかりやらされる後輩。
使いにくいシステムのせいで、何回も同じ入力をしている自分。
俺は思った。
「いや、それ……」
軽減されてないじゃん。
AIとか導入しても、結局現場が地獄になる会社、結構あるぞ。
もちろん東陽テクノがそうだとは限らない。
でも、なんとなく感じた。
言葉と現場が、少しズレている気がした。
その時だった。
説明が終わり、司会が言った。
「これより質疑応答へ移ります」
会場が静かになる。
誰も動かない。
誰かが手を挙げると思った。
でも十秒。
二十秒。
誰も挙げない。
神崎社長は水を飲みながら会場を見ていた。
俺は腕を組む。
……まあ、そうだよな。
こんな大勢の前で質問なんか――
そこで気づいた。
右手が上がっていた。
「……え?」
自分で固まった。
上がっていた。
完全に無意識だった。
そして最悪なことに。
司会の人が笑顔で言った。
「はい、後方のそちらの方」
周りの視線が、一気に集まる。
隣のおじさんがニヤッと笑った。
「頑張れ、1株くん」
やめてくれ。
心臓が壊れそうだった。
俺はゆっくり立ち上がった。
神崎社長と目が合う。
「ご質問をどうぞ」
喉がカラカラになった。
そして俺は――
「えっと……AI導入の話なんですけど……」
言ってしまった。
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