『年収300万の俺、株主総会で人生が変わった』
黒宮 史郎
第1話 「1株だけの株主」
「佐藤、これ今日中な」
机の上に、また書類が置かれた。
時刻は午後七時四十分。
定時は六時。
俺――佐藤悠斗、二十七歳は、返事だけして黙ってパソコンを見つめた。
「……はい」
周りを見渡す。
まだ誰も帰っていない。
いや、正確には帰れない。
営業部という名前の雑用係。
電話対応、資料作成、クレーム処理、先輩のミスの修正。
気づけば三年が経っていた。
学生の頃は思っていた。
社会人になれば、もっと自由なんだろうって。
仕事して、金を稼いで、休日は好きなことして。
そんな人生を想像していた。
現実は違った。
手取り二十万円。
残業代は固定。
ボーナスは「気持ち程度」。
年収三百万。
スマホの電卓で何度計算しても、急に増えたりはしない。
「……帰りたい」
小さくつぶやいた。
だが、誰にも聞こえなかった。
帰宅したのは夜十時過ぎだった。
一人暮らしのワンルーム。
コンビニで買った半額弁当をテーブルに置く。
テレビをつける気力もない。
代わりにスマホを開いた。
唯一の楽しみだった。
株のアプリ。
学生の頃、動画で見た。
「少額でも投資は始めた方がいい」
そう言われて、なんとなく始めた。
最初は数千円。
今も大した金額じゃない。
むしろ、笑えるレベルだった。
画面を見る。
保有銘柄一覧。
赤。
赤。
赤。
赤。
「また下がってる……」
思わず顔をしかめる。
その中で一つだけ、小さく緑になっていた。
【東陽テクノ +2.3%】
「あれ?」
思わずタップした。
東陽テクノ。
何の会社か細かくは知らない。
たしか優待の記事を見て、なんとなく買った気がする。
正確には――
「買えたのが1株だけ、だけど」
苦笑した。
投資家とか名乗るのも恥ずかしい。
資産形成動画では「まず100万」「まず300万」とか言っている。
いや、無理だろ。
年収三百万の人間に。
弁当を食べながら画面を閉じようとした時だった。
通知が表示された。
【株主総会開催のお知らせ】
「……株主総会?」
思わず読み直す。
日時、場所。
大阪市内のホテル。
参加資格:株主。
「俺でも行けるのか?」
何回見てもそう書いてある。
1株でも株主は株主らしい。
少しだけ笑った。
大勢の金持ちに混ざる自分を想像した。
どう考えても場違いだ。
数秒考えて、閉じようとした。
だが、下の方に小さく書かれた文字が目に入った。
【お飲み物をご用意しております】
「……」
さらに下。
【終了後、軽食あり】
「…………」
俺はスマホを見つめた。
そして真顔で言った。
「行くか」
誰もいない部屋で声が響いた。
軽食目当て。
理由なんてそれくらいだった。
その時は思っていなかった。
その1株が、自分の人生を全部変えることになるなんて。
そして数日後――
俺は人生を変える男と出会う。
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