第5話「回収」


『蓮司……助けて……!』


麻衣の声は震えていた。


背後では何かが倒れる音がする。


ガシャーン!


ガタン!


「麻衣!? どうした!?」


『わ、わかんない……急に部屋の電気が消えて……玄関が……』


ブツッ。


通話が切れた。


「……っ!」


俺はすぐにかけ直す。


圏外。


もう一度。


圏外。


三回目。


圏外。


「ふざけんな!」


スマホを握りしめた。


案内役の男を睨む。


「お前ら何した!」


男は表情を変えない。


「何も」


「嘘つけ!」


「私たちは何もしません」


静かな声だった。


「ただ、バランスを取ります」


「……バランス?」


「人は何かを得れば、何かを失う」


男は俺のスマホを見た。


「条件欄に書いてありましたよ」


【大切なものを失う覚悟】


血の気が引いた。


まさか。


最初から――。


「お前……!」


掴みかかろうとした。


だが身体が動かない。


足が床に張り付いたようだった。


見ると、自分の足元に黒い文字が浮かんでいる。


【勤務中】


「な……」


「無断離席は禁止です」


「お前ら頭おかしいだろ!」


「時間がありません」


男はタブレットをこちらへ向ける。


杉本奈々の未来画面。


その横に、新しい表示が増えていた。


【残り時間:29分】


「対象者の未来を変更してください」


「成功すれば評価が上がります」


「そして――」


男は少しだけ間を置いた。


「大切なものを守れる可能性も上がります」


俺は息を止めた。


守れる?


「……可能性って何だよ」


「絶対じゃないのか?」


男は答えなかった。


代わりに画面を操作した。


すると映像が切り替わる。


そこには麻衣がいた。


部屋の隅で震えている。


「……!」


生中継だった。


顔が青ざめる。


部屋の電気は消えている。


スマホの明かりだけ。


そして、画面の端に――


誰かいた。


黒い影。


人の形をしている。


でも顔がない。


第3話で見た、あの社員たちと同じだった。


麻衣は気づいていない。


影はゆっくり近づいていく。


一歩。


また一歩。


「やめろ……!」


思わず叫ぶ。


男が言った。


「選んでください、相沢さん」


「他人の未来か」


「あなたの大切なものか」


残り時間。


【28:14】


【28:13】


【28:12】


俺の手は震えていた。


そして画面の下に、新しいボタンが現れた。


【未来を修正する】


俺は――


指を止めた。


なぜならその瞬間、対象者の顔を見て気づいたからだ。


「……え?」


杉本奈々。


その女性は。


画面の中で笑っていたその人は――


昔、俺が面接で落とした後輩だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『35歳無職、転職サイトに俺の未来が載っていた』 黒宮 史郎 @iitian

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画