全裸のピエロをアンインストールする方法
三角
第1話 ブレーキの壊れた男との遭遇
世の中には壊れたブレーキを「個性」だと言い張る人間がいる。
カズはまさにその代表格だった。
彼と出逢った頃、私は彼を「優しい人」だと錯覚していた。
深夜。仕事帰りに電話をかければ、彼はいつも快く車で迎えに来てくれた。その時の彼は誰よりも親切で、頼りになるパートナーに見えたのだ。
――ただし、彼が「泥酔した状態」でハンドルを握っていることに気づくまでは。
「ねえ、ちょっと待って。お酒の匂いがするんだけど」
助手席に乗り込んだ瞬間、鼻を突くアルコールの臭いに私は凍りついた。
が、彼は笑っていた。まるで、深夜のドライブを少しスリリングにするためのスパイスだとでも言いたげな、屈託のない笑顔で。
「大丈夫だよ。俺、飲んでも全然平気だから」
「そういう問題じゃないでしょ?飲酒運転は駄目だよ。子供もいるんでしょ?もし何かあったらどうするの」
私は怒鳴ることもなく、ただ優しく諭すように言った。今思えば、あの時の私の「優しさ」が彼という人間を育てる最悪の肥料になってしまったのかもしれない。
彼は私の顔を見て、少しだけ困ったような顔をして「分かったよ」と軽く答えた。
だが、その一週間後。彼はまた酒を飲んだ足でハンドルを握っていた。
その次も、その次の週も。
彼は止まらない。いや、止まるという概念そのものが、彼のOSにはインストールされていないようだ。
彼にとって、法律や倫理。家族の安全といったものは、自分の「その時の気分」という名のアクセルよりも優先順位が低い。
彼はあの頃から、ずっと全裸だったんだ。
自分の醜さも、無責任さも、何一つ隠そうともせず平気な顔で人生という公道を暴走し続けていた。
当時の私はそんな彼の「ブレーキの壊れ方」を、ただの未熟さだと思っていた。
まさか。その滑稽な暴走の先で彼が自分自身の尊厳まで事故らせて、SNSという名のゴミ箱に全裸でダイブすることになるなんて――夢にも思わなかったけれど。
今になってようやく分かる。
彼にとっての人生とは、守るべき道ではない。ただ、気分次第でいつどこで事故を起こしてもいい、安っぽいレンタカーのようなものだったのだ。
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