第13話 勝負じゃなくて遊びです

 魚屋のおばさんの話を聞いた翌日。

 木皿亭の前に、いつもの下町キッズ三人がやってきた。


 ただ、様子がおかしかった。


「……おい、どうしたお前ら」


 俺が箒を持ったまま声をかけると、先頭のジンが気まずそうに目を逸らした。

 その後ろで、丸っこいポポが、どんよりと沈んだ顔で下を向いている。


「それがさ、兄ちゃん」


 ジンが頭を掻きながら言った。


「ポポのやつが、おかしくなっちまったんだ」


「おかしくなった?」


 俺はポポの前にしゃがみ込んだ。

 怪我をしているようには見えない。熱があるわけでもなさそうだ。


「どこか痛いのか?」

「……ううん」

「じゃあ、腹減ったとか?」

「ううん……」


 ポポは涙目で、自分の右手を見つめていた。


「ポポ、石が投げられなくなっちゃった」


「……は?」


 俺は間抜けな声を出した。


「石が、投げられない? 肩でも痛めたのか?」


「違うんだよ」


 ジンが横から口を挟む。


「痛いんじゃなくて、投げ方がわかんなくなったんだって」


 俺は首を傾げた。

 投げ方がわからない? どういうことだ。


「ちょっと待ってろ」


 俺は道端に落ちていた手頃な小石を拾い、ポポに握らせた。


「ほら、あそこの壁に向かって投げてみろ」


 ポポはこくりと頷き、小石を握りしめた。

 そして、腕を振りかぶって――。


 ぽとん。


 石は、ポポの足元に力なく落ちた。


「え?」


 俺は目を瞬かせた。

 今のはなんだ。手が滑ったのか?


「もう一回」


 俺が別の石を渡す。

 ポポはまた腕を振りかぶる。

 しかし、腕を前に振る瞬間に、なぜか手首が奇妙な方向に曲がり、指がパッと開いてしまうのだ。


 ぽとん。


 また、足元に落ちる。


「……なんだこれ」


 見ていて、背筋にぞわっと冷たいものが走った。


 運動神経が悪いとか、そういう次元じゃない。

 まるで、“物を投げる”という一連の動作のプログラムだけが、頭の中からすっぽり抜け落ちてしまったような、そんな不気味な動きだった。


「だから言ったろ。投げ方がわかんなくなったんだよ」


 ジンが悔しそうに唇を噛んだ。


「昨日の夜さ。俺たち、夕飯のあと広場で遊んでたんだ」


「夜に子どもだけで遊ぶなよ」


「……ごめん。でも、そこに変なやつが来たんだ」


 変なやつ。

 俺の脳裏に、昨日の魚屋のおばさんの言葉がよぎる。


『相手の顔も、どこで遊んだかも、よく覚えてないんだよ』


「どんなやつだ」


「顔は……よく覚えてない。でも、すっげえ派手な服着てて、仮面みたいなのをつけてた気がする」


 ジンは必死に記憶をたどるように目を細めた。


「そいつがさ、ポポに言ったんだ。『君は石を投げるのが上手いね。私と少し、石当てをして遊ばないか?』って」


「石当て……」


「俺、知らない大人だし怪しいと思って止めたんだよ。でもそいつ、『これは勝負じゃない。ただの遊びですよ』って笑って……」


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 まただ。

 またその単語だ。


「それで、ポポが負けたのか?」


「うん。そいつが投げた石、空中で曲がって樽に当たったんだ。絶対ズルだぜ! でもポポが負けたら、そいつ……」


 ジンはゴクリと唾を飲み込んだ。


「『では、君のその上手な投げ方を、少しだけ貰っていきますね』って言って、そのままスッと消えたんだ」


 沈黙が落ちた。


 俺は、足元に落ちた小石を見つめた。


(概念ごと奪われたってことか……!?)


 物理的な怪我じゃない。

 記憶や感覚、技術そのものをピンポイントで奪う能力。


 ファンタジー世界だ。魔法なんていくらでもあるだろう。

 だが、問題はそこじゃない。


(あいつ、意図的に『勝負』を避けてる)


 俺の加護は、「相手から勝負を挑まれ、それを受けた時」にしか発動しない。

 もし俺があの仮面の男と出会って、同じように「遊びましょう」と言われたら?


 ……発動しない。

 俺はただの「少し足の速い高校生」のまま、魔法らしき謎の力で何かを奪われることになる。


「やばいな……」


 俺は思わず頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紙一重の英雄譚 〜楽勝できないチートで異世界最強に食らいつく〜 かなはし @kanahasi

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ