第10話 ライバルとかマジで勘弁して
そこからの数分間は、ただの地獄だった。
ガガァンッ! ギィィィンッ! ズバァァァンッ!!
「ハッハァ! どうしたナオ! 動きが鈍ってきたぞ!」
「うるっ……せえっ!」
巨大な斧の乱舞。
俺はそれを、ひたすら紙一重で弾き、逸らし、避け続けていた。
端から見れば「四天王の連撃を涼しい顔で捌く達人」に見えているかもしれない。
だが、現実は違う。
(限界! これもう絶対限界! 腕の感覚ないし、足は生まれたての子鹿みたいにプルプルしてるし!)
加護のおかげで、ギリギリ死なない動きはできている。
だが、俺のHPはとっくにゼロだ。気力という名のマイナス残高で無理やり体を動かしている状態だった。
しかも、俺にはひとつの決定的な弱点があった。
(俺、平和な日本の高校生だから! 人を斬る覚悟とか一ミリもないから!)
そう。俺は防戦一方なのだ。
いくら加護で互角に持ち込めても、相手の首を刎ねるような真似は、恐ろしくてどうしてもできなかった。
「チィッ……! 俺の攻撃はすべて防ぐというのに、なぜ反撃してこない!」
グラドが苛立たしげに距離を取った。
「俺を殺す気はないとでも言うのか! 人間風情が、この四天王を舐めるなァッ!!」
怒り狂ったグラドの全身から、先ほどよりもさらに濃い、どす黒い魔力が噴き上がった。
巨大な斧に、その魔力が収束していく。
周囲の空気がビリビリと震え、西通りの石畳が勝手にひび割れていった。
やばい。
素人目にもわかる。あれは、絶対に受けちゃいけないやつだ。
「ナオオオオッ! この一撃で、貴様のその余裕なツラごと叩き割ってくれるわァァッ!!」
「余裕なわけあるか馬鹿野郎!!」
俺の悲鳴は、轟音にかき消された。
グラドが跳躍する。
空を覆い隠すほどの巨体が、太陽を背にして俺を見下ろした。
『絶空・魔断裂』。
そんな中二病みたいな幻聴が聞こえてきそうな、問答無用の超絶大上段振り下ろし。
(あ、これ死んだ)
避けられない。
広範囲すぎて逃げ場がない。
受け止めても、俺の腕ごとペシャンコだ。
なら、どうする?
人を斬り殺す覚悟はない。逃げることもできない。
時間が、ゆっくりと流れるように感じた。
(……待てよ。相手が勝負を降りれば、この地獄は終わるんだよな?)
相手の命を奪う必要はない。
あのでかすぎる「斧」さえなんとかすれば、この勝負は俺の勝ち逃げで終わるんじゃないか?
俺の脳内で、加護が弾き出した「ギリギリの勝機」がピタリと重なった。
(あそこだ……!!)
振り下ろされる大斧の刃。その根元。
さっきの打ち合いで、一箇所だけ、ほんのわずかにヒビが入っている部分があった。
俺は、借り物の剣を両手で強く握り直した。
「ああああああああああああああっ!!」
ヤケクソの絶叫と共に、俺は逃げるどころか、真っ直ぐにグラドの大斧に向かって踏み込んだ。
「な、なお兄ッ!?」
「直央! 馬鹿な、真っ向から受ける気か!?」
背後でミリィやレオンが悲鳴を上げる。
受けるんじゃない。
俺は、ただ一点だけを狙う!
ガギィィィィィィィィィィンッッ!!!!
世界が爆発したかと思った。
俺の剣の切っ先が、大斧のヒビに寸分違わず突き刺さる。
凄まじい衝撃が俺の両腕を駆け抜け、肩の関節が外れかけた。
「ぐおおおおおおおおっ! 砕けろおおおおおおっ!!」
俺の全魔力、全体力、全人生のムキになったパワー。
そのすべてが、女神の加護によって「たった一つの奇跡」へと変換された。
ピキッ。
小さな音が、戦場に響いた。
グラドの目が、驚愕に見開かれる。
「……ば、かな」
パァァンッ!!
澄んだ破砕音と共に。
四天王の象徴とも言える巨大な魔斧が、真っ二つにへし折れた。
砕け散った刃の破片が、キラキラと太陽の光を反射して宙を舞う。
同時に、限界を迎えていた俺の剣も、粉々に砕け散った。
ドスン、とグラドが着地する。
その手には、刃の半分を失った無惨な斧の柄だけが残されていた。
静寂。
瓦礫だらけの西通りで、誰もが息を呑んでその光景を見つめていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
俺は、柄だけになった剣を握りしめたまま、肩で激しく息をしていた。
もう一歩も動けない。指一本動かしただけで全身がつりそうだ。
グラドは、手元の壊れた斧をじっと見つめていた。
「……俺の、バルグレイドが」
そして、ゆっくりと俺に視線を向けた。
(やばい、怒らせたか!? 丸腰で殴りかかってこられたら今度こそ死ぬぞ!)
俺が内心で震え上がっていると。
「――ク、カカカ」
グラドの喉の奥から、低い笑い声が漏れた。
それは次第に大きくなり、やがて大爆笑へと変わった。
「フゥーハハハハハハッ!! 見事だ、ナオ!!」
「え?」
「貴様、俺の首を刎ねる隙があったにも関わらず、あえて武器のみを破壊したな! 『今の貴様では命を奪う価値もない』という無言の侮蔑! そして俺の誇りだけをへし折る圧倒的なまでの実力差!!」
「いや全然違うけど!?」
なんだその超絶ポジティブな勘違いは!
俺はただ、人を斬りたくなかったのと、斧さえなくなれば帰ってくれるかなって思っただけで!
「フフッ……屈辱だ。我が半生で、これほどの屈辱を味わうことになろうとはな」
グラドは、壊れた斧の柄を、愛おしそうに撫でた。
「だが、この胸の高鳴りはどうだ。久しぶりだぞ、これほどまでに『次』が楽しみになったのは」
グラドが、残った斧の柄を、バシッと俺に突きつけた。
「相良直央! 俺の負けだ。今日のところはこの首、貴様に預けておこう!」
「いらないいらない!」
グラドの目が、ギラギラと燃え上がっていた。
「次に会う時こそが、本当の死闘だ! この刃、必ず貴様の血で濡らしてやる! 首を洗って待っていろ、我が最大の宿敵よォォォッ!!」
言い残すなり、グラドは跳躍した。
ドゴォン! という足音と共に、一瞬で王都の城壁を飛び越え、空の彼方へと消えていく。
嵐が、去った。
残されたのは、半壊した西通りと、唖然とする王都の民。
そして。
(……最大の
俺は、心の中で血の涙を流していた。
あんな戦闘狂にストーカー宣言されたなんて。平和な下町ライフの夢が、完全に粉砕された瞬間だった。
「な、なお兄ぃぃぃぃぃっ!!」
泣き叫ぶような声と共に、小柄な体が俺の胸に飛び込んできた。
ミリィだった。
「うわっ、痛っ、ばか、ミリィ、骨折れるっ」
「ばかばか! 死ぬかと思った! ほんとに死ぬかと思ったぁぁっ!」
ミリィは俺の服にしがみついて、大声で泣きじゃくった。
その後ろでは、ジンたちも鼻水を垂らしながら「兄ちゃんすげええ!」と騒いでいる。
「……おい」
ボロボロの体を引きずって、レオンが歩いてきた。
その顔には、これまで見たこともないような畏敬の念が浮かんでいる。
「直央……お前、一体どこまで強さを隠していたんだ。あの四天王を、あえて殺さずに退かせるとは……」
「だから隠してないって。俺はただの、少し足が速いだけの――」
言いかけて、俺の視界がふっと暗くなった。
あ、やば。
緊張の糸が切れた。
「なお兄!?」
「直央! しっかりしろ!」
焦る二人の声を遠くに聞きながら。
俺の意識は、深い闇の中へと落ちていった。
――こうして、俺の異世界生活第一章は幕を閉じた。
誰とでもギリギリになる俺の、クソみたいな加護。
そのせいで、俺は「最強の英雄」として王都中で祭り上げられることになり。
さらには四天王のヤバい奴に目をつけられ。
俺の心休まる日は、この先一生やってこない気がした。
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