第14話 配信開始
その日は、少し天気が崩れるという予報だった。
兄の京太郎の待ち合わせ場所は三条駅から出てすぐ、三条大橋の目の前にある銅像……親しみを込めて地元民からは土下座像と呼ばれる場所で待ち合わせするとのことらしい。
――何もそんな日にわざわざ出かける必要なんてないのに……。
洗面所で歯磨きをしながら芽依は不機嫌を露にしながら口をゆすぐ。
一緒に見たいアニメは山ほどあったし、さらに言えばどうせ出かけるぐらいなら自分が一緒に行きたかった。河原町商店街の古着屋巡りとかもしたかった。
「芽依? 朝ご飯片したいから先に食べちゃいなさい」
「んー」
母親から声をかけられて適当に返事をする。
歯ブラシをコップに置いて廊下に出ると、玄関で淡いピンク色のワイシャツを着た兄の背中が見えた。
「うん、うん……そっか。なるほどね」
京太郎は誰かと電話をしていた。電話の向こうの人はこっちまで漏れ聞こえるぐらいの勢いでがなっていて、それに対して京太郎は冷静な口調で穏やかに返している。
「話は分かったよ。けど万が一があるだろうから一応予定通りにするよ……うんうん、はは。そうだね、心配してくれてありがとう」
そう言って京太郎は電話を切り小さくため息をついた。そしてこちらに気づくといつも通りの人の好さそうな笑みを浮かべる。
「おはよう芽依。どうした?」
「いや別に……兄さん、今の電話は? なんだか相手の人が怒ってたっぽいけれど」
「ああ、吉岡だよ」
言われて芽依は京太郎の数少ない友人の顔を思い出す。
「あー、あのイケメンの先輩?」
「そうだよ、というかあいつのこと知ってるのか?」
「んーん、でも割と有名だよ? テニス部の女の子の中だけでも結構話題になるし、クラスでもそこそこ知られてる」
顔が良くノリも軽く明るいので、女子の中には自分から吉岡の方に近づいていく子も多い。
それを踏まえた上で芽依は吉岡について答えた。
「んでもって絢瀬先輩に対しての下心が丸出しだから、大体みんな一回しか近づいてかない」
「悪名かよ」
そうは言われても本当にそういう意見で溢れかえっているから困るのだ。彼の容姿の良さに惹かれる友達は多いのだが、瑠璃華への好意が露骨すぎて大概の女子が引いて終わる。
「……けどあんまり悪く言わないでやってくれ。あれで結構良い奴なんだ」
「えー? 本当に?」
「うん、友達想いな男だよ」
笑いながら玄関で靴を履く京太郎に、芽依はむーと唇を尖らせる。
「朝ご飯は? 食べてかないの?」
「そうだね。胡桃沢さんと合流したら、一緒にどっかで食べようかな」
折り畳み傘を手にそう言って京太郎は扉を出る。
垣間見えた空はごろごろと、不機嫌そうに唸っていた。
***
京阪電車にしばらく揺られ、僕は三条大橋の目の前に置かれた土下座像の前に到着した。
普段であれば歩きにくい程に人であふれるこの場所も、天気が崩れそうということもあって今日は人もまばらだった。
「さて……着いたよ……っと」
事前に教えてもらったIDからメッセージアプリで胡桃沢さんに連絡。集合の予定時間の三十分前、財布の中には七千円程入れてきたし、電子マネーもある程度チャージしてるから、お金が足りないって事は無さそうだ。
けれど、瑠璃華には本当に助けられた。事前にあいつにレクチャーをしてもらわなきゃ僕は何をしていたか分かったものじゃない。
「……あいつにも、一応連絡しとくかな」
瑠璃華のアイコンを開き、頑張ってくるよと端的にメッセージを送る。
すぐに返事、猫のキャラが親指を立てているスタンプが送られてきた。頑張れみたいな意味なのかもしれない。
一応チラリと胡桃沢さんのトーク画面をチェック。既読はまだついていない。
「……待つか」
呟いて伸びをする。見上げた空は今にも落ちてきそうなぐらいに暗く鉛色で、出来れば早く来てくれないかなとちょっとだけ思ったりする。
これは後から聞いた話だけれど、今日の成り行きを実況するディスコードの配信が始まったのは、丁度この辺りからだったらしい。
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