第13話 祭りの後 後の祭り
そこからの過ごし方については、特別に語る事もないかも知れない。
けれど何となく、今日の事は一生忘れなさそうな気がした。空の青さと葉桜の緑と、
瑠璃華の表情が、やたらに記憶に強く焼き付いた。
全部を事細かに語ったらきりがないから、掻い摘んで語っていこうと思う。
***
京都駅前イオンモール、大階段にシールで張られた公開中の映画の巨大な広告。久しぶりに訪れたら変わっていたその内容を見て二人で顔で同じ感想を抱いていた。
「この映画……まだ続編続いてたんだな」
「セブンて……」
小学生の時に京太郎の家で二人で見た映画。何となく記憶に引っかかっていたそれの続編を見て、どんな内容だったか覚えていない事に何故だか大笑いした。
***
「これ! 絶対にこれ京太郎に似合うって!」
「……ピンクじゃん。」
建物内のユニクロで二人して服を見ていた。
瑠璃華は僕に似合うと言って十着ぐらい服を持ってきて、その中の一つ……淡いピンクのワイシャツを僕の手に押し付けてきた。
「いいよこんなもん、僕はこっちの迷彩柄のミリタリージャケットの方が――」
「京太郎? 多分似合わないからやめて」
そう言って瑠璃華はチノパンとピンクのシャツを僕の手に押し付けた。絶対に似合うからと強く主張され、仕方なく僕は更衣室に服を持って歩いて行った。
「ピンクなんて僕には似合わないっていうのに……まったくこれだから……」
十分後、更衣室の中で瑠璃華の選んだ上下の服を着た僕は、鏡の前で固まっていた。
「……」
『どう? 似合ってる?』
「……まあまあ」
結局その後服を購入した。まあ、まあまあぐらいだけどね。絶対に最初に選んだ迷彩のミリタリージャケットの方が良かったけどね?
でもまあ選んでくれた瑠璃華に悪いから、明日の胡桃沢さんとのデートにはこれを着て行こうかな。
***
「京太郎……お腹いっぱいで眠い……」
「だからやめときなって言ったのに」
フードコートでカレーライスを注文し、さらにうどんチェーン店の揚げ物を山盛りにとってきて平らげた瑠璃華に苦言を呈しながらベンチに座ってちょっと休憩。二人して喋るのは学校で起きた他愛のない出来事だった。
「吉岡がさ、お前と遊ぶときは誘えってうるさいんだよ」
「えー嬉しい。一昨日きやがれって言ってあげてもらえる?」
「全然嬉しそうじゃないな」
一時間ほど、ただ二人で声を上げて雑談を続けていた。話した内容はあんまり覚えていない、けれどただただ、楽しかった。
***
そして昼過ぎ、喋り飽きた僕達は映画館にいた。
見ているのは大階段にあった長編映画の七作目、スクリーンいっぱいに映る物語を二人で眺める。
『……こいつ、ウチの記憶だと女の子だった気がすんだけど』
『男になってるし羽が生えてるな……』
かつてヒロイン枠だった筈のキャラクターが性転換して空を飛び回っている。僕らの見ていない間に何があったのか気になる。
映画そのものは金はかかっているが大味な印象だった。しかしこんな時、瑠璃華が超能力者なので私語厳禁の映画館でも雑談が出来る。お陰で退屈しない。
……とは言え、正直飽きてきた。ポップコーンを食べ終えたら出ようかな。
『なあどうしようか? これ最後まで――』
そこで僕の言葉が止まった。闇の中でスクリーンに照らされる瑠璃華の横顔があんまりにも綺麗で、僕は数秒間見惚れていた。
こんなに、絢瀬瑠璃華は可愛い女の子だっただろうか。
『ん? ああゴメンね。何? 映画に集中してた』
『……前に座ってるあの人、めっちゃトイレに行くなって思って』
『うわマジだ。トイレ近い感じかな? 三回目ぐらいじゃない?』
社会人と思しき男性がトイレに向かうのを見て瑠璃華は同情の言葉を漏らしていた。
今の一瞬、僕の思考を掬い取られなかったことに少しだけ安堵した。
***
そして、夕方になる。
学生のお出かけと考えるのなら日没ぐらいにはお開きが良いだろう、そんな結論に達して京太郎と瑠璃華は再びJR改札前に立っていた。
「いやあ、まさか最後に核ミサイルで全部なかったことにするなんてな」
「ねー? 監督が全部嫌になってめちゃくちゃにした感じかな?」
二人して同じ歩幅で肩を並べて歩いていく。どちらかが何かを言うたびに声を上げて笑い、リアクションをする。夕闇を追い出した様に明るい駅構内で、僕達は改札前で足を止めた。
「……終わりか」
「ねー? もっと遊びたかったし」
「だね」
素直に言葉に出してそう言った。瑠璃華は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてる。
「……意外なんだけど。すぐ認めんだね?」
「僕の事を何だと思ってんだ。そこまでひねくれてないよ」
偽る気にもならない本音を吐き出した。本当に今日は、とてもとても楽しかった。
そしてそんな僕の感情を読み取って瑠璃華がうずうずと体を揺らして笑う。
「いいじゃーん。ぐへへ、ようやく素直になりやがってぜこいつ~」
「やめろお前」
少しだけじゃれて、そしてそこでちくりと心が痛んだ。
絢瀬瑠璃華は心の底から良い奴だ。客観的に見ても可愛いし、話していても楽しいし、一緒にいてこんなにも気が楽な相手も他にいない。
そしてこんな僕の事を本気で好きと言ってくれている。なのに僕は、そんな瑠璃華を踏み台にして他の女の子と二人で会おうとしてる。
「……あのさ」
「余計な事言ったら、ギャルパンチお見舞いすっから」
ちょっと寂しそうにそう言って、瑠璃華はいつも通り底抜けに明るい声色で言った。
「いいのいいの。別にデートに行くからって京太郎があのクソ女と付き合うって決まったわけじゃないし」
「けどさ……それでも僕は、瑠璃華のこと考えなさ過ぎてたんじゃないかなって――」
「お、余計な事言った? ウチのギャルパンチが京太郎の右わき腹に炸裂する?」
「ギャルパンチってリバーブローかよ」
もう一度笑い合い、僕らはそこで向かう先を違える。
それぞれの家路につく。ここでお別れになる瑠璃華へ、僕は心からお礼の言葉を口にした。
「んじゃ、明日は頑張ってくるよ。ありがとう瑠璃華」
「……うん」
「……? どうした?」
「あんね……その……」
何かを言い出そうとして、口を開けたまま固まる瑠璃華。どうしたのかと少し心配になったけれど、やがていつものおどけた調子に戻って瑠璃華は手を振った。
「やっぱいいや! またね!」
「……? ああ、そんじゃまた明日」
そうして瑠璃華との疑似デートは終わった。
楽しかったという思い出と、明日に挑む勇気と、楽しむための道筋を胸に刻み、送り出してくれた瑠璃華の為にもやれることを全部やろうと胸に刻む。
後になって思えば、もう少し注意を払うべきだったのかもしれない。
そうすれば、雑踏の中で僕の姿を見る胡桃沢さんの存在に、底意地の悪い笑みを浮かべる友人たちに囲まれ、無表情でこちらを見る彼女に、もしかしたら気づけたのかもしれない。
そしてもっと、よく考えるべきでもあったかもしれない。
一見ただのギャルで、けれど本当は優しい瑠璃華が一貫して胡桃沢さんの事を、あのクソ女と呼び続けていたその意味を。
そうすれば今日が、ただの楽しい思い出で終わっていたのに。
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