第7話 立ち尽くしていた。
オヲナギは、分かりやすく暴君だった。
アマツカミの治癒の力を持ちながら、その力を仕える兵士に使わなかった。
なのに、不思議だ。
彼に仕える人間も、オウツオノ神の兄弟も、
は何かに“支配”されているかのように、暴君の命に忠実に従い、命を投げ出すように立ち向かってくる。
タチトとタチハに守られながら、赤の瞳を力強く輝かせる。
目に入る者たちの傷を癒すために。
───彼らの恐怖を拭うために。
長い赤髪を高い位置で結い上げている“兄神”を見た時、あの少女を見た時とは違う“血の騒ぎ”を感じた。
アマツカミの頂ヲヲキミと、母ヲリヒメの二番目の兄。
かなり歳が離れているだろう彼は、美しい赤髪と、切長い瞳を赤く灯らせ、ヤトヲミたちを“待っていた”。
その瞳の“赤”は、───ただ、自身の傷を癒すためのものだ。
彼のために崩れ落ちた兵士が、何人もいるというのに。
怒りとも嫌悪とも分からない熱が、ヤトヲミの胸に灯る。
兄オヲナギは、ヤトヲミを見て───ただ叫んだ。
「穢れの神めっ!!!」
“穢れ”と言いながら、“神”と認める。
───変な兄だと、妙に冷静に思った。
血が繋がっていようと、恨まれていようと、何も感じていなかろうと───
“神殺し”は、アマツカミにしか務まらない。
兄神のその胸元にまっすぐに刀を向けた。
*
ヤハ之神殿の中心。
激しく争ったその跡で、カミタケは大きく肩で息をしていた。
チリチリと、瞳が一瞬青く光るものの、すぐにその色は夜の色に戻ってしまう。
赤の瞳に力を入れて、彼の肩の焼け跡に手を添える。
ヤトヲミの額から流れているものは、汗なのか血なのか、分からなかった。
「カミタケ様っ!」
悲鳴のような声をあげて、血まみれの足を引きずり、タチハが近づいてくる。
タチトは横たわるオヲナギの胸に突き刺したヤトヲミの刀を両手で握りしめていた。
ヤトヲミが声を絞り出した。
「血は止まった…!でも、アザの広がりが止まらなくて……っ!!」
ヤトヲミの声を聞いて、カミタケが肩の傷に己の刀を突き立てた。
「!!!」
痛みを奥歯でかみ殺し、焼けこげた皮膚を刀で抉り取る。
カミタケの肩からどくどくと、血が溢れている。
その血を塞ぐようにヤトヲミは両手を傷口に押し付けると、再び息を止め瞳に力を入れた。
今度は、ちゃんと治すことができた。
抉られた肩の肉が少し黒いシミになっている。
息を整えたカミタケが大きく息を吐いた。
「……礼を言う」
ヤトヲミは首を左右に振った。
「違う!…油断したのは僕のほうだ……!」
制圧したと思って、完全に油断していた。オヲナギの胸を貫き、勝利したのだと。
息絶えたはずのオヲナギから、黒い影が巻き上がり、吸い寄せられるようにヤトヲミに襲いかかった。
まるで、死を否定するかのように。
彼は醜く顔を歪めたまま、ヤトヲミを睨みつけていた。
カミタケはその影からヤトヲミを庇い、肩に不気味な焦げ跡を作った。
ヤトヲミが赤の瞳を強めたとき、タチトとタチハが、崩れ落ちたオヲナギの胸に突き立つ刀を二人で握りしめ、黒い影を押し込めた。
悲鳴か叫びか唸りか、全ての恐怖を吐き出すような地響きが鳴り。それが鳴り止んだ時、この地の空気が軽くなった。
命をなくしたオヲナギは穏やかな顔で倒れ、戦場で刃を交えていたはずのオウツオノ神の兄弟と、それに従う人間たちは、
ふと我に帰ったように呆然と立ち尽くしていた。
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