アシハラ戦記
@chiri_are
第1話 始まり
ここは、アシハラ大地。
大陸というには狭すぎて、島国というには広すぎる。
海と空のあいだに揺れる、不思議な大地。
二つの神族が納めて“いた”、美しい大地。
*
大空を掴むように背伸びをしたヤトヲミは、
掴めない雲に悔しい思いをしながら、
それでも手を伸ばし、自身の背中をほぐした。
気持ちいい。
そう思った時、ふと声をかけられる。
「気が済みましたか?」
低い声に振り返ると……黒髪を短く整えた一つ歳下の友人タチトが、
そこに呆れ顔で立っていた。
ヤトヲミはふっと笑うと応える。
「うん。ありがとう」
狩りの合間に訪れた、山奥の小さな広場。
柔らかな陽光がさす、この場所が好きだった。
ヤトヲミの穏やかな笑顔を見たタチトは、大きめの長い布をヤトヲミに渡す。
「村にいるときは構いませんが、外に出る時は気をつけてください」
そう言われて苦笑しながら布を受け取り、頭に無造作に巻き付けて行った。
ヤトヲミの燃えるような真紅の髪が布に隠れて、短いモノだけが布の隙間からはみ出てくる。
真紅の髪色は目立ちすぎる。
アシハラの中心にいる神“アマツカミの色”だ。
そんな赤毛を少し摘むと、ふとタチトを見た。
「タチハは……?」
いつもタチトと共に行動している彼の双子の妹だ。
彼女も一緒に狩りに来たはずだった。
「カミタケ様に呼ばれて偵察に行きました。
……東の山間に人が入ったようです」
「そっか」
小さく呟くと、遠慮がちに指笛を鳴らす。
近辺に他所の者の気配があるのであれば、
赤髪の自分は早く身を隠さなければならない。
ヤトヲミの周囲を散策していた馬が、静かに近寄り、頭を下げた。
馬の背にふわりと乗ると、タチトも自身の馬に乗る。
風が吹いて、頭に巻いた布が仄かに揺れた。
それを見たタチトが少し呆れた声で言った。
「暑くても、村に入るまでは……取らないでくださいよ」
頭の布のことだ。ヤトヲミがもう鬱陶しく思っていることに、聡く気づいたらしい。
ヤトヲミは柔らかく笑うと馬を進めながら言った。
「気をつけるよ」
本来であれば、この地の支配の象徴である“赤髪”。
クニモリカミをも服従させるこの色は……
ヤトヲミにとって窮屈でしかなかった。
*
村というよりは集落に近い。
人数は五十もいない。
ここに暮らす人々は、ひっそりと隠れるように日々を過ごしている。
切り立った岩山の間にあるこの場所は、小さな洞窟がいくつもあり、
人々は天幕を利用して雨風を防ぎ、隣の山奥から食料を調達している。
この場所に来てから三年ほどだろうか。
───この国を納める領主オヲナギから、
居場所が暴かれそうになるたびに、逃げてきた。
今度は、ずいぶん長くいる気がする。
風はまだ冷たい。
けれど、青い空から降り注ぐ暖かな日差しが、命の季節を呼び込んでいる。
──同時に、己が十八の歳を過ぎたのだと、ふと思った。
「おお!ヤトヲミ様、タチト!帰って来たか!……どうだった?」
少し年上の大柄な男サザレに、威勢よく声をかけられて、ヤトヲミは微笑んだ。
「ウサギを五頭。頑張って仕留めたよ」
そう言ってタチトの馬に吊るしていた麻袋を見る。
タチトが少し自慢気にその麻袋を持ち上げた。
それをみてサザレはガハハと笑う。
「どうせ五頭ともタチトが仕留めたんだろ?」
「うん、正解」
「なよっちいよな、赤髪さんは」
くしゃりと頭に手を乗せられる。
なんだかくすぐったかった。
パチンっと、そんなサザレの背中を一人の女が思いっきり叩く。
「ちょいと!馴れ馴れしいわよ!!
ヤトヲミ様はカミタケ様の恩人の子供でしょ!
王の
ハキハキとした口調に、ヤトヲミはまた笑った。
「いいよ、イシノ。……今日も仲良しだね」
ヤトヲミの穏やかな声に、イシノと呼ばれた女はポンっと音がしたかのように赤くなった。
サザレとイシノはもう長く恋仲だ。
ようやくイシノに子供が宿った兆しがある。
二人ともいつも喧嘩をしながらも、幸せそうだった。
ウサギをサザレに渡し、簡単に作られた馬小屋に馬を入れる。
馬小屋にいる馬たちをぐるっと見渡して、偵察に出かけた二人が戻ってきていることを知った。
そしてもう一つ……、ひどく懐かしい焦茶の馬を見て、ヤトヲミの胸が高鳴る。
ヤトヲミは頭の布をさっと取ると、高揚した声を上げた。
「ハヤトキだ!」
慌てたように馬小屋を出ると、暮らしている質素な小屋に押し入った。
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