アシハラ戦記

@chiri_are

第1話 始まり

 

 ここは、アシハラ大地。



 大陸というには狭すぎて、島国というには広すぎる。


 海と空のあいだに揺れる、不思議な大地。


 二つの神族が納めて“いた”、美しい大地。






 大空を掴むように背伸びをしたヤトヲミは、


 掴めない雲に悔しい思いをしながら、

それでも手を伸ばし、自身の背中をほぐした。



 気持ちいい。



 そう思った時、ふと声をかけられる。


「気が済みましたか?」


 低い声に振り返ると……黒髪を短く整えた一つ歳下の友人タチトが、

 そこに呆れ顔で立っていた。


 ヤトヲミはふっと笑うと応える。


「うん。ありがとう」


 狩りの合間に訪れた、山奥の小さな広場。


 柔らかな陽光がさす、この場所が好きだった。


 ヤトヲミの穏やかな笑顔を見たタチトは、大きめの長い布をヤトヲミに渡す。


「村にいるときは構いませんが、外に出る時は気をつけてください」


 そう言われて苦笑しながら布を受け取り、頭に無造作に巻き付けて行った。


 ヤトヲミの燃えるような真紅の髪が布に隠れて、短いモノだけが布の隙間からはみ出てくる。



 真紅の髪色は目立ちすぎる。



 アシハラの中心にいる神“アマツカミの色”だ。



 そんな赤毛を少し摘むと、ふとタチトを見た。


「タチハは……?」


 いつもタチトと共に行動している彼の双子の妹だ。


 彼女も一緒に狩りに来たはずだった。


「カミタケ様に呼ばれて偵察に行きました。

……東の山間に人が入ったようです」


「そっか」


 小さく呟くと、遠慮がちに指笛を鳴らす。


 近辺に他所の者の気配があるのであれば、

赤髪の自分は早く身を隠さなければならない。


 ヤトヲミの周囲を散策していた馬が、静かに近寄り、頭を下げた。


 馬の背にふわりと乗ると、タチトも自身の馬に乗る。


 風が吹いて、頭に巻いた布が仄かに揺れた。


 それを見たタチトが少し呆れた声で言った。


「暑くても、村に入るまでは……取らないでくださいよ」


 頭の布のことだ。ヤトヲミがもう鬱陶しく思っていることに、聡く気づいたらしい。


 ヤトヲミは柔らかく笑うと馬を進めながら言った。


「気をつけるよ」


 本来であれば、この地の支配の象徴である“赤髪”。


 クニモリカミをも服従させるこの色は……

ヤトヲミにとって窮屈でしかなかった。




 村というよりは集落に近い。

 人数は五十もいない。


 ここに暮らす人々は、ひっそりと隠れるように日々を過ごしている。


 切り立った岩山の間にあるこの場所は、小さな洞窟がいくつもあり、

人々は天幕を利用して雨風を防ぎ、隣の山奥から食料を調達している。


 この場所に来てから三年ほどだろうか。


───この国を納める領主オヲナギから、

居場所が暴かれそうになるたびに、逃げてきた。



 今度は、ずいぶん長くいる気がする。



 風はまだ冷たい。

 けれど、青い空から降り注ぐ暖かな日差しが、命の季節を呼び込んでいる。


 ──同時に、己が十八の歳を過ぎたのだと、ふと思った。


「おお!ヤトヲミ様、タチト!帰って来たか!……どうだった?」


 少し年上の大柄な男サザレに、威勢よく声をかけられて、ヤトヲミは微笑んだ。


「ウサギを五頭。頑張って仕留めたよ」


 そう言ってタチトの馬に吊るしていた麻袋を見る。

 タチトが少し自慢気にその麻袋を持ち上げた。


 それをみてサザレはガハハと笑う。


「どうせ五頭ともタチトが仕留めたんだろ?」


「うん、正解」


「なよっちいよな、赤髪さんは」


 くしゃりと頭に手を乗せられる。

 なんだかくすぐったかった。


 パチンっと、そんなサザレの背中を一人の女が思いっきり叩く。


「ちょいと!馴れ馴れしいわよ!!

 ヤトヲミ様はカミタケ様の恩人の子供でしょ!

 王の四ツ音よつおとの名前持ちだし、あたしら人間がそうそう触るんじゃないよ!!」


 ハキハキとした口調に、ヤトヲミはまた笑った。


「いいよ、イシノ。……今日も仲良しだね」


 ヤトヲミの穏やかな声に、イシノと呼ばれた女はポンっと音がしたかのように赤くなった。


 サザレとイシノはもう長く恋仲だ。

 ようやくイシノに子供が宿った兆しがある。

 二人ともいつも喧嘩をしながらも、幸せそうだった。



 ウサギをサザレに渡し、簡単に作られた馬小屋に馬を入れる。


 馬小屋にいる馬たちをぐるっと見渡して、偵察に出かけた二人が戻ってきていることを知った。


 そしてもう一つ……、ひどく懐かしい焦茶の馬を見て、ヤトヲミの胸が高鳴る。


 ヤトヲミは頭の布をさっと取ると、高揚した声を上げた。


「ハヤトキだ!」


 慌てたように馬小屋を出ると、暮らしている質素な小屋に押し入った。



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