第10話 両津中学校校庭のテント収容所2

「ハ、ハイ」

「ミーシャ、謀略はね、すべて真実を積みかさねて、欺瞞をしない、というその結果が最高の謀略なのよ。だから、パパの、ジトコの謀略もすべて鈴木三佐に説明するわ。さ、第一段階は済んだ。そのお祝いをしましょう」


 エレーナは、校長室の小さな冷蔵庫からウォッカを取り出した。校長の机の引き出しを開けて、ショットグラスを二つ机の上に置いて、ウォッカを注いだ。


「さあ、ミーシャ、乾杯しましょう。United States of Japan/Eastern Russian(日東露合衆国)に。USJERって長いなあ。まあ、いいかぁ、USJERのために!ザ・ズダローヴィエ(乾杯)!」


「ザ・ズダローヴィエ(乾杯)!」


「フフフ、欧州ロシア人も驚くでしょうね。今まで、搾取と欺瞞を繰り返して、東部ロシアを食い物にしてきたのだから。ミーシャ、あなただって、アシュケナージ(民族離散で世界に散ったユダヤ人)の末裔ですものね。欧州ロシアには恨みは有っても未練はないでしょう?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌朝、一番左のテントのキャンティーンに行き朝食をもらう。長机がギッシリと並べられていて、三百人は同時に食事をとれるようになっていた。


 テントの奥にホテルのビュッフェのようなステンレスパンが並んでいて、温かい食事ができるようにしてある。女性兵士数名が給仕している。驚いたことに女性兵士たちも一緒に食事をするようだ。


 エレーナが昨日言っていた非番の印のピンクのリボンを肩章につけた兵士もチラホラいる。四人に一人程度だろうか?とすると、この学校の女性ロシア兵士二百人の内、五十人が非番で軍務についているのが百五十人ということか。


 朝食を待つ列に並ぶ。一番手前からプラスチックのビュッフェプレートをとる。二つのおかず用の小さな仕切りとパン、ライス用の大きな仕切りのプレートだ。ロシア軍のミリメシが出るものと思っていたら違った。彼女たちの手作りのようだ。


 最初に、ロシア風パンケーキ。なんとホテルと同じようなプラスチックの名札で日本語で「ロシア風パンケーキ」と印刷してある。蜂蜜のポットが添えてある。次にボルシチ。ボルシチはボール皿によそう。う~ん、どれにしようかな?と迷っていると、俺の後ろに並んでいたロシア軍兵士(ピンクリボン付き)が、


「手前にロシア料理を並べましたが、向こうは日本料理ですよ。どちらでもお好きなものをお取りになってね」と英語で説明してくれた。「ご親切にありがとう。ロシア料理にしますよ。せっかくキミたちと一緒なんだから」と英語で返した。


「あなたは・・・ああ、鈴木三佐ですね。肩章付きは自衛隊員の方。昨日、エレーナ少佐とお話されていましたよね。私はアナスタシア。少尉です。アニーって呼ばれてます」と言う。

「アニーか。可愛い名前だね。アニー、この茶色いお米みたいなのは何だろう?」とボルシチの隣のステンレスパンを指さす。

「それは『そばの実のカーシャ』です。サーモンと一緒に食べるとおいしいですよ」

「ああ、お粥ですね」

「ええ、実はそれ、私が作ったんですよ。お口に合うといいけど・・・」


 朝食を一通り選んで、アニーと一緒に食べることにして、長机に並んで座った。彼女は黒髪で小柄なアジア系の風貌をしていた。俺が彼女を見ていると「あら、私の顔になにかついてます?」と聞く。


「いや、その、アジア系なんだな、って思って。エレーナはこの任務につく隊員にキュートな女性ばかりを選んだんだろうか?と思ってさ」

「え?私?」

「ああ、もちろん、キミもキュートだ」

「お世辞?でも、ありがとうございます。私はコリアン族なの」

「朝鮮族?」

「そうそう。もちろん、半島の方たちとは違いますけど。中国にも朝鮮族がいますよね?」

「ふ~ん、韓国人と話しているみたい」

「そうですか。でも、中身はロシア人なのよ」

「日系アメリカ人みたいなものだね?」

「それと似たような感じですわ」


「あの、聞いていい?」

「ハイ、なんでしょうか?」

「エレーナ少佐が言っていたけど、この任務についている隊員はみんなこの任務は承諾済みだって」

「ハイ、この任務の内容のブリーフィングがあって、任務の承諾書を書きました。みんな志願兵です」

「あの、その」と俺は彼女のピンクのリボンを指さして「このリボンの任務も含めて承諾したの?」と聞いた。


「ハイ、そうです。ブリーフィングで説明されて、ホントかな?と思っていましたが、エレーナ少佐が『全て自由に、交流も自由。セックスも自由。結婚しても構わない』と言われるものですから、ああ、ホントのことなんだな、って」

「なるほどなあ。エレーナも何を考えているんだろうか?」


「日露友好じゃないですか?」

「こんな交戦中に?」

「戦時なのは確かですけど、交戦行為もありませんし。自衛隊のみなさんだって、催眠ガスで眠らされたから、一滴の血も流れていませんよね?(その笑気ガスを吸気ダクトにばら撒いたのは自分だ、というのは黙っておこう)」

「あれは情けない。貴軍の空挺隊にしてやられたよ。まったくの奇襲だった。こっちもまさか佐渡ヶ島にロシア軍が侵攻してくるとは思っていなかったからね」


「私もウラジオからここに降下するまで、てっきり北海道に侵攻すると思ってました。秘密でした。だから、軍服も冬季用で暑くって」

「それでなのか。佐渡ヶ島に来るのにやけに重装備の冬服だな、と思っていた」

「佐渡は温かいですね。積雪はありますが、ロシアのようなマイナス数十度という気温じゃない」

「対馬海流の影響で、日本海にあるけど、温暖なんだ」

「この島、いいですね。自然も豊かで。この島に住みたいなあ」


「アニーも日本人と結婚してもいいと思っているの?ロシアには帰らない?」

「ええ、どなたか良い方がおられれば結婚したいです。日本は豊かで平和な国家ですもの」

「アニーだったら、日本人と似ているし、可愛いから、相手がすぐ見つかるんじゃないかな?」

「ええ、そう願ってます。もちろん、鈴木三佐と小野一尉を除いて」

「え?俺?」

「そうですよ。鈴木三佐は、エレーナ少佐の管轄ですもの。手出ししたら銃殺されます、ってジョークですよ。小野一尉もお相手はエレーナ少佐の副官だけ」


「俺と小野一尉には選択の余地がないのかね?」

「何を言っているんですか?エレーナ少佐が隊員で一番美人で、一番性格が良くて、一番頭がいいんですもん。あれ以上の方はいませんよ。それに、鈴木三佐、少佐ともうしちゃったんでしょ?」

「・・・知ってるの?」

「みんな知ってますよ。内緒の話でね」と俺に身を寄せて小声で「職員室で、私の友達がエレーナ少佐と鈴木三佐の、あれ、あれをバッチリ盗み聞きしてて、みんなにバラしちゃいましたから」

「まいったなあ」

「だから、少佐と鈴木三佐が率先して実行されているので、隊員たちも、それなら遠慮なく、ってみんなこう思っちゃって」


 そこに小野一尉が皿に食い物を山ほどのせてアニーの横に座った。「私もご一緒していいですか?」と言う。もう座っているじゃないか?「ああ、どうぞって、もう座ってるし。アニー、彼は小野一尉。小野、彼女はアナスタシア少尉」と紹介した。


「小野一尉、アニーと呼んでください」

「ラジャ。しっかし、鈴木さん、もうこんな可愛い子に手を出しちゃって。エレーナ少佐に殺されますよ」

「うん、今その話をアニーとしていたんだ。盗み聞きされて、ロシアの隊員には俺とエレーナがしたことがバレちゃってるって。まいったよ」

「そんなの日本人にもバレバレですがな。民間の方も自衛隊の最上官も少佐の言うようにやっちゃってるんだから、オレらもかまわんべ、って」


 周りを見回すと、なるほど、そこここで、ピンクリボンと日本人が仲良さそうに話をしている。四百人に二百人だから、競争率、二対一だ。こりゃあ、取り合いでもめなきゃ良いが。


「オレもかまわんべ、だな。鈴木さんはエレーナ少佐のものだから、アニーに手を出せない。ねえ、アニー?」

「ハイ、そうです。鈴木三佐には私たちも手を出せません。少佐に銃殺されます」

「じゃあ、おれはアニーと・・・」

「小野一尉、あなたもダメです。管轄が違います」


「え?」

「小野一尉の管轄はもう決まってます。少佐にみんな言われましたので」

「えええ?」

「小野一尉のお相手は、少佐の副官のアデルマン大尉であります。エレーナ-鈴木なので、アデルマン-小野とバランスを取ったのかと」

「ええええええ?」


「小野一尉、ご安心下さい。エレーナ少佐は隊員で一番美人で、一番性格が良くて、一番頭がいいですが、二番目はアデルマン大尉です。一見、とっつきにくくて、氷の女みたいな印象を受けますが、え~、日本語でいうと『ツンデレ』ですので大丈夫です」


「俺には選択の余地がないの?」

「ありません。誰も鈴木三佐、小野一尉には手出ししませんから、日本語で『浮気』?それはできません」

「情けないなあ・・・」

「たぶん、後で、みなさんのテントにアデルマン大尉が来ると思いますから、仲良くしてくださいね」


 しばらくアニーといろいろな話をしたが、彼女は少尉だから、高等戦略に関することは知りません、御役に立ちません、すみません、と言う。エレーナからは、軍の機密でも何でも話して良い、と言われているそうだ。

 

「私に素敵な日本の方を紹介してくださいねぇ~」と彼女が言ってテント前で別れた。紹介するも何も、あれだけ可愛ければ日本人なんてイチコロだろう、と思った。

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