『タイミングだけが下手だった』

黒宮 ノア

第1話 何もバズらない


深夜二時十七分。


湊(みなと)は、投稿ボタンを押したあと、イヤホンを外した。


六時間かけて編集した動画だった。


雨音に合わせて切り替わる映像。

最後の一秒でだけ流れるピアノ。

字幕の位置も、色も、全部こだわった。


「……今回は、いける気したんだけどな」


ベッドに寝転びながら、再生数を更新する。


12回。


そのうち三回は自分だった。


スマホの白い光だけが、暗い部屋に浮いている。


コンビニの空き容器。

飲みかけの炭酸。

開きっぱなしの編集ソフト。


大学を卒業して一年。


就職はした。でも続かなかった。


「向いてないと思ったんで」


面接でそう答えたとき、人事は苦笑いしていた。


向いてるものなんて、自分にもわからなかった。


唯一、動画を作っている時間だけは、少しだけ息ができた。


でも。


好きなものと、評価されるものは違う。


一週間後。


湊が投稿した動画とよく似た雰囲気の映像が、別の配信者によって投稿された。


再生数、148万。


コメント欄には並ぶ。


『天才』

『センスえぐい』

『こういうの待ってた』


湊はスマホを見ながら、小さく笑った。


「……待ってたなら、俺の時にも来いよ」


悔しい、というより、疲れていた。


昔からそうだった。


流行る前に好きになる。

みんなが飽きた頃に夢中になる。


高校の頃に好きだったバンドは、解散してから人気になった。

始めたゲームは、サービス終了の半年後にブームが来た。


タイミングが、いつも少しだけズレていた。


恋愛もそうだった。


好きになった頃には、相手にはもう誰かがいる。


話しかけようと思った頃には、卒業している。


スマホを開く。


未送信のDM。


『今度、よかったらご飯でも』


送れないまま、二十三日経っていた。


相手のプロフィールには、昨日から男とのツーショット写真が増えている。


「……はは」


乾いた笑いが漏れる。


「恋人できたことないとか、もう逆に才能だろ」


誰もいない部屋で言うと、冗談にもならなかった。


通知が鳴る。


反射的に開く。


でも、来ていたのはフォロワーでもコメントでもなく、知らないアカウントからのDMだった。


アイコンは灰色の初期設定。

投稿数ゼロ。

フォロワーゼロ。


メッセージは一行だけ。


『あなたの動画、半年後に伸びます』


「……なにこれ」


スパムかと思った。


けれど、その直後、また通知が来た。


『明日の17時42分。駅前のカフェに行って』


湊は眉をひそめる。


意味がわからない。


怖いというより、不気味だった。


『誰ですか?』


打ち込む。


既読はつかない。


相手のプロフィールを開く。


説明欄には、短くこう書かれていた。


『タイトル、タイミングだけが下手だった人へ』


その言葉を見た瞬間。


なぜか、指が止まった。


心の奥を、静かに触られた気がした。


窓の外では、始発前の空が少しだけ白くなっている。


湊はスマホを胸の上に置いて、目を閉じた。


17時42分。


中途半端なその時間だけが、やけに頭に残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る