アルハラを受けたので出禁にしてやった件について

鐘ノ星小夜

 

 派遣社員、水瀬ほのか25歳です。お酒おいしいですよね。飲むのは好きで、おいしいもの食べることの次くらいに好きですかね。でも飲まされるのは嫌いです。飲ませようとするやつはもっと嫌いです。楽しくておいしいなら自分だけで飲めばいいじゃないですかね。あれなんなんですかね。飲まない、飲みたくない人に飲ませようとする、飲ませ上戸みたいな人は。酔った勢いって言うんでしたら、私も一杯引っかけて同じ立場に立つだけです。ぷはっ、ほのかを舐めるなよ~。

 ほのかの次の派遣先は平凡な中小企業だった。ただ、飲み会が異常に多かった。週に一度はあった。宇野悠介という宴会部長が、なにかというと企画するからだ。役職は副主任だったが。

 そして、同時に入った派遣の角川珠世がアルコールアレルギーだった。

「欠席してもいいんじゃないですか?」

「飲めませんけど、みなさんとコミュニケーションは取っておきたいじゃないですか。会費も別に高くないし」

「確かに500円は破格ですよね! じゃあ、飲めない分いっぱい食べちゃいましょう」

「ほのかさん、飲むのに毎回いっぱい食べてますよね」

「貧乏性なんです。私に天性の才能があるとしたら、これですかね」

 同じ会社からの同じ派遣と言うこともあって、珠世とはよく隣席になった。半分はほのかのはからいだった。宴会は楽しいが、楽しい宴会とは盛り上がるもので、盛り上がるとよく逸脱する人間が出るからだ。

 これまでは大丈夫だったが、ついに今日は出た。

 珠世と同時に化粧室から帰ってきて、珠世の飲み物の匂いを嗅ぐ。

「ちょっとごめんなさい。貰いますね」

 ほのかは珠世の烏龍茶を飲んでみる。やっぱりウーロンハイになっている。

「誰ですかこれしたのー。言ってるでしょ、珠世さんは弱いんじゃなくてアレルギーなの。アレルギーの人にアレルギーのもの飲食させるのは、殺人未遂ですよ」

 珠世が苦笑している。この会社に限らずよくあることなのだろう。しかしほのかは、自分の職場で殺人未遂の出かねないことを許せなかった。 

 犯人は宇野だった。すっかりできあがっていて、ほのかの説教に反論してきた。

「でもさあ、みんなこんなに飲んでるのに、飲んでない人が居たら盛り下がるでしょ」

 普段は普通なのだが、宴席だとアクティブ&アグレッシブになる。宴会なら確かに部長なんだよな。しかし、それは間違った部長だった。

「倒れる人が出たり、警察沙汰になったり、誰か死んだりしたら盛り下がるでしょ。お店の人、これに焼酎をなみなみ注いで」

 ほのかが空にしたウーロンハイのジョッキを店員に渡した。

 とんでもオーダーに店員は困惑するが、そこは飲み屋の店員。酔っ払いの注文に逆らわず素直に運んでくる。

 見たただけでむせそうな量の焼酎を、ほのかは宇野へ差し出した。

「部長、盛り上げるためにこれを一気してくださいよ」

「できるわけないじゃん。急アルで死んじゃうよ」

「死なないかもしれないでしょ。部長がやったのはそれ以上ですよ。急性アルコール中毒は酩酊から意識が戻らないだけですが、アレルギーは確実に発症して、気管が腫れて窒息死なんです。知ってますか? 窒息死は人の死に方で最も苦しいものの一つなんですよ」

「そんな物騒な言い方しなくてもいいじゃん」

「物騒なことやるよりマシです」 

 ほのかはわざと露悪的で刺激的な言い方を選んでいた。盛り上げるようにやったなら、成功体験を与えないために盛り下げてやるのが、ほのかの流儀である。

「たかがウーロンハイだけで死ぬわけないでしょ」

「死ぬの! はぁ、興ざめです。ほのか帰りまーす。珠世さん送って」

「ちょっと、この焼酎どうすんの?」

「盛り上げたければ自分でそれ飲んで死んでください。人を殺そうとするな」

 まだ今日の会費の三倍まで料理を食べてないので惜しくはあったが、ほのかは珠世と一緒に店を出た。

 タクシーを呼んで、一緒に乗り込む。その中でほのかは珠世と話した。

「珠世さんもダメですよー、強く言わないと。酔っ払いは、何するかわからないから酔っ払いなんですからね」

「私まで怒られるんですか。ほのかさん、もしかして説教上戸ですか?」

「うーん、心の中ではいつも言ってるんですけどね。でもアルコール入ると口から出ちゃいますね」

「うふふ。それを酔ってるって言うんですよ」

「そうれすね。でも、ほんと危ないんですから、珠世さんもハッキリ拒絶しなくちゃいけませんよ」

「助けてくれてありがとうございます。もう参加しません。その口実も手に入りましたしね。でも……」

 珠世が、あまり相手に強く出ない理由を話した。過保護気味の兄が居て、前に似たようなイタズラをした大学の同窓生を半殺しにしたことがあったそうだ。それ以来あまり騒ぎにしないようにしているらしい。また強く言うと、逆に面白がったりムキになって、しつこく仕掛けてくる人も居るので、あまり効果が無いらしい。

「なるほろ。それは、面倒ですね」

「そうなのよ。でも、今日はありがとう」

「私はお兄さんを支持しますけど、確かに珠世さんがしたいようにするのが一番ですもんね。すいません騒ぎすぎました」

「ありがとう」 

 ほのかはそうやって珠世と別れて家路についた。これで終わっていれば、それだけの話だったのだが。

「水瀬君、昨日の件について反省して撤回して貰いたい」

 翌日、宇野がほのかを叱りに来た。宇野の態度から大体の内容は察したが、酒も抜けていて本気で怒っているほのかは、冷静に対応した。

「昨日の件てなんでしょうか?」

「宴会の中で、私へ死ねと言ったことだよ」

「実際殺しかけたんですから、反省も撤回する必要も感じませんが。いったいどうして反省させたいんです?」

「君があまり過激な言葉を使うから、角川君がもう宴会に参加しないと言ってきたじゃ無いか」

「私の言葉は過激じゃありませんし、参加しないのは宇野副主任がシャレにならない事したからでしょう」

「ただふざけただけじゃないか」

「そのただのおふざけは、罰金30万円クラスで前科がつきますよ。ちょっと警察か、手加減して法務に一緒に聞きに行きますか? 親告罪でもないので、珠世さんが言わなくても私が告発できるんですよ」

 宇野が困惑して口ごもる。

「聞かなかったことにしてあげますから、一度ネットなりAIに聞くなり、それこそ他人の話として法務に訊ねて確認することをおすすめしますね。珠世さんが大事にしないなら私もなにもしませんけど、副主任がしつこく誘うようなら、その限りじゃありませんから。私は反省も撤回もしません」

 ふん、と鼻を鳴らして宇野は帰っていった。あれは半々ぐらいでまだ危ないな、とほのかがどうしようかと悩んでいると、珠世が話しかけてきた。

「ごめんなさいねほのかさん。私の事情に巻き込んでしまって」

「いえ、私は私の職場としてふさわしいままにこの職場にいて欲しいだけですから。お気遣いなく。こちらこそ、また外野から騒いですみません。でも、もし気にしてくれるなら、前に相手を半殺しにしたお兄さんの連絡先、教えていただけません?」

「え、それは、穏便に済ませる話と逆にならない?」

 戸惑う珠世に、ほのかはこの話が予想外に伝わると宇野がなにされるかわからないから、仕返しと抑制が自分がするから落ち着いて欲しいと説得するだけだからと話した。そして、もしその気になれば、今回の話と、ほのかの連絡先を伝えて、お兄さんの判断に任せて欲しい。宇野の名前を出さなければ安全だろうからと説明した。

 珠世が悩んで、検討してみると返事して帰っていった。珠世が参加するのでなければどうしてくれても構わない。ほのかは、自分なりのやり方と、判断基準の決断はついていた。

 数日、ほのかが宇野を観察していると、珠世をまた宴会に誘っていた。珠世が穏やかに断るも、手を取って拝み倒す勢いで誘っている。

 ほのかは足音を抑えて、背後霊のように近づき宇野の背中から肩越しに声をかけた。

「見~た~ぞ~」

「うわあっ!」

 宇野のみならず珠世まで驚かしてしまった。失敗失敗。

 コホンと咳払いして、ほのかは仕切り直し宇野に通達する。

「私に直接言わなくなったのは、私の言葉が正しいからと確認できたからですよね。つまり、反省もせずに珠世さんに宴会への出席を強要する。これはギルティですよ」

「き、君は関係ないだろ」

「珠世さんだけが関係ないんです。これは私と副主任の問題です。私の警告が理解できなかったようですね、私は、職場で人死にが起きるような危険を見逃す気はありません。第三者でも告発して、前科をつけられるって説明しましたよね?」

「警察に訴える気か!」

「いまはまだ猶予中ですけど、十分選択内ですねえ。宇野副主任の運命は三つあります」

「脅す気か」

「これは通告です。もはや宇野さんに選択権はありません。悪い方から、珠世さんのお兄さんに半殺しにされる、私に警察へ告発されて前科がつく、そして、いま私が考えている復讐を受けるです。私は温厚で問題を起こさない平和を愛する派遣なので、優しい方から始めてあげましょう」

「なにをする気だ」

「それはお楽しみです。アルコール混入や焼酎一気より盛り上げてあげますよ」

 宇野が青くなって、ヒッと言って逃げていった。酔ってなければ普通の人なんだよな。しかしもう遅い。

 困ったような顔で珠世がほのかに話しかけてきた。

「あの、兄から連絡があったんですか? 私は話してないのに、どうやって」

「ありませんよ。お兄さんが半殺しで済んだのは、結果論です。もしまた事故が起こったらお兄さんの知るところになるでしょう。次はどうなるかわかりません。珠世さんが大事にしたくないなら、むしろ事情は先に伝えておく方を勧めますね。でもお兄さんの性格上難しいなら、せめて副主任には、お兄さんのことを話して参加はきっちり断っておくべきです。あれ全然反省してませんから。一度でも、いたずらについて謝罪されましたか? 酔ったらまたやらかしますよ」

「そ、そうね。それはそうかも」

 珠世にもようやく深刻さが伝わったようだ。用が済んでほのかが立ち去ろうとすると、珠世に呼び止められた。

「ほのかさんは、なにをするつもりなの?」

「珠世さんには関係ないままで居て欲しいですから。これは、あくまで職場の治安レベルを賭けた、私と副主任の戦いですので。まあ、すぐにわかりますよ」

 ほのかは席に戻り、仕事の傍ら、会社付近の10名以上参加できる飲み屋を探し、いままで使用した所も含めてピックアップした。

 そして、宇野の顔写真を使い、パワポで印刷用の画像を作成する。

 20枚もあれば足りるだろうか。ほのかは出力し、これを配るのが大変だな、週末までにはまた飲み会があるだろうからな、と思った。

 ほのかは次の飲み会にも参加した。宇野は渋ったが「参加理由をみんなに説明した方がいいんですか? もちろん宇野副主任の監視ですけど」と言ったら、不承不承だが受け入れた。なぜか珠世も参加していた。

「なんで参加してるんですか?」

「私はほのかさんほど副主任と対立したくないから、副主任の体面を保つためよ。ちゃんと兄のことを話して宇野さんも納得してくれたようだし。それに」

「それに?」

「ほのかさんがなにをするのか興味があって。すぐにわかるんでしょう?」

 いたずらっぽく微笑む珠世に、ほのかはニヤリと笑った。

「私はなにもしませんよ。でも、すぐわかるのは保障します」

 予約を取ってあるのでみんなスムーズに入店した。しかし、その予約を取った宇野が、店員から止められる。宇野が呆然としていると、店主がほのかの作ったチラシを持って宇野へ告げた。

「申し訳ありませんが、お客さんは出禁なんです。すいませんね」

 チラシには、社員へのアルコール混入未遂者。注意。と、前の状況が宇野以外は匿名で説明が書いてある。宇野は指名手配犯みたいに顔写真が載っていた。

「な、なんだこれは」

「私がお店へ迷惑をかけたくないから配ったんですよ。宴会ができるような周囲の店は全て、副主任は出禁です」

 ほのかは説明をする。

「お、おまえなー!」

 宇野がほのかにつかみかかるが、店主が間に入って宇野に詰問する。物腰は丁寧であったが、それは間違いなく詰問であった。

「お客さんの事情は知らないんですけどね。実際こういうことが起きると迷惑なんですよ。責任は問われなくても、警察の捜査が入るんで。で、事実なんですか事実じゃないんですか? それだけおっしゃってください。私もここに書いてあることを鵜呑みにしてる訳じゃない」

 宇野が言葉に詰まってることを回答と受け止めたらしく、店主はありがとうございました、と言って店から追い出した。またのご利用をお待ちしてますは無かった。

 ほのかは外の宇野に聞こえるように、大声で「今日は盛り上がるぞー!」と叫んだ。珠世はそれを見て苦笑していた。

 宇野は、宴会部長の任をいつの間にか解かれ、社内でもしょんぼりと過ごすようになった。ときおりにらまれるほのかは、むしろ前科がつかないように助けてあげたのだから、感謝して欲しいんだけどな、とか考えていた。

 会社のリーズナブルな飲み会は中断されることはなかった。

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