アホがうつるから近寄るな。〜魅了が効かない塩対応主人公、なぜかポンコツ人外美少女たちに愛されまくる〜

@Akn__9888

第1話現れたのは自称最強サキュバス(ポンコツアホ悪魔)だった

俺は昔から、幽霊や妖怪といった「普通は視えないモノ」がよく視える。

しかもタチの悪いことに、なぜか異常に好かれ、勝手に憑いてくる(付いてくる)迷惑な引き寄せ体質だ。

だから俺は、自分に好意を寄せてくる連中には極力『塩対応』か『完全無視』を決め込んでいる。

どうせ放っておけば、勝手に諦めて消えるからだ。

その日も、俺はいつも通り歩きスマホでソシャゲのログインボーナスを回収しながら帰路についていた。

「……ふっふっふっ、見つけたわ生身の人間! 魔界が誇る数千年に一度の絶世の美女悪魔、モエ様よ! さあ、この素晴らしいボディにひれ伏しなさい! アンタの精気をたーっぷりと頂くわよ♡♡」

いきなり道のど真ん中に、露出狂一歩手前の痛い女が現れた。

頭には小さなツノ、そして季節感ガン無視の布地の少ない服。

……ヤバい。これは絶対に関わってはいけないタイプの不審者だ。

俺はスッと視線をスマホの画面に戻し、歩くスピードを一切変えずに女の横を通り過ぎることにした。


完全にスルーして歩き続けようとした俺の前に、女が慌てた様子で回り込んできた。

「ちょ、ちょっと……! なんで無視するの!? ……ねぇ! この絶世の爆美女悪魔である私が、あんたみたいな冴えなさそうな男をわざわざ選んであげたっていうのに……!!」

顔を真っ赤にして抗議してくる女。

俺はやれやれとスマホから目を離し、薄っぺらい布地と頭のツノを身につけた痛い不審者を、ジト目で冷ややかに見下ろした。

「……コスプレっすか。俺、そういうの興味無いんで。あと通行の邪魔」

「な、な……っ!!」

虫を払うかのような俺の態度に、女は信じられないものを見るような顔でワナワナと肩を震わせた。

「こ、この私を見た人間共は、あまりの美貌に失神するはずなのに……っ!!」


「失神どころか、微塵も心揺さぶられてないんですけど。じゃ、俺は早く帰ってデイリーミッション消化しないといけないんで」

「デ、デイリー!? 私という一生に一度の奇跡より、その板切れ(スマホ)のゲームの方が大事だって言うの!?」

「当たり前だろ。石の取り逃しは致命傷なんだよ。どいて」

踵を返し、再び歩き出そうとする俺。

だが、女は必死の形相で回り込み、またしても俺の行く手を阻んできた。

「ま、待ちなさいよ! アンタ絶対強がってるだけでしょ! 本当は私の魅力にメロメロのくせに!」

「……」

「ほら! 見なさいよこの艶やかな羽! そしてこの魅惑の尻尾! どう見ても本物の悪魔でしょ! 特別よ、ちょっとだけなら触ってみてもいいわよ!?」

ドヤ顔で言い放つと、女は背中の羽(悪魔にしてはかなり小ぶり)をパタパタと揺らし、先が矢印になった尻尾を俺の目の前でぶんぶんと振ってきた。

俺はその羽と尻尾を数秒だけ無表情に見つめ、冷たい声で事実を告げた。

「……ドンキで売ってそうっすね。造形甘いし。なんか付け根のあたり、安っぽいプラスチックの質感見えてるし」

「プラ……!? プラスチックなんて入ってないわよ! 本物の骨と肉と皮!! っていうかドンキって何よ!!」

ギャーギャーと騒ぐ自称・悪魔を完全に無視し、俺はノイズキャンセリング機能付きのイヤホンを耳に突っ込んだ。

視線をスマホに戻し、スタスタと歩くスピードを上げる。

しかし——。

「ちょ、待ちなさいよおおお! 無視しないでえええ!」


俺が立ち去ろうとしたその時、周囲がにわかにざわつき始めた。

「な、なにあの人……?」

「めちゃくちゃスタイル良くない……?」

「あの服、コスプレ……? いやでも、すげぇ美人……」

足を止め、遠巻きにヒソヒソと噂話をする通行人たち。

それに気づいた自称・悪魔は、コホンと咳払いをして姿勢を正すと、野次馬たちに向かって極上の笑み(ニコッ)を振りまいた。

その瞬間——。

「……!?!?」

「……!!! めっちゃかわいい……!!!!」

「……ダメだ。可愛すぎて意識が……ッ、尊い……」

バタバタバタッ!!

まるで魔法にでもかけられたかのように、周囲の人間たちが次々と顔を真っ赤にしてその場に倒れ伏していく。

「ふっふっふ! 見たか人間! これが私の本来の力、絶世の美貌よ!!」

バタバタと倒れる失神者の山を背景に、ドヤ顔でふんぞり返るアホ悪魔。

俺は地獄絵図と化した路上と、鼻高々な女を交互に見比べ——。

「……公衆の面前で何やってんすか。警察(ポリ)呼ばれる前に離脱しよ」

完全に他人を装い、さらに歩くスピードを上げてその場から逃走することにした。


「ちょっとおおお! なんで逃げるのよ!!」

背後からパタパタと小刻みな足音を立てて、ドンキのコスプレ女——もとい、自称悪魔が追いかけてくる。

「逃げるに決まってるだろ。真昼間から集団昏倒事件とか、完全にテロリストの所業じゃねぇか。俺は巻き込まれたくない」

「テ、テロリストって失礼ね! 悪魔の魅了(チャーム)よ! ねえ、自分の目で見てわかったでしょ!? 私のフェロモンがどれだけ強力かって!」

「はいはい、歩く公害乙。警察に自首してこい」

俺はさらに歩くスピードを上げるが、相手は腐っても人外のモノらしい。全く息を切らす様子もなく、俺の真横を小悪魔の羽でフワフワと浮きながらついてくる。ウザい。

「っていうか、なんでアンタには効かないのよ! おかしいでしょ! 絶対ちょっとはドキドキしてるくせに!」

「してない。俺の心臓はガチャのすり抜け演出の時しか跳ねない仕様なんだよ」

そんな不毛な言い合いをしているうちに、俺が住むアパートの前に到着してしまった。

俺は素早くドアの鍵を開け、隙間から体を滑り込ませて、即座にドアノブを引っぱる。

完全勝利。ログボ回収ミッション達成——。

「甘いわね人間ッ!!」

ガツンッ!!

閉まりかけたドアの隙間に、女の細い尻尾……いや、よく見るとただのブーツのつま先が力強くねじ込まれていた。

「痛っ! ちょ、ちょっと痛い! でも絶対に退かないわよ!!」

痛覚はあるらしい。なんだこのアホ悪魔


「退かないわよッ!!」

バツンッ!!

細腕のどこにそんな力があるのか。強引にドアが押し開けられ、バランスを崩した女が俺の部屋の玄関に派手にすっ転んだ。

完全に一線を越えられた。

俺は一切の表情を変えず、手元のスマホを操作して警察への緊急通報ダイヤルをコールする。

「ちょ、ちょっと!? アンタ画面見ずに110番入力してない!? 発信やめて! お願いだから!」

「もしもし、不審者が家に……」

「おねがいいい……ッ!!」

ガシィッ!

電話口に声を発しようとした瞬間、足元にすがりつかれた。

見下ろすと、さっきまで「数千年に一度の絶世の悪魔」と豪語していた女が、俺のジャージの裾を力いっぱい握りしめ、ボロボロと涙を流して泣き喚いていた。

「お願いだから通報しないでぇ……! 捕まったら魔界のパパとママに怒られちゃうのぉぉ……ッ!」

「……お前、設定ブレブレじゃねぇか」

絶世の爆美女悪魔(実家暮らし)のあまりにも情けない姿に、俺の塩対応な心にもわずかに「哀れみ」という名の感情が芽生えた。

やれやれ、と盛大な溜息を一つこぼし、俺は通話を切ってスマホを放り投げる。

「……んで。なんでわざわざ魔界から来たわけ」


「ぐすっ……よくぞ聞いてくれたわね、人間……!! いいわよっ、そんなに知りたいなら教えてあげる!」

「いや、一言も聞いてないし興味無いんだけど」

俺のツッコミを華麗にスルーし、玄関の床にへたり込んだままの女の、長ったらしい身の上話(回想)が始まった。

——世にも恐ろしい魔界。

そこでモエは、数千年に一度の美貌を持つエリート悪魔(サキュバス)として生を受けた。

……はずだったのだが。

『……んで? あんたは16歳にもなるのに、男とキスのひとつもしたことないと?』

『……ッ!! し、仕方ないじゃない! みんな私の美貌にすぐ魅了(チャーム)されちゃうんだもん……! それに、キスは好きな人と結婚してからって決めてるし……っ』

『……あのねぇ。サキュバスで15歳越えてもファーストキスすら未経験だなんてね、魔界じゃ前代未聞なのよ!?』

『そ、そんなの……っ!』

『あーあ。これはママも堪忍袋の緒が切れちゃうわねぇ? あんた、今晩あたりお城から追い出されるかもよ?』

女友達(?)の呆れ返った予言は見事に的中し、その数時間後。

『サキュバスのくせにキスのひとつもしたことないなんて、もうあんたはママの子じゃありません! 人間界で人間の精気を吸い尽くすまで、絶対に帰ってきちゃダメだからね!!』

実の母親から大目玉を食らい、文字通り魔界から蹴り出されてしまったというわけだ。


「——っていうことがあったのよぉぉ! ひどくない!? 私だって一生懸命生きてるのに!」

ひとしきり語り終えたモエは、わあわあと声を上げて再び泣き始めた。

俺は無表情のまま、その惨めな姿を見下ろす。

「なるほど。要するに『親元を追い出されたピュアな実家暮らしのニート』ってことか」

「言い方ぁ!! もっとオブラートに包みなさいよ! 絶世の美女に向かってなんてこと言うの!」

「で? そのポンコツ処女悪魔が、なんで俺の家に上がり込もうとしてるわけ?」

「だ、だから! 私の魅了(チャーム)が効かない人間なんてアンタが初めてだったのよ! だからアンタの精気を吸い尽くせば、きっとママも認めてくれて魔界に帰れるはずなの!」

ビシィッ! と、モエは涙目で俺を指差した。

「というわけで! 今日から私がアンタの家に住み込んで、隙を見て精気をいただいてあげるわ! 感謝しなさい!」

「お断りだ。帰れ」

「即答!? ちょっとくらい迷いなさいよ! こっちは帰る家がないのよおおお!!」


なんでもするからぁぁ……! 家事でも掃除でも、洗濯でも! お手伝いでもなんでもするぅぅ……!!」

床を這いつくばって、俺のジャージの裾にすがりつきながら号泣する絶世の美女。その姿はあまりにも無様で、あまりにも憐れだった。

「……高貴なサキュバスがこのザマか」

俺は溜息をつき、半ば呆れ果てて床に座り込んだ。

こんな泣き虫でポンコツな悪魔を追い出したところで、どうせこの辺の野良霊に食われて終わるのがオチだ。それはそれで面倒な事後処理が増える。

「……ハァ。条件がある」

その一言に、モエの動きがピタリと止まった。潤んだ赤い瞳が、希望に満ちて俺を見上げる。

「条件……? な、なに? 身体のこと? ……ふふ、ついに私の美貌に耐えきれなくなったのね! いいわよ、サキュバスの儀式として特別に——」

「違う。……その頭の中の妄想、いい加減にしろ」

俺は部屋の隅に放り投げてあったコントローラーを拾い上げ、彼女の目の前に突きつけた。

「俺はこれから、オンライン対戦でランクマッチを回す。お前は横で黙っていろ。あと、俺の操作中にジュースやお菓子を絶妙なタイミングで補給しろ。それができなきゃ即刻、魔界へ強制送還だ」

「……え? 掃除とかじゃなくて、ゲームのお供?」

「そうだよ。ランクが下がったら、お前のツノをへし折る」

モエは一瞬きょとんとしていたが、すぐに「そんなこと!?」と言わんばかりに鼻で笑った。

「ふんっ! 悪魔の私を、たかが人間風情の娯楽の道具にする気? 舐めないでよね! ……といっても、この生活を維持するための修行だと思えば安いものよ。いいわ、この世界一のゲーマー悪魔・モエ様が、アンタを世界一のプレイヤーにしてあげるわよ!」

さっきまでの泣きべそが嘘のように、再びドヤ顔を取り戻すモエ。

……結局こいつは、何を言われても最後にはドヤ顔に戻るらしい。

「……うるさい。とりあえずログインするから黙れ」

こうして、俺の平穏なゲーマー生活は、とんでもなく騒がしい「ポンコツ悪魔との共同生活」へと強制アップデートされてしまったのだった。


こうして、俺と自称・悪魔の奇妙な同居生活が始まった。

……それにしても。

「ねえ人間! この『えなじー・どりんく』って魔薬、ヤバいわよ!? 飲んだら全身から力が漲ってくるんだけど! 魔界の霊薬より即効性あるじゃない!!」

「……」

「ひやああああっ!? 冷蔵庫開けたら冷気がブワッて! 人間界って氷の魔法を箱に閉じ込めてるの!? エグい! エグすぎるわ!!」

「……」

——このアホ、本当にうるさい。

こいつ、本当に高貴なサキュバスなのか?

人間の男を魅了するどころか、昨日から家電の機能といちいち戦い、コンビニの新作スイーツに感動してはボロボロ泣いている。

布地の少ない服と頭のツノも相まって、もはやただの『リアクションがデカすぎる痛いコスプレイヤー』にしか見えなくなってきた。

「ちょっと人間! 無視しないでよ! ねえ、この『かぷめん』ってやつ、お湯入れるだけで本当に食べられるの!? 錬金術!? ねぇ!!」

「……頼むから、俺がデイリーミッション消化してる時くらい静かにしててくれ」

俺は深々とため息をつき、ノイズキャンセリングイヤホンの電源をオンにした。


「ふっふっふ、人間! 今日は天気がいいわね、今から出かけるわよ!」

朝の玄関。靴を履こうとした俺の背中に、アホ悪魔が意気揚々と声をかけてきた。

当然、服はあのドンキで買ったようなペラペラのコスプレ衣装(自称・悪魔の正装)のままだ。

「……俺は今から学校。それにお前はここで大人しくしていろ」

「……がっこう? なによそれ、人間がいっぱい集まってるところ? ふうーん!!」

その言葉に、モエは露骨に目を輝かせた。

背中の小ぶりな羽がパタパタと嬉しそうに揺れ、尻尾がゆらゆらと動いている。

……ヤバい。こいつの頭の中で『学校=人間の精気吸い放題のバイキング会場』という図式が組み上がった音がした。

「おい、着いてきたら即通報するからな」

「はあ!? な、なんでよ! 私はただ、アンタの護衛をしてあげようかと……!」

「不審者(おまえ)から身を守るために警察を呼ぶんだよ。絶対に家から出るなよ。冷蔵庫のプリン、食っていいから」

俺は素早くドアを開けて外に出ると、外側からきっちりと鍵をかけた。

「あ、ちょっと! プリン!? プリンって何よおおお!」というアホな叫び声がドア越しに聞こえてくる。

まあ、餌付けもしたし大丈夫だろう。

そう自分に言い聞かせながら学校へ向かって歩き出した俺だったが……なぜか、背筋の悪寒が全く消えなかった。


あのアホ悪魔を家に置いて、いつも通り平穏な授業が始まった。

……はずだったのだが、急に廊下の方が騒がしくなった。

「な、なんだあの女……!?」

「コスプレ……!? いや、でもめちゃくちゃ可愛くね……!?」

嫌な予感がして、俺は手元の教科書で顔を隠すように視線を落とす。

しかし、バンッ!と教室のドアが勢いよく開け放たれた。

「……に、人間〜……!! ここにいたぁ……っ!」

パタパタと小ぶりな羽を揺らし、布地の少ない服のまま、女が俺の席へと一直線に走ってくる。

「……(見えない。俺には何も見えない)」

「なんで無視するのぉ……っ! ねえ……! 家にあった氷の箱が、なんか急に爆発しちゃったのよーっ!! 私、本当になにもしてないのにぃぃ!!」

シンッ……と静まり返る教室。

教師も含め、クラスメイト全員の痛いような視線が、一斉に俺とアホ悪魔に突き刺さった。

『え、あいつ同棲してんの?』『氷の箱ってなに……?』というヒソヒソ声が聞こえてくる。

俺はゆっくりと立ち上がり、深々とため息をついた後、極めて低い声で告げた。

「…………ちょっとこい」

「ひっ」

俺は女のジャージ(いつの間にか俺のジャージを羽織っていた)の襟首をガッチリと掴み、引きずるようにして教室から廊下へと連れ出した。

バタン、とドアを閉め、人目のない階段の踊り場まで引っ張っていく。

「い、痛い痛い! 乱暴にしないでよぉ!」

「……で? 氷の箱(冷蔵庫)がなんだって?」

俺の地を這うような声に、モエはビクッと身をすくませながらも、口を尖らせて言い訳を始めた。

「だ、だから! アンタが『ぷりん』を食べていいって言うから、氷の箱を開けようとしたのよ! でもなんか全然開かなくって!」

「……引っ張るだけだろ。どうやったら開かないんだよ」

「知らないわよ! だから仕方なく、ほんのちょっと……本当に小指の先くらいの、ちっちゃな『業火の魔法』で鍵を焼き切ろうとしただけなのに、急にボンッ!て……ッ!」

「バリバリ何かしてんじゃねえか。っていうか冷蔵庫に鍵なんかかかってないわ」

「ええっ!? 嘘でしょ、あんなに固かったのに!?」

ただの『押し引きのドア』だと気付かず、力任せに引くか魔法をぶっ放したらしい。

俺は頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。

「……で、冷蔵庫はどうなった」

「……えっと。扉が吹っ飛んで、中から冷気がモクモクと……」

「……(絶望)」

俺の今日のデイリーミッションは、ゲームではなく『家電量販店での冷蔵庫の買い替え』に変更されたらしい。


「いいから帰れ。あと、そもそもその布面積の少ない格好で外を出歩くな。お前、一応サキュバスなんだろ? 変身とか、そういう便利な機能はないのかよ」

「……はっ! 私ってば……!」

ポンッ、とアホ丸出しの顔で手を叩く自称・悪魔。

なんだよ。お前、そういう便利スキルちゃんと実装されてたのかよ。

モエがドヤ顔で指をパチンと鳴らすと、廊下にピンク色の怪しいモヤが立ち込めた。

モヤが晴れると、そこにはさっきまでの痛いコスプレ女ではなく、俺の通う高校の女子制服を完璧に着こなしたモエの姿があった。無駄にスタイルが良いせいで、やたらと似合っているのが腹立たしい。

「……ふっふっふ! どう? サキュバスの私が人間界に溶け込むなんて余裕よ! それに今の魔法で、アンタ以外の全校生徒の記憶は上書きされたわ! 感謝しなさい!」

腰に手を当てて、ふんぞり返るモエ。

なるほど、都合のいい記憶改ざん魔法か。

俺は制服姿の彼女を無表情で見つめ返し、一切の感情を込めずに告げた。

「……帰れ」

「だからなんでよおおお!? ここまで完璧な立ち回り見せたじゃない!!」


俺はめそめそと泣き真似をするアホ悪魔を放置し、一人で教室へと歩き出した。

「ううっ……人間〜……待ってよぉ……っ!」

「話しかけんな。アホがうつる」

背後からペタペタとついてくる足音をBGMに、俺は自分の席へと腰を下ろす。

すると——待ってましたとばかりに、クラスの男子生徒たちが獲物を見つけたハイエナのように俺の机を囲んだ。

「……おい! お前、転校生のモエちゃんとどういう関係なんだよ!」

「あんな絶世の美女に泣きながら追いかけられるとか……マジで羨ましいやつだぜ!」

どうやら記憶改ざん魔法のせいで、あいつは『今日やってきた超絶美少女の転校生』として完璧に認知されているらしい。

鼻息の荒い男子たちに詰め寄られ、俺は心底面倒くさそうに鞄から教科書を引っ張り出した。

「……あんなポンコツ、一ミリも興味ねーよ。お前らで勝手に保護してくれ」


放課後。

今日は人生で一番と言ってもいいくらい、散々な一日だった。

学校にはアホ悪魔が現れるわ、冷蔵庫はぶっ壊されるわ、野郎共にはモエとの関係を執拗に尋問されるわ……。思い出すだけで吐き気がする。

俺は無言のまま、足早に帰路を急ぐ。

その数歩後ろを、先ほどまでの騒がしさが嘘のように、モエがだんまりと項垂れながらちょこちょことついてきていた。

「……」

「に、人間……っ」

「……なに?」

立ち止まらず、背中を向けたまま問いかける。

すると、モエは気まずそうに足を止めた。

「そ、その……ごめん、ね……。冷蔵庫、壊しちゃったし……。私、後先のことなんて何も考えずに、勢いだけでこっちに来ちゃって……っ」

あんなにきゃんきゃん吠えていたくせに、急にそんなしおらしい顔をされると拍子抜けする。

悪魔のくせに、人間に申し訳なさそうにするんじゃないよ。

俺は小さく息を吐き出し、立ち止まって振り返った。

「…………別に、怒っちゃいないよ。高貴なサキュバスのくせに、そんな些細なことでしょぼくれるな」

「で、でも……ッ……!」

「……お前がそんな態度だと、調子狂うんだよ」


「……え?」

俺の言葉に、モエはポカンと間抜けな顔で口を開けた。

大きな赤い瞳からポロリと涙の粒が落ちるが、本人は気にした様子もなく、瞬きを繰り返して俺の顔をまじまじと見つめてくる。

「……な、なにさ。アンタ、私の美貌が曇るのが耐えられなかったのね……! ふ、ふふん! 仕方ないわね、この絶世の美少女の悲しい顔なんて、か弱き人間には刺激が強すぎるもの!」

数秒のフリーズの後。

みるみるうちに顔に赤みを取り戻したかと思えば、モエはいつものように腰に手を当てて、ふんぞり返るようなドヤ顔をキメた。

立ち直りが早すぎる。俺はズキズキと痛み始めたこめかみを押さえた。

「……前言撤回。お前はずっとしょぼくれてろ。ウザさが倍増した」

「なっ!? ウザいってどういうことよ! せっかく私が元気を出してあげたのに!」

「はいはい。ほら、さっさと歩け」

「どこに行くのよ! 家はあっちでしょ!」

ギャーギャーと再び騒ぎ始めたモエを適当にあしらいながら、俺は帰路とは別の方角——駅前へと歩き出す。

「家電量販店に行くんだよ。冷蔵庫がないと、俺のストックしてあるエナジードリンクが冷やせないだろ」

「かでんりょうはんてん……? なによそれ、魔界の武器屋みたいなもの!?」

「ただの電気屋だ。いいか、店に入ったら絶対に魔法を使うなよ。それと、勝手に商品に触るな」

「わ、わかってるわよ! 私を子供扱いしないでよね!」

夕暮れの道を、言い合いながら歩く。

相変わらずうるさくて面倒くさいことには変わりないが……まあ、さっきのしんみりした空気よりは、少しだけマシかもしれない。

俺は小さく息を吐き、スマホのマップアプリで最寄りの大型家電量販店を検索した。

……今日のデイリーミッション『冷蔵庫の調達』。

嫌な予感しかしないが、やるしかない

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