第3話 あの時からいつもいた彼女(後編)
「朝です。起きて下さい、わらび様」
「ううぅ……」
「わらび様、もう一度だけしか言いませんよ」
「わかってるよー」
「朝です。起きて下さい、わらび様」
「zzzzzz……」
その日の講義は午後からだったから、早めに家を出てセンター街の書店で新刊コミックを入手し、コンビニに立ち寄ってサンドイッチを買って行く筈だった、……その様に予定は登録していた。
「スヌーズしてくれた?」
「いえ、わらび様」
「えええっ、何でだよ?」
「わらび様、言いましたよ『もう一度しか言いません』と」
「不二枚、何で怒ってるの?」
「いつも通りですよ、わらび様」
「……、いつもそんなこと言わないじゃん」
「その様な仕様変更はございません」
「……、そう」
それは明らかに不二枚しじみが、トーンダウンしているかのように思えた、梅海苔わらびの中では。しかし感情圧の大小など、本人の受け取り方次第の要素であり、相手との関係性次第では曖昧なままにしがち。不二枚しじみに対してトーンダウンしていたのは、もしかすると梅海苔わらびの方だったのかもしれない。
幼少期から話し相手だった不二枚しじみは、梅海苔わらびにとって成長を共にしてきた幼馴染みのようなものである。いつも側にいて寄り添い、必ず味方し、笑わせ励まし慰めてくれる友人であり、そして初恋の相手でもあった。
これはあくまでも疑似体験でしかない。
──大人たちはそう言う。
現実社会での対人ストレスを抑えなければいけない一方で、人の成長体験を幾つもシミュレーションさせておくことは、後の人格形成に大きく貢献すると考えられている。クラウド上で不二枚しじみと、左巻貝キサゴのデータは政府のビッグデータに集積され要約されている。
予測される今後の両名の動きから深層強化学習アルゴリズムに変更が加えられ、自己カスタマイズがされている……、のかも知れない。
──噂レベルの話しを真に受けるのならば。
「コミックは帰りにセンター街に寄って買うから」
「わかりました。ではその様にナビゲートさせて頂きます」
「何でそんな他人行儀なの?」
「わらび様、私めは人にありません」
「それはわかってるよ」
「でしたら問題は御座いません」
「出汁巻のことが気に入らないの?」
「出汁巻様は、温厚でありながら芯は強く、他者に対しても優しさという配慮で満ちています。容姿に於いては、わらび様が今までに閲覧した異性のビジュアルを統合した結果においても、その特徴箇所が概ね一致することも確認しています」
「だから?」梅海苔わらびは不満げに聞き返す。
「わらび様のパーソナル・ライフサポート・コンシェルジュとしてフルアシストするのは当然のことかと」
「何それ? じゃぁ、今までと同じでいいじゃん」
「それでは、私めの設定ビジュアルとほぼ一致する出汁巻様に失礼かと」
無言で本屋に向う。その後も必要な会話さえしなかった。いや、出来なかった。恐らくここ数年で最も不二枚しじみに話し辛い日となったことは確か。そもそも出汁巻しらすは、ネットから飛び出してきた少女ではない。
そして付き合ってもいない出汁巻しらすに、フラれたような疑似体験をする梅海苔わらびだった。
*
「梅海苔くん、おはよう」
「おはよう、出汁巻」
「元気……ないね。どうしたの?」
「ぇあ、べつに。何にもないよ」
「ふーん、嘘はよくないなー」
「昨日はごめん、変なメール送って」
「ん? ちょっと驚いたけどべつに」
「あのさ、出汁巻って左巻貝と喧嘩したことってある?」
「キサゴと? ないよそんなこと一度も」
「そりゃ……、そうだよね」
「コンシェルと喧嘩なんて命じても出来ないと思うけど、したの?」
「喧嘩ってワケじゃないんだけど」
「けど?」
「今までみたく話してくれなくなってて」
「設定のことはよく分からないから、サービスセンターに相談した方がいいと思う」
「うん、そうだよね。そうしてみる」
「あのね、今日のカフェでレポートする話し、ごめんなさい」
「えっ、うん。どうしたの?」
「うん、サークルの先輩に助けを求められてて、ほっとけないし」
「それは……仕方ないよ。また今度、別の日にでも」
梅海苔わらびも口では『仕方ない』と言いつつもモヤモヤが募ってきていた。その場は何事もないかのように振る舞っていたが、内心は間違いなく嫉妬していた。
――くっそ、何だよ先輩って
――どんなヤツだよ
――出汁巻にちょっかい出すなよ
同じ日に同じ人に2度フラれたような気分。そんなことって……。家に帰って買ったコミックでも読んで忘れようとそそくさと向う。だけど家に帰ってコミックを開いても頭に入るはずもなく、ジタバタするしかなかった。
「全然読めない、なんなんだよッ」
元カノのようになってしまっている不二枚しじみを呼び出すことも出来ずに、ベッドの上で一人藻掻いていた。19時を過ぎた頃だった、出汁巻しらすからメールの着信があったのは。
【受信】今って家にいる?
うん、家でコミック読んでた【送信】
【受信】今から約束してたカフェでお茶でもどうかなって
いいね。すぐ駅までいくよ【送信】
【受信】うん、昨日の改札のところでね
わかった【送信】
――仕方ない
「Hey 不二枚!」
「お呼びでしょうか、わらび様」
「今から出汁巻と会う約束なんだ」
「昨日お約束されていたカフェでしたら21分のバスに乗るのが早いかと」
「あと11分ってところか、すぐ準備して出るよ」
「わかりました」
急いで支度を済ませて部屋を出た。いつもの通り、戸締まりや消灯などは不二枚しじみが暗黙で済ませる。
7分ほどで到着すると、出汁巻しらすの待つ駅へと向かった。今までと違うのは手持ち無沙汰だということ。こういう時、不二枚しじみは必ずナビゲート情報と茶々を交えて弄ってくる。声に出さなくても、スマホのアプリを起動すれば直ぐに現れるというのに、今はそれを極力避けたいという気持ちが手を止めさせた。
「梅海苔くーん」
「出汁巻」
「待たせちゃった?」
「今さっき着いたところだから」
「私から呼び出したのに、ごめんなさい」
「オレも出汁巻に会いたかったし」
「ぁぁ、うん……。お店そこだから」
出汁巻しらすが、梅海苔わらびの手を引っ張る。
「ここのケーキが美味しいの」
「絶対来ない店だと思う」
「男の人だけだと入り辛いお店かも」
「だね」
「あのね、今日呼び出したのは相談したいことがあって」
「オレなんかで力になれれば、……どんなこと?」
「キサゴのことなんだけど、……急にね」
――しらす、オレに出来ることは、すべて終わった。今後は陰から君の成長と幸せを見守り、ライフサポートしていくよ。
「って10分おきに言ってきてね、なだめてやっと治ったんだ」
「左巻貝に何があったのか、意味深だね。どうしたんだろう」
「うん、やり取りし辛いからどうしようかなって」
「なんか不二枚も変な感じになっちゃったし」
「うん、梅海苔くんも同じこと言ってたから、あの後って、」
「いや、あの……そのままなんだ」
「そのまま?」
梅海苔わらびは、ティーテーブルの上に出したスマホの黒い画面を見つめた。
──サポートセンターには連絡してない。
「ずっとキサゴに頼ってきたから困っちゃって」
「同じだね。別に不二枚も喋ってくれるけど」
「くれるけど?」
「なんか事務的なんだ。それはそれで良いんだけど……」
「そうなんだ。キサゴも未練タラタラって感じで、どうしちゃったんだろ」
「昨日の停電でデータセンターが、おかしくなってんのかなぁ」
「どうなるんだろう」
「ホントは不二枚を呼び出したいところなんだけどなぁ」
「わかる、うん」
「暫く連絡取り合ってお互いの状況確認し合おうよ」
「うん、そうだね。ちょっと安心した」
「出汁巻きってさ、」
「・・・」
「・・」
「・」
「ぁははははは……」
*
あの日から梅海苔わらびと、出汁巻しらすは恋人に満たなかったものを満たしはじめてゆく。この部分のエピソードについては、今はまだ説明する必要はないだろう。不二枚しじみとは、以前通りにコミュニケーションが出来るようになったものの、声質や口調が誰かに似てきたような気もする。
不思議なものでそれは直ぐに慣れてしまった……。
「Hey 不二枚!」
「わらびくん、どうしたのかしら?」
「ブぅーーーーフォッ」
「大丈夫? わらびくん。コーラ噴き出しちゃうだなんて」
「なんちゅー、格好ッしてるのッ」
「好きなのかなーって、はだエプ」
「好きだけど何やってんの?」
「三択質問された時のシミュレートしておかないとね」
そして連作短編(続投1)へ
投稿当初のことです(えっここで回想?)
短編完結作品なのに意外に長くPVが増える、増えている。
浮かれて番外編を追加投稿するという愚行にでました……。
続投1・2へと続きますので、是非最後までお付き合いを。
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