■かなえの場合:「親友の初恋」

 西園寺(さいおんじ)かなえは、人を見るのが得意だった。


 誰が嘘をついてるか。

 誰が空気を読んでるか。

 誰が無理して笑ってるか。


 なんとなくわかる。


 だから。


 朝比奈ひかりみたいな人間は、結構珍しかった。


 あいつ、基本ずっと本気なのだ。


 楽しい時は本気で笑うし。

 ムカついたら本気で怒る。


 空気を明るくしようとするのも、本気。


 だからクラスは、ひかりを中心に回る。


 かなえも、その輪の中にいた。


「かなえー、購買付き合えー」


「自分で行け」


「冷たっ」


 いつもの会話。


 いつものひかり。


 そのはずだった。



 ◇



「……は?」


 かなえは思わず声を漏らした。


 昼休み。


 教室後方。


 一番後ろの窓際。


 そこにいるのは、雨宮もか。


 クラスの隅っこにいる小動物。


 目立たない。

 静か。

 気配が薄い。


 ひかりとは、一番接点がないタイプ。


 だったのに。


 なぜか、ひかりがずっと話しかけていた。


「もかー」


「……」


「聞いてる?」


「……聞いてます」


「よし!」


 なんなんだ、あれ。


 かなえは頬杖をつきながら眺める。


 最初は、またいつもの気まぐれだと思った。


 誰かを構って、空気を回してるだけ。


 でも違った。


 明らかに違う。


 ひかりが、妙に必死なのだ。


「もか、パン食う?」


「……いらないです」


「じゃあ私が食うの見てて」


「なんでですか……」


「一人だと寂しい」


 なんだそれ。


 かなえは吹きそうになる。


 ひかり、そんなキャラだったか?


 しかも。


 もかの反応が少しずつ変わっていく。


 最初は怯えていた。


 ひかりが近づくだけで肩を震わせていた。


 なのに今は。


「……ふふ」


「あ!! 笑った!!」


「わ、笑ってません」


「笑ったって!」


 ちゃんと笑うようになっていた。


 ほんの少しだけど。


 かなえは、その光景を見るのが好きだった。


 なぜなら。


 ひかりが、楽しそうだったから。



 ◇



 朝比奈ひかりは、ずっと他人を優先する。


 教室。

 友達。

 空気。


 自分より、周り。


 だから。


 かなえは時々思っていた。


 こいつ、自分の幸せどうすんだろ。


 と。


 そんなひかりが今。


 一人の女の子に夢中になっている。


 もかが笑うと嬉しそうで。

 もかが困ると焦って。

 もかが俯くと落ち込む。


 わかりやすすぎる。


「……恋じゃん」


 かなえは一人で呟いた。


 そして少しだけ安心した。


 ひかりも、ちゃんと誰かを好きになれるんだ。


 ちゃんと、自分のために必死になれるんだ。


 それが、かなえには嬉しかった。


 だから。


 あの日の朝。


 教室に入った瞬間。


 かなえの機嫌は最悪になった。


「……は?」


 ホワイトボード。


 落書き。


 もかを模した小さい女の子。


 それに覆いかぶさる、胸だけ強調された女。


『ひかりちゃんの新しいオモチャ♡』


『捕食完了』


 くだらない。


 心底くだらない。


 かなえは舌打ちしそうになる。


 しかも。


 一番最悪なのは。


 もう、もかが来ていることだった。


 窓際。


 いつもの席。


 小さく座っている。


 俯いたまま。


 周囲では。


「朝比奈マジなんじゃない?」


「もじゃ子も依存してそう」


「ウケる」


 ひそひそ声。


 かなえの目が冷える。


 ああ、なるほど。


 嫉妬か。


 ひかりが自分以外を特別扱いしてるのが気に入らない。


 ほんとダサい。


 かなえが動こうとした、その時。


 教室の扉が開いた。


 朝比奈ひかり。


 そして。


 ひかりの顔が変わる。


 かなえは、その瞬間に理解した。


 あ、これ地雷踏んだ。


 ひかりはホワイトボードを見たあと。


 すぐ、もかを見た。


 その目で全部わかった。


 怒ってる。


 しかも。


 自分のことじゃなく、もかのことで。


 かなえは少し驚いた。


 ひかりが本気で怒る時って、自分が傷ついた時じゃない。


 大事な誰かが傷ついた時なんだ。


 そして。


 その“大事な誰か”が。


 もう完全にもかになっていた。


 かなえは小さく笑う。


「……重症だな、ひーちゃん」


 でも。


 嫌じゃなかった。


 むしろ。


 やっと掴みかけたんだと思った。


 ひかり自身の幸せを。

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