■もかの場合:「うるさい人」

 雨宮もかは、自分の目が嫌いだった。


 青い目。


 母親譲りらしい。


 小さい頃は綺麗だと言われたこともあった。


 でも。


 小学校に入ってからは違った。


「怖い」

「にらまれてるみたい」

「外国人みたいで変」


 そんな言葉を何度も聞いた。


 だから隠した。


 髪を伸ばした。


 くるくるの癖毛をそのままにして、前髪を下ろした。


 見えなくなればいいと思った。


 見られなければ、傷つかないから。


 女子校に入っても、それは変わらなかった。


 もかは静かに過ごしていた。


 目立たないように。

 邪魔にならないように。


 本を読んで。

 なるべく喋らない。


 それでよかった。


 そのはずだった。


「ひかりー!」


「朝比奈また騒いでるー」


 教室の真ん中。


 朝比奈ひかり。


 もかとは正反対の人だった。


 背が高くて。

 明るくて。

 声が大きくて。


 みんなの中心にいる人。


 いつも笑ってる。


 教室を笑わせてる。


 もかは、少し苦手だった。


 眩しすぎて。


 見てるだけで疲れてしまう。


 だから。


 きっと関わることなんてないと思っていた。


「もじゃ子ー」


 声が近い。


 びくっ。


 肩が跳ねた。


 顔を上げる。


 朝比奈ひかりがいた。


 距離が近い。


「なに読んでんの?」


「……」


「見せてよー」


 後ろから覗き込まれる。


 近い。


 匂いがする。


 シャンプーの匂い。


 もかは慌てて本を隠した。


 クラスが笑う。


 胸がざわつく。


 嫌だ。


 見ないでほしい。


「恋愛小説?」


「ち、ちが……」


「図星じゃん」


 また笑い声。


 心臓がぎゅっと縮む。


 その時。


 頭に、手。


「うわ、髪ふわふわ」


 わしゃわしゃ。


「あ……」


 視界が揺れる。


 髪を触られる。


 乱れる。


 隠していたものが、崩れる。


「……や、やめてください」


 声がうまく出ない。


 止めてほしい。


 怖い。


 なのに。


 ひかりは悪気なく笑っていた。


「えー? なんでー?」


 もっと触られる。


 やだ。


 見ないで。


 その瞬間。


 前髪がずれた。


「あ」


 ひかりの声。


 終わった。


 もかは反射的に目を伏せた。


 見られた。


 嫌われる。


 気持ち悪がられる。


 でも。


 ひかりは何も言わなかった。


 ただ。


 手が止まっていた。


 怖くて。


 そっと見上げる。


 ひかりは、変な顔をしていた。


 驚いて。

 苦しそうで。


 なんだか泣きそうな顔。


「……ごめん」


 小さい声。


 もかは目を丸くした。


 謝られると思ってなかった。


「……だいじょうぶ、です」


 反射で言った。


 大丈夫じゃなかった。


 でも。


 これ以上空気を悪くしたくなかった。


 ひかりは少し苦しそうに眉を寄せていた。


 その顔が、妙に頭に残った。



 ◇



 放課後。


 帰ろうとしていた。


 早く帰りたかった。


 今日のことを忘れたかった。


 なのに。


「あのさ!」


 後ろから声。


 びくっ。


 振り返らなくてもわかった。


 朝比奈ひかり。


「まって」


 逃げる前に、前へ回り込まれる。


 近い。


 やっぱり大きい。


 もかは自然と縮こまった。


 ひかりは珍しく、困った顔をしていた。


「あー……その」


 いつもの勢いがない。


「……ごめんなさい」


 もかは固まる。


「嫌がってるって気づかなくて」


 まっすぐ言われる。


 言い訳じゃなく。


 ちゃんと謝っていた。


 そんな人だと思ってなかった。


「私、空気明るくしたくて……なんかいつも調子乗ってて……」


 ひかりは頭を掻く。


 落ち着かなさそう。


 それが少しだけ、おかしかった。


「……それに、さ」


 ひかりが小さく言う。


「目、綺麗だなって……」


 心臓が止まりそうになった。


「……や」


 反射で口に出る。


「その目……嫌い、だから」


「え?」


「怖いって言われるし……気持ち悪いって……」


「は!?」


 大きな声。


 もかの肩が跳ねる。


 ひかりは慌ててしゃがみ込んだ。


「ご、ごめん! 違う!」


 必死だった。


「いや全然気持ち悪くないって!」


「……」


「むしろめちゃくちゃ綺麗だった!」


 真っ直ぐ。


 即答だった。


 嘘をついてる顔じゃなかった。


 もかは言葉を失う。


 綺麗。


 そんなふうに言われたこと、なかった。


「宝石みたいで……」


 ひかりは少し恥ずかしそうに続ける。


「泣いてたのは胸痛かったけど……でも、綺麗で……」


 胸が変だった。


 苦しい。


 熱い。


 逃げたいのに。


 もっと聞きたいとも思ってしまう。


 意味がわからない。


 だから。


 誤魔化すみたいに。


「……変な人」


 小さく言った。


 すると。


 ひかりが、ぱっと笑った。


 その笑顔が、あまりにも眩しくて。


 もかはまた、視線を逸らしてしまった。


 でも。


 その日から。


 教室の“うるさい人”が。


 少しだけ、気になるようになってしまった。

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