安堵と自己嫌悪と
「……告白、された」
その一言で。
ももかの心臓が、嫌な音を立てた。
駅前の居酒屋。
半個室の席。
良太は気まずそうに烏龍茶を弄っている。
「へぇ」
ももかは笑った。
笑えたつもりだった。
「良かったじゃん」
「いや……」
良太は困ったように目を逸らす。
「職場の子なんだけど」
「どんな子?」
「地味。あんまり目立たない感じ」
「良い子なの?」
「うん。優しい」
優しい。
その単語が、妙に胸に刺さる。
「そっか」
「……うん」
沈黙。
良太は明らかに、何か続きを待っている。
ももかは気づかないフリをした。
「で? 付き合うの?」
良太は数秒黙ってから、ゆっくり口を開いた。
「……まだ返事してない」
「なんで?」
「……ももかちゃんがいるから」
呼吸が止まりそうになる。
良太は真っ直ぐこちらを見ていた。
「俺、やっぱりももかちゃんのこと好きだし」
ももかは視線を逸らす。
とうとう来た。
いつか来ると分かっていた日。
「でも」
良太は続ける。
「俺も結婚とか考える歳だし」
「……」
「その子、多分ちゃんと俺のこと好きでいてくれると思う」
優しくて。
誠実で。
現実的な言葉だった。
良太らしい、と思う。
「だから、もしももかちゃんが俺と付き合う気ないなら……その子の告白、受けようかなって」
その瞬間。
世界がぐらりと揺れた気がした。
嫌だ。
頭の中に浮かんだのは、その感情だった。
良太が他の女のものになる。
自分だけを見てくれなくなる。
もう、“いつもの場所”に戻れなくなる。
怖い。
怖い。
でも。
付き合うのはもっと怖い。
「……ももかちゃん?」
気づけば、涙が落ちていた。
「え、ちょ……なんで泣くの」
「……分かんない」
震える声で呟く。
「良太くんのこと、好きだよ」
それは本音だった。
多分。
でも、拓海に向ける感情とは違う。
熱じゃない。
依存でもない。
もっと静かで、怖い感情。
「でも……男の人と付き合うの、怖いの」
良太の表情が変わる。
「……」
「ごめん、ほんとごめん」
涙が止まらない。
「過去のこと、まだちゃんと整理できてなくて……」
半分は本当だった。
でも。
半分は、ずるかった。
今ここで良太を失いたくない。
だから、縋っている。
「少しだけ……待ってくれない?」
良太は黙り込む。
長い沈黙。
ももかは怖かった。
ここで「無理だよ」と言われたら。
本当に終わる。
でも。
「……分かった」
良太は静かに言った。
「急がせるの、違うよね」
その目は、本気で心配していた。
責める色なんて一切ない。
「その子には、ちゃんと断る」
ももかは息を呑む。
安堵が、どっと押し寄せた。
助かった。
失わずに済んだ。
そう思った瞬間。
自分がとんでもなく醜い生き物に思えた。
◆
帰り道。
良太は最後まで優しかった。
「今日は送るよ」
「大丈夫」
「でも」
「一人になりたい」
そう言うと、良太は少しだけ悲しそうに笑った。
「……そっか」
駅で別れる。
ももかは逃げるように歩いた。
気持ち悪い。
頭がぐちゃぐちゃだった。
自分は今、何をした?
付き合う気もないくせに。
他の女のところへ行かれるのは嫌だから、泣いて引き止めた。
嘘はついていない。
でも、本当のことを使って、人を操った。
それは嘘より、たちが悪い。
最低だ。
本当に。
◆
駅の公衆トイレに駆け込む。
個室に入った瞬間、吐いた。
涙まで出てくる。
「っ……ぅ……」
苦しい。
自己嫌悪で、頭がおかしくなりそうだった。
◆
家に帰る。
玄関を開けると、拓海がいた。
「おせー」
酒臭い。
「ごめん」
ももかは靴を脱ぐ。
拓海は機嫌が悪そうに舌打ちしたあと、ももかの腕を乱暴に引いた。
「今日なんか変」
「……そう?」
「知らねーけど」
そのままベッドへ押し倒される。
乱暴だった。
いつも通り。
キスも雑で、呼吸も奪われる。
でも。
ももかは抵抗しなかった。
考えたくなかった。
良太の事も。
自分の醜さも。
全部。
熱で塗り潰してしまいたかった。
拓海の腕に押さえつけられながら、ももかは目を閉じる。
最低だ。
本当に。
なのに。
こうしている間だけは、自分が空っぽになれてしまうのだった。
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