優しい男を愛せない 〜DV彼氏と優しい男の間で揺れる、最低な私の話〜

@totaku555

ぬるま湯の午後

 待ち合わせは、いつも良太から指定してくる。



「駅前のドトール、13時でどう? ももかちゃん、最近コーヒー好きって言ってたじゃん」



 そういう細かいことを、良太はちゃんと覚えている。ももかが何気なく言ったひとことを、メモでもしているかのように。



 拓海は覚えない。



 ももかが何を好きで、何が嫌いで、どんな日に悲しくなるか。そういうことに、あの人はまるで興味がない。



 それでも——とももかは思う。それでも、なんで好きなんだろうな、あたし。













 ドトールに着いたのは13時2分だった。良太はもう来ていて、窓際の席でスマホをいじっていた。ももかの姿を見つけると、ぱっと顔を上げて、少しだけぎこちなく手を挙げる。



「ごめん、待った?」



「全然。俺も今来たとこ」



 絶対嘘だ、とももかは思った。良太はいつも早く来る。でも「待った」と言わない。それが気遣いなのか、それとも単純に気が小さいのか、たぶん両方だろうとももかは結論づけていた。



 向かいに座ると、良太がトレーを示した。



「ブレンドでよかった? 違ったら買い直すけど」



「ありがとう、ちょうどいい」



 ももかはカップを両手で包んだ。11月の初めで、外はもう冷えていた。昨日——というか今朝方まで仕事で、帰ってから4時間しか眠れていない。体の芯がまだどこかぼんやりしている。



「なんか疲れてる?」



 良太が、遠慮がちに聞いた。



「顔色、ちょっと」



「仕事だよ。夜遅くなって」



「そっか」



 それだけだった。良太はそれ以上聞かない。ももかの「仕事」が何を意味するか、もう知っているから。最初に打ち明けたとき——あの夜のことをももかはよく覚えている。良太は三秒くらい黙って、それから「そっか、大変だね」とだけ言った。引かなかった。でも、すごく興味ありげにもしなかった。ちょうどいい距離を、この人は本能的に取れる。



 たぶんそれが、ももかには少し物足りない。











「最近、漫画読んだ?」



 良太が話題を変えた。ももかが漫画好きなのも、知っている。 



「読んでない。ていうか読む気力がなくて」



「じゃあ布教するのやめとこうかな」



「何それ、気になるじゃん」



「いや、疲れてるときに勧めても、ももかちゃん絶対ちゃんと読めないじゃん。俺、ちゃんと読んでほしいから」



 ももかは少しだけ笑った。



 拓海はそういう言い方をしない。拓海が何かを勧めるときは、もっと一方的だ。「これ見ろよ」「これ聴けよ」。ももかの状態なんて関係ない。でも、だからこそ熱量みたいなものを感じる。良太の優しさはいつもなめらかで、角がなくて、ももかの中をすうっと通り過ぎていく。 



 心に引っかからない。



 それが問題だと、ももかは分かっている。分かっていて、コーヒーをまた一口飲んだ。


 









 2時間ほど、たいしたことは話さなかった。



 良太の職場の話、ももかが最近行ったコンビニスイーツの話、どこかで見たバズってた動画の話。くだらなくて、でも妙に居心地のいい時間だった。良太といると、ももかは「ももかちゃん」でいられる。風俗嬢でもなく、拓海の彼女でもなく、ただの、ももかちゃん。



 それは本当に、ありがたいと思う。



 思うんだけど。



「そろそろ行く? 寒くなる前に」



 良太が言って、立ち上がりかけた。ももかも頷いて、上着を着た。そのとき、スマホが振動した。



 画面を見なくても分かった。



 拓海だ。



 胸の奥が、きゅっとなった。心臓が、少しだけ速くなった。それがももかには分かって、自分で自分が嫌になった。



「どした?」



「なんでもない」



 スマホをポケットに押し込んで、ももかは笑った。



「帰りにコンビニ寄っていい? グミ買いたい」



「いいよ。俺も肉まん食べたい」



「子供か」



「ももかちゃんだってグミじゃん」



 並んで店を出た。風が冷たかった。良太が少しだけ歩調を緩めて、ももかに合わせてくれた。



 ポケットの中で、スマホがまた振動した。



 ももかは無視した。



 ——でも早く返さなきゃ、と思う。



 隣を歩く良太の横顔を、ちらりと見た。真面目な顔で信号を見ている。穏やかで、誠実で、ももかのことをちゃんと人間として扱ってくれる人。



 どうして、ときめかないんだろう。



 答えは出ないまま、信号が青になった。

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