魔王軍四天王、ひとりだけ常識人で胃痛担当

秘色

短編

「……おい、待て。頼むから一度、私の言葉を脳に、いや、その肥大化した大胸筋にだけでも通してくれないか?」


 漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ男──魔王軍四天王が一角、暗黒剣士バルドザックは、額を押さえながら深く、深くため息をついた。


 彼の胃は、ここ数ヶ月間、魔界特産の激辛毒キノコを直に流し込まれたかのようにキリキリと痛み続けている。


「ガハハハ! 何を弱気なことを言っているのだバルドザック! 我ら魔王軍の威光を示すには、小細工など不要! 人間の王都とやらに、我が魔獣兵団を正面から突撃させれば、一日で瓦解するわ!」


 そう言って豪快に机を叩いたのは、同じく四天王のひとり、魔獣人ガット。ライオンの頭部と、岩石のような筋肉を持つ絵に描いたような脳筋である。


 彼が拳を振り下ろすたびに、黒曜石で作られた高級な会議机にひびが入り、バルドザックの胃の痛みが一段階跳ね上がる。


「ガット、お前の言う『正面』とは、あの高さ五十メートル、厚さ十メートルの対魔魔法障壁が常時展開されている『絶対防壁・グランドライン』のことか? あそこに歩兵を突っ込ませたら、ただの肉ミジンコ製造機にしかならんと言っているだろう。前回の遠征で、お前の兵隊が三割減ったのをもう忘れたのか?」

「ぬ? そうだったか? 生き残った奴らが強くなったから問題ない!」

「大ありだバカ野郎! 補充の人事評価シートと遺族への補償金申請書を書く私の身にもなれ!」


 バルドザックが激昂して書類を叩きつけると、その隣で、禍々しい紫色のオーラを放つローブを着た男が、狂ったようにクククと笑い声を漏らした。


「ククク……愚かな。実権を握る人間どもなど、我が禁忌魔法の贄にしてしまえばよいのです。バルドザック殿、安心なされよ。私が次の新月に、王都の真上で『超重力崩壊魔導(ギガ・グラビトン)』を発動させます。そうすれば、障壁ごと王都は塵に帰す……ククク、美しい……!」


 目が完全にキマっているこの男は、闇魔道士フォルバ。四天王随一の魔力量を誇るが、出力の調整という概念を母親の胎内に置いてきた男である。


「待てフォルバ。その『ギガなんちゃら』の有効半径はどれくらいだ?」

「おおむね、半径五十リーグ(約二百キロメートル)というところでしょうか」

「王都の周りにある、我が魔王軍の最重要補給拠点である『オルガ鉱山』と、前線基地の『黒骨砦』も完全に飲み込まれるな?」

「ククク……大いなる破壊には、多少の犠牲が付き物ですからな」

「身内の拠点を『多少の犠牲』で片付けるな! そもそもその魔法、お前の魔力を九割消費するだろ! 撃った後、お前はただの『ちょっと人相の悪い引きこもり』になるんだよ! 反撃されたらどうするんだ!」


 バルドザックの怒声が響き渡る中、会議室の隅のソファでは、長い赤髪をだらしなく広げた美女が、退屈そうに爪をいじっていた。


 煉獄の魔女アフロワット。彼女もまた四天王のひとりであり、その炎は世界をも焼き尽くすと言われているが──。


「あー……。ねえ、バルド、フォルバ、ガット。ぶっちゃけさ、王都とかどうでもよくない? 遠いし、暑いし、人間ってすぐ泣くからめんどくさいじゃん。私、今月の有給消化して魔界温泉に行きたいんだけど。っていうか、今から行っていい?」

「アフロワット、お前は今週まだ一度も自席に座っていないな? あと、お前の部署から提出された『今月の活動報告書』、白紙に、燃(・)え(・)盛(・)る(・)炎(・)の絵が描いてあったぞ。私を舐めているのか?」

「えー、だって言葉で書くより、炎のパッションで伝えた方が早いかなって。ほら、私、感覚派だからさー。あ、帰りに魔界パフェ食べて帰ろ」


(どいつもこいつも、組織というものを何だと思っているんだ……!)


 バルドザックは、こめかみに浮き出た青筋を必死に抑え込んだ。彼は『暗黒剣士』という恐ろしい二つ名を持ち、戦場に立てば一騎当千の強者である。


 しかし、その本質は、魔王軍の中で唯一、予算、兵站、人事、そして常(・)識(・)という概念を理解している男だった。彼がいなければ、この魔王軍はすでに自滅している。そう断言できる。


 その時、会議室の奥にある、禍々しい装飾が施された巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。


「──騒々しいぞ、愚か者どもめ」


 空気が一瞬で凍りつく。圧倒的な威圧感、背中から生える漆黒の翼、そして全てを平伏させる魔力。

 この世界の恐怖の象徴、魔王ゲアガランダー。


「魔王様!」


 ガットとフォルバが慌てて膝をつき、アフロワットもだるそうにソファから腰を上げた。バルドザックもまた、胃の痛みを堪えて一礼する。


 魔王ゲアガランダーは、禍々しい玉座に深く腰掛け、鋭い眼光で四天王を見下ろした。


「我が精鋭たる四天王が集いながら、いまだ人間の小国一つ滅ぼせぬとは、どういうことだ。バルドザックよ、説明せよ」


(はぁ? 俺に振るなよ……!)


 バルドザックは内心で毒づきながらも、すっと背筋を伸ばし、丁寧に一歩前へ出た。


「はっ。魔王様、現在、我が軍は前線で兵站(へいたん)を再構築中でございます。人間の防衛線は強固であり、力押しでは我が方の損害が大きすぎます。まずは周辺の物流網を断ち、兵糧攻めに持ち込むのが上策かと──」

「ぬるいわ!」


 魔王の一喝が、会議室を震わせた。


「兵糧攻めだと? そんな地味な真似、魔王たる我が許すと思うか! 我が求めるのは、圧倒的な恐怖! 絶望! 神々すらも恐怖する、絶対的な破壊である! よし、今すぐ我が直属の暗黒魔導艦隊を全艦出撃させ、王都の上空から無差別に魔導砲を撃ち込むのだ!」


(出たよ、この御方の『全軍突撃病』が……!)


 バルドザックは目眩を覚えた。


「魔王様、恐れながら申し上げます。暗黒魔導艦隊の燃料である『魔晶石』の在庫は、先月の魔界大花火大会(魔王の思いつきで開催された)で、その八割を消費いたしました。現在、全艦を出撃させるほどのエネルギーはございません」

「何だと!? では、足りぬ分は兵どもの生命力を変換して動かせばよかろう!」

「それをやると、王都に着く前に漕ぎ手の魔族が全滅します。ただの巨大な鉄の棺桶が空から降ってくるだけになります」

「ぐ、ぬぅ……。では、我が直接赴き、あの忌々しい障壁を拳で叩き割ってくれる!」

「魔王様が前線に出られるとなると、魔王城の結界が弱まり、留守を狙っている勇者一行に本拠地を乗っ取られる危険性がございます。それに、魔王様が動かれる際の旅費、もとい、進軍費用は国家予算の半分を占めます。現在、我が軍の財政は火の車でございます」

「お、おのれ……! ではどうすればよいのだ! バルドザック、貴様は我が世界征服を邪魔するスパイか!?」

「誰がスパイですか! 私はこのクソ忙しい魔王軍の財布と理性を一人で守っているんです!!」


 思わず本音が叫びとなって口から飛び出した。


 会議室が、一瞬、静まり返る。魔王ゲアガランダーは、バルドザックの気迫に一瞬気圧されたように目を瞬かせたが、すぐに不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。


「チッ……。相変わらず、堅苦しい男だ。お前は昔から、数字や効率ばかりを気にしおる。もっとこう、魔族らしいパッションはないのか、パッションは」

「パッションで飯が食えれば苦労はしません。とにかく、本日の会議はここまでです。ガットは兵の再編成、フォルバは魔法の出力制限の訓練、アフロワットは……提出書類の書き直し! 魔王様は、予算書に判を突いてください。いいですね!?」


 四天王の一角でありながら、完全にオ(・)カ(・)ン(・)の(・)説(・)教(・)と化したバルドザックの指示に、脳筋も、狂人も、ギャルも、そして世界の支配者さえも、小さく「はい……」と頷くしかなかった。



 ◇ ◇ ◇



「はぁ……。死ぬ。マジで死ぬ。誰か俺の代わりに四天王やってくれ。もう暗黒剣士じゃなくて、暗黒中間管理職に改名するわ」


 魔王城の城下町にある、薄暗い居酒屋。バルドザックは、重いフルプレートアーマーを脱ぎ捨て、ラフな私服姿でジョッキを煽っていた。


 黄金色に泡立つ『魔界ビール』が、乾ききった喉と、ボロボロの胃壁に染み渡る。


「お、バルドの旦那、今日も大変そうだねぇ」


 声をかけてきたのは、店主の隻眼のオーガだ。バルドザックは、手元の小皿にある『生贄(いけにえ)ミノムシの唐揚げ』をつまみながら、力なく笑った。


「聞いてくれよ親父。今日なんてさ、魔王様が『王都を拳で叩き割る』とか言い出してさ。あの方、自分がどれだけ経済に影響与えるか分かってないんだよ。魔王様が一歩動くだけで、魔界の株価は大暴落、物価は高騰、兵站のオークたちは過労死寸前だ」

「ガハハ、相変わらず上がアホだと下がつらいねぇ。でもさ、旦那がいてくれるから、俺たち城下町の商売人も安心して暮らせるんだぜ? 旦那がいなきゃ、今頃ガットの旦那の魔獣どもが店を荒らしてるか、フォルバの旦那の実験で町ごと消し飛んでる」

「本当にそれな……」


 バルドザックは、机に突っ伏した。彼は元々、一介の剣士として魔王軍に雇われたはずだった。圧倒的な剣技で戦果を上げ、気づけば『四天王』などという大層な地位に祭り上げられていた。


 そこまでは良かった。だが、昇進した途端に待っていたのは、栄光の戦いではなく、山のような書類仕事と、個性豊かすぎる同僚たちの尻拭いだったのだ。


「あ、バルド見っけ。やっぱりここにいたー」

「げっ!」


 聞き覚えのある、気の抜けた声。振り返ると、私服──露出度の高い黒いドレス──に着替えたアフロワットが、勝手にバルドザックの向かいの席に座り、店主に「生中と、トカゲの串焼きねー」と注文を通していた。


「アフロワット……。なぜここが分かった。あと、お前にはまだ書かせる書類が残っているはずだが?」

「いーじゃん、硬いこと言わないの。ほら、これあげるから機嫌直してよ」


 そう言ってアフロワットが差し出してきたのは、小瓶に入った緑色の怪しい液体だった。


「……何だこれは。まさか私を毒殺して、監査から逃れようという魂胆か?」

「失礼な。それ、魔界の奥地でしか採れない『世界樹の胃薬』だよ。バルド、いっつも胃を押さえてるからさ、可哀想になって。これ飲むと、どんな胃痛も一発で治るんだって」

「……!」


 バルドザックは目を見開いた。差し出された小瓶を見る。確かに、微かに聖なる癒やしのオーラが漂っている。


「アフロワット、お前……これをわざわざ、私のために?」

「ん? まあ、バルドが胃潰瘍(いかいよう)で倒れたら、次に書類仕事が回ってくるの私だし? それだけはマジで勘弁だから、先行投資的な?」

「……お前のそういう、一言余計なところがなければ、今ので惚れていたかもしれないな」


 バルドザックは苦笑しながら、小瓶の液体をグイと飲み干した。驚くべきことに、すうっと胃の奥が軽くなり、ここ数ヶ月間続いていた重苦しい痛みが、嘘のように消え去っていく。


「ふぅ……。生き返る。恩に着るぞ、アフロワット」

「いーえ。あ、それじゃあ、今月の活動報告書、バルドが代わりに書いといてね。よろしくー!」

「待て、それは話が違う。おい、逃げるな! 報告書を置いていくな!」


 アフロワットはジョッキを一気に飲み干すと、嵐のように去っていった。

 結局、バルドザックの手元には、アフロワットの分の飲み代のツケと、白紙の報告書が残されたのだった。


「……やっぱり、あいつらのこと、一回本気で殴っていいか?」


 バルドザックの胃が、再び微かにズキリと痛んだ。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。魔王城の警報が、けたたましく鳴り響いた。


『緊急事態! 緊急事態! 本城の第一外郭門が突破されました! 侵入者は、人間の勇者一行! 繰り返す、勇者一行が──』


「おいおい、マジかよ! 噂の勇者が来やがったのか!」


 城の廊下を、ガットが興奮した様子で走っていく。その背中を追うように、フォルバが不気味な笑みを浮かべながら浮遊していた。


「ククク……勇者の肉体、我が禁忌魔導の実験体として、申し分のない素材ですな……!」

「待てお前ら! 持ち場を離れるな! 防衛ラインのB地区はどうした!?」


 バルドザックが叫ぶが、二人の耳には届かない。アフロワットにいたっては、「あー、勇者? 強いなら私、勝てないから部屋に引きこもってよっと」と、自分の部屋に鍵をかけて立てこもる始末だ。


(あいつら……! 組織防衛という概念が欠落している!)


 バルドザックは愛刀である暗黒魔剣・デスブリンガーを引き抜き、一人で玉座の間へと急いだ。玉座の間では、魔王ゲアガランダーが、不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。


「フハハハ! 来たか、勇者よ! 我が自ら、その息の根を止めてくれるわ!」

「魔王様、落ち着いてください。敵の戦力が不明です。まずは私が前線で時間を稼ぎますので、魔王様は奥へ──」


 その時、玉座の間の大扉が、凄まじい衝撃と共に爆発四散した。煙の向こうから現れたのは、光輝く聖剣を手にした少年──勇者アベルと、その仲間たちだった。


「ついにたどり着いたぞ、魔王ゲアガランダー! 世界の平和のため、今日ここで、お前を倒す!」


 勇者の放つ聖なるオーラは凄まじく、並の魔族であれば近づくことすらできないだろう。だが、魔王軍四天王を舐めてもらっては困る。


「ガハハハ! 待たせたな勇者! この魔獣人ガットが、お前の骨を噛み砕いてくれるわ!」


 ガットが横から乱入し、巨大な斧を振り下ろす。しかし、勇者の仲間である重戦士がそれをガッチリと受け止めた。


「ククク……無駄ですよ。我が深淵の闇に飲まれなさい! 『極大消滅呪文(ダーク・エンド)』!」


 フォルバが叫び、漆黒の魔力球を放つ。だが、勇者の仲間の賢者が、即座にカウンターの対抗魔法を展開。魔力球は相殺され、その衝撃波が玉座の間の天井を半分ほど吹き飛ばした。


(あああっ! 天井の修繕費、いくらすると思ってるんだ!!)


 戦いそっちのけで、バルドザックの脳内で電卓が高速で弾かれる。国家予算、今月の赤字、職人の人件費、建築資材の高騰──。


「おい、そこの暗黒剣士! 何をブツブツと計算している! 僕と勝負だ!」


 勇者アベルが、聖剣を構えてバルドザックに突っ込んできた。凄まじいスピード。さすがは世界を救うと言われる器だ。


「チッ……!」


 バルドザックは思考を切り替え、デスブリンガーで聖剣を受け止めた。キィィィィン! と、高い金属音が響き渡り、火花が散る。


「ほう……僕の一撃を受け止めるなんて、さすがは四天王だ!」

「褒めても何も出んぞ、勇者。お前たち、少しは『器物破損』という言葉を知れ! この城の維持費がどれだけかかっているか分かっているのか!」

「え? え、維持費……?」


 剣を交えながら放たれた魔族のセリフに、勇者は一瞬、呆気に取られた。


「そうだ! お前たちが壊した外郭の門! あれはドワーフの名工に特注した、一枚ン百万魔貨(マーカ)もする代物だ! それを景気良くぶっ壊しやがって! 人間の国は、戦後補償としてちゃんと一括で支払ってくれるんだろうな!?」

「な、何を言っているんだ君は!? 僕は世界を滅ぼそうとする魔王を倒しに──」

「滅ぼすわけないだろ、こんな赤字国家!!」


 バルドザックの怒りの一撃が、勇者の聖剣を弾き飛ばした。その凄まじい剣風に、勇者は数歩後ろにたたらを踏む。


「世界を征服した後に、どれだけのインフラ整備と領土統治のコストがかかると思っているんだ! 魔王様が『世界征服だー!』って盛り上がってるから付き合ってやってるだけで、俺の本音を言えば、今の魔界の領土だけでも手一杯なんだよ! これ以上、未開拓の人間領を押し付けられたら、俺の残業時間が過労死ラインを遥かに突破するわ!!」

「えっ……あ、あの、なんか、すみません……?」


 あまりの剣幕と、あまりにも生々しい大(・)人(・)の(・)事(・)情(・)に、勇者アベルは思わず聖剣を下げ、冷や汗を流した。

 背後の仲間たちも、哀れみを見るような目でバルドザックを見ている。


「おい、バルドザック! 何を人間相手に愚痴をこぼしているのだ! 早くそやつを叩き斬れ!」


 玉座の上から、魔王ゲアガランダーがヤジを飛ばす。


「うるさいですね魔王様! あなたが先週、勝手に買った『伝説の魔王専用特注マント(純金刺繍入り)』のせいで、今月の兵の給与が遅配寸前なんですよ! そのマント、今すぐメル○リに出して売却してください!」

「め、め○かり……? いや、これは魔王の威厳としてだな……」

「威厳で腹は膨らみません! おい、ガット! お前も無駄に斧を振り回すな! 壁が削れるだろ! フォルバ! 部屋の中で範囲魔法を使うなと言っているだろうが! アフロワット! お前はいつまで隠れてポテチを食いながら見物しているんだ、手伝え!!」


 いつの間にか、玉座の間の陰でポテチを齧っていたアフロワットが「げ、バレた」と顔をしかめた。


 バルドザックの放つ、凄まじいお(・)か(・)ん(・)オ(・)ー(・)ラ(・)(怒)に、その場にいた全員が完全に萎縮してしまった。

 勇者一行も、魔王も、四天王も、誰も動けない。


「……はぁ。もういい、今日のところはこれくらいにしておけ」


 バルドザックはデスブリンガーをサヤに収めると、懐から一枚の書類を取り出し、勇者アベルに向かって放り投げた。

 勇者は慌ててそれをキャッチする。


「……何だい、これ?」

「『魔王城立ち入りに関する事前申請書』および『戦闘行為に伴う損害賠償請求の仮見積書』だ。次に来る時は、少なくとも三日前までに事務方に提出しろ。あと、今回の門の修理代は、お前たちのギルドに請求書を送っておくからな」

「あ、はい……。なんか、ごめんなさい……。あの、じゃあ、今日はこれで失礼します……」


 勇者一行は、完全に戦意を喪失し、そそくさと壊れた扉から退却していった。


 こうして、世界の命運をかけた戦いは、中(・)間(・)管(・)理(・)職(・)の(・)圧(・)倒(・)的(・)な(・)説(・)教(・)によって、未曾有のスピードで和解(?)に終わったのである。



 ◇ ◇ ◇



 勇者たちが去り、静まり返った玉座の間。半分吹き飛んだ天井から、魔界の紫色の月光が差し込んでいる。


「……さて」


 バルドザックは、再び額を押さえた。アフロワットからもらった『世界樹の胃薬』の効果は素晴らしかったが、さすがにこの短時間でこれほどのストレスを受けると、早くも効果が薄れてきた気がする。


 胃の奥が、再び微かにジクジクと主張を始めた。


「バルドザック……。その、なんだ。悪かったな」


 玉座から降りてきた魔王ゲアガランダーが、珍しく申し訳なさそうな顔で、バルドザックの肩を叩いた。


「魔王様……分かってくだされば良いのです。私はただ、この魔王軍を、持続可能な組織にしたいだけなのです」

「うむ。お前の苦労は、我が一番よく分かっている。よし! お前のその忠義に応え、我が直々に、明日はお前のために『バルドザック激励・魔界大パレード』を開催しよう! 予算は城の貯蓄を全て注ぎ込み──」

「だから無駄遣いをするなと言っているだろうがァァァァァ!!!」


 魔王城に、暗黒剣士の絶叫が響き渡る。


 脳筋の魔獣人はまた筋トレを始め、闇魔道士は新しい爆発魔法の計算をし、魔女は「明日休んでいい?」とポテチを食べている。


 魔王軍四天王、暗黒剣士バルドザック。彼の世界征服──という名の、終わらない書類仕事と胃痛──の日々は、明日も、明後日も、続いていく。


(誰か……本当に、俺に有給をくれ……!!)


 紫色の月が、彼のフルプレートアーマーを、今日も物悲しく照らしていた。



 おしまい

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魔王軍四天王、ひとりだけ常識人で胃痛担当 秘色 @itihiro1324

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