置き菓子が盗まれたけど食べ放題に釣られた件について
鐘ノ星小夜
派遣社員、水瀬ほのか25歳です。前科者の雇用って難しい問題ですよね。理屈では刑期を終えたなら刑罰は終えているのでみそぎが済んでるはずなのですが、私を含めてまだまだ世間の目は厳しいです。この間、マンガ原作者の騒ぎもありましたし、一応法律では、特殊な職種でない限り、企業にも同僚にもカミングアウトする必要もないんですが、燃えましたね。私だって正直言えば一緒には働きたくありませんけど、そうすると彼らの更生や社会復帰ができなくなり、犯罪者に戻ってしまう。悩ましい。でも、お菓子食べ放題に釣られて働いてきたんですよ。
今度のほのかの派遣先は、全社員8名の零細工務店だった。この会社には、社長以外に前科のない者は居ない。詐欺、殺人、反社に窃盗とバリエーションも多彩だ。
社長のそういう方針らしい。社長は建設会社の重役だったが、弟が誤って人を殺してしまい、刑期を終えて刑務所から出てきたものの、再就職先がなく悲観して自殺してしまった。
そのことに深く傷ついて、退職して新しく会社を興し、前科者だけを雇う工務店を立ち上げたという。立派だ。しかし、なぜその会社に自分が派遣されるのだろう。
面接というか、むしろほのかの方が会社を面接する態で、ほのかは悩んでいた。
「あの、現業に偏見があるわけじゃないですけど、いままで基本的に商社の営業事務とか補佐だったわけじゃないですか? なぜ工務店に」
付き添いで来た派遣会社の担当が答える。
「それはほら、水瀬さん警察沙汰とか気にしないじゃない。事情を話すと他の派遣はみんな恐がっちゃってね。それに、水瀬さんのことは向こうがご指名なのよ」
そんな会社にご指名とか悪い予感しかしない。
社長が頷くと、副社長の黒スーツにはだけた白シャツ、そしてゆるく巻いた蛇皮のネクタイをした反社丸出しの中尊寺広泰が話した。
「いま、組に問題が起きて親父が困っていまして。姐さんの名声を聞き是非お力を頼りたいと思いまして」
「なにそれ怖い。わ、私そんな方面に名前知られてないと思うんですけどぉ」
「そちらの担当さんに、会社の問題を水戸黄門みたいに解決していくトラブルバスターと聞きまして。違うんですか?」
担当~! ほのかは怒りを込めて担当をにらむが、担当は涼しい顔だ。
「実際そうでしょ。それに、条件をよく見て。破格の報酬なのよ。短期だけど」
条件を見ると確かに破格だ。ほのかがいつも行く最大手よりも、一段上のクラスで、さらにひとつふたつの資格手当がないとこの報酬にならない。
「問題解決したら、三ヶ月のボーナスもつくのよ」
担当の言うとおり破格だが、これだけ破格の報酬がある問題の方が怖い。
「あの、確かにいくつか結果的に解決はしましたけど、私がそちらの問題を解決できる保障はないんですが……」
「それは承知してやす。しかし、あっしたちは都合上、仲間を疑うことはできないんでやして。どうしても外部の助けが必要なんです」
「とりあえず、その問題をうかがわせてもらえますか?」
そして中尊寺は話し出した。社員は全員前科者で構成されていること。そのことから、せめて社員同士、会社の中ではお互いに疑わないこと、というのを徹底しているようだ。そしてこれまでは上手くいっていたが、会社の福祉として置き菓子を始めた頃から問題が起きてしまった。勘定が合わないのである。
主に利用してるのは、中尊寺含めたベテラン三人で、それはちゃんと支払いをしている。社長は疑っていない。でも、まだ日の浅い五人はわからない。監視カメラも置きたくないし調査もしないので、もしかしたら支払いの現金が抜かれているのかもしれない。
それも約半分も払いが足りなくなって、業者から文句は来ているが、それは会社が補填しているという。犯罪は許せないが捜査はしたくない。全体へ支払いをミスしたりしないように注意はしているが、改善しないし、額がミスとは思えない。
かといって中止してしまうと、せっかく犯罪から遠ざかって居る社員がなにかやらかしたことに気づかれてしまうので、それも避けたいと言うことだった。
いま会社でこの問題が起きているのを知っているのは、社長と中尊寺だけだという。
ほのかは好奇心は大いにそそられたが、別な理由からこの仕事を断った。
「私は普通に仕事をしたいだけでして、スパイの真似や犯人捜しをしたいわけじゃありません。ですから、この仕事はお断りします」
「でも、この会社を助けることは社会貢献になるのよ。好きでしょ? 社会貢献」
担当にそう言われる。確かに好きだけども。報酬がいいので、担当もこの契約を結ばせたがってるな。ほのかは眉をしかめて悩み始めた。
「頼みますよ姐さん!」
「姐さんはやめてください。水瀬さんか、水瀬でお願いします。それは必須条件ですね」
ほのかがやっぱり断ろうと心が傾いたとき、担当が口を出した。
「水瀬が渋ってるようなので、条件を上げさせて貰っていいですかね。成功報酬を通常報酬にしていただけますか」
「かまいません。よろしくお願いします。半年なら、いやなんなら12ヶ月分でも」
「それは当社としては魅力的ですが、上げて欲しいのは、置き菓子を水瀬が食べ放題の追加です」
「へ?」
中尊寺は呆けた顔をしたがほのかは即答していた。
「やります。というか、ボーナスは要らないのでその条件に変えてください」
担当は渋い顔をするが、そっちでほのかを売ろうとした派遣会社にも、一応ペナルティは与えておかなくてはならない。繰り返されたら堪らないので、成功体験を与えたくなかった。
「こっちとしてはありがたいくらいの話ですが、もしかして姐さん、無茶苦茶お食いになられます?」
「食べて月に一万円くらいですよ。食い放題と同じで、無制限がいいんです。ただ、期待もそれくらいにしておいて下さい。捜査がされていると察せられるのが嫌なのなら、なおさらです。あくまで私はただの派遣事務で。この件で必要があるなら、私の方から連絡をしますから」
そういう条件で、ほのかは工務店に勤め始めた。
多少荒っぽくはあるが、これは男所帯の会社の常で、特に前科者だと言う理由は感じられなかった。前科者だということを期待したり、それで偏見の目を向けてくる相手用に、中尊寺だけ例外的にわざとそういう格好でそういう振る舞い方をしているようだ。それにしてもヤカラ振る舞いが堂に入りすぎているとは思うが。姐さん呼びだけはほんとやめて欲しい。
なにもなく、ほのかがお菓子パラダイスを楽しんで一週間が過ぎた。しかし、異変はなかったが、メールで中尊寺に確認を取ると、もう支払額と在庫に差が出てしまってるらしい。犯行はされて、しかもそれはほのかに気づかれずに行われたわけだ。
二週間目に入り、ほのかは犯人捜しに注意深く観察した。そして継続してお菓子パラダイスを楽しんでいた。そして、違和感に気づいた。
昨日開けたこのアーモンドチョコレート、二個増えてる?
お菓子のペース配分を大事にするほのかにとって、気のせいとするには大きな異変だった。またなにかお菓子を買って、食べながら、箱の目立たないところに印をつけて、机の中に戻す。
翌日確認していたら、印はなかった。なるほど、トリックはわかった。中尊寺に言って、いままでの不足分の代金と、実際にベテランたちが買ったお菓子をチェックさせる。数値がぴったり合った。翌日に持ち越したお菓子分だけ、未払いが増えている。
最後にゴミ捨て係を任せて貰って、証拠を確認する。大量のお菓子の空箱が入っていた。ほのかが印をつけたアーモンドチョコの空箱もあった。お菓子で大事なのは中身であって、食べきったらただのゴミだもんな。犯人ですら気にしない。予想通りだ。
かーびぃとあだ名がついてる、真円に近い体型の小太りの作業員。竹上登が犯人だった。中尊寺に確認すると、前科は食品の万引きと食い逃げだった。もうすこしこうなんというか、意外性というかさあ。
ほのかは犯人がわかったと中尊寺に連絡して、事件と犯人をばらしてよい準備があるなら、社長とベテラン集めて説明してもいいとメールした。まずいならやり口と犯人だけ教える。社長とよく相談して決めて欲しいと伝えた。
ちょっと高めの、テーブルが回る中華料理店に呼ばれた。ほのかと社長と、ベテラン社員3名の5人だ。なんかヤクザのゲームで見たことがある。たぶんほのかの映ったときは筆書きで『25歳派遣会社所属。水瀬ほのか』って書かれてる気がする。
まず中尊寺から、大きな額の置き菓子の未払いが継続していること。それを上手く処理したいこと。その調査のために、ほのかが雇われたことが説明される。
確かにベテラン社員二人に動揺が走る。それは、失望とかほのかへの敵意というか警戒というか、微妙な雰囲気だった。
「社長は別枠とは言え、ここで前科無いの私だけなんですね。みなさんが普段感じてるアウェイ感みたいなものを、すこしはわかる気がしました。まず安心して欲しいのは、これから話すのは私個人の体験であり、私自身は警察沙汰を含めて問題化しないこと。それを含めて承諾してから仕事をしていると言うことです。仕事は事務であって、みなさんへの捜査ではありません」
そう説明してから、ほのかは説明した。日をまたいで会社に置いてあったお菓子は、開封を装って未払いで盗まれたお菓子とすり替えられている。異変を感じたときに箱に目立たない印をつけて、おそらく犯人のゴミ箱からそれを回収済みだ。みなさんは容疑から外れていて、それでもほのかの言葉が信じられないなら、自分で試して判断できると言うことを。
「姐さん、ご配慮痛み入ります」
「その姐さん呼びやめてくださいってますよね。そして犯人は……」
「竹上だろ」
「食欲なら竹上だろうなあ」
「これ私、必要だったんですかね?」
ベテラン社員二人の名指しに、ほのかはため息をついて中華料理に口をつけた。ああ、卵スープおいしい。
「たとえどんな前科があろうと、それまではどうであろうと、この会社内ではそれを先入観にした判断は禁止だ。水瀬さんありがとうございます」
社長が重々しくお礼を言ってくれる。そして、いつものチンピラじみた所作をやめて、ガチ反社のようにドスの利いた声で中尊寺がつぶやく。こっちが素なんだろうな。
「でも、実際違法行為をしたら話は別です」
腕を組んで他二人のベテランも沈痛な面持ちで頷く。
「でもみなさん、新参の私の言葉より、長く一緒に居る仲間を信じたいですよね。ですから、私から提案があります。まあ、みなさんがしなくても、私が個人的な復讐にするんですけどね」
ほのかは大袋のお菓子を残して退社するときに、無臭の辛味オイルをお菓子に垂らして、シェイクすると説明した。そうしたら、一目で誰が犯人か間違いなく納得できると言った。
「それ以上のことはみなさんにお任せします。私の調査も、提案もそれで終わりです。それでいいですか?」
「なにからなにまでありがとうございます」
ほのかは4人のそれからの相談を意図的に聞かないようにして、中華料理を一人で丸テーブルを回しながら楽しんだ。
そして、最後に決行日を告げられて、それに合わせると返答した。
決行日の翌日、竹上は病欠した。ベテラン社員は残したお菓子を一口つまみながら、なんとも残念そうな悲しそうな表情をしていた。その意味を理解できるのは、彼ら自身とほのかだけだろう。ほのかも合わせるように食べて、辛くないのを確認した。
中尊寺を先頭にして、ベテラン3人が厳しい顔で急いで外出する。おそらく竹上の家だろう。社員はなにかあったのかとざわついているが、ほのかは気づかない振りして作業を続けた。
翌日、朝礼でほのかは吹き出した。
「ププッ! なんですか4人そろってその唇は」
他の社員たちも、ほのかの言葉で耐えかねて爆笑した。
竹上とベテラン社員4人が、そろってマンガのようにたらこくちびるになって、パンパンに腫らしていたのだ。
笑い事ではないと三人はいかめしい顔を作るが、ギャップで子供のようにすねているようで余計笑いが盛り上がる。竹上だけは青い顔をしているが、ベテラン社員に比べて存在感が薄いので目立たない。
社長が声を出した。
「私は先に連絡を受けていたのでこらえられるが、みんなが吹き出す気持ちはよくわかる。見てわかるように、社員4名が急にアレルギーを発症したので、安全の為に今後置き菓子は廃止するが我慢して欲しい。これからは代わりに、いつもの三人が定期的に配るおやつを増やしていくので、それであきらめてくれ」
確かに不便になるのだが、この笑いの渦の中では誰も問題視しなかった。竹上の処分は、説諭で済まして解雇もしないと、社長とベテランたちは判断したんだな。そして、ベテラン社員たちは、竹上が目立たないように、痛みを共にして説教したと。
あの辛さはとても一口以上耐えられるものではないと思うけど、あの強面三人がそれをつまみながら、一日詰められるのは生きた心地がしなかったに違いない。ほのかだったら、やってないクーデターも自白しちゃうなと思った。
社長から、解決のみならず対処の猶予も広い形で準備してくれたお礼に、やはりなにかお礼をしたいと言われた。聞いてはいないが、竹上の処置には、解雇しても犯罪者を社会に放って迷惑をかけるよりはと、申し訳なさそうに説明された。
ほのかは、探偵まがいのことをさせようと紹介した派遣会社を喜ばせるのはシャクなので、お菓子食べ放題つきで、契約期間の最大である三ヶ月先までの延長を望んだ。それは社長に喜んで承諾された。
その後、くちびるの腫れが引いてもベテラン社員にほのかはかわいがられた。ほのかは、そりゃ前科者も初犯までは普通の人だったんだから、一緒に居ても普通の人と同じように感じるのは当たり前だよなあ、と改めて前科者の扱いは難しいと感じた。
なにをどうすれば、公平であり正義になるのだろうか。
置き菓子が盗まれたけど食べ放題に釣られた件について 鐘ノ星小夜 @kanenohosi
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