第26話 違和感
背骨を粉砕された俺は当然一歩も動けるはずもなく、その場に床と一体化するように倒れ込んだ。すぐさま駆けつけてくれたミリアが、必死の面持ちで治癒能力をかけてくれたおかげで、どうにか意識を保つことができている。
「あんま激しく動くと……また折れちゃうかも……」
おでこに汗を浮かべながら集中していたミリアが、ふぅと息を吐いて俺の顔を覗き込んできた。
「ありがとう、ミリア」
痛みが引いていくのを実感しながら礼を言うと、彼女は「まったくもう、無茶ばっかりして……」と安堵したように胸を撫で下ろした。
「すまん……シン……」
ふと視線を上げると、そこには自分の大きすぎる身体をこれでもかと小さく縮こませ、シュンと尾を垂らしたヨッちゃんの姿があった。
「いいって、ヨッちゃん……無事だったし、悪気がないのは分かってるからさ……」
加減を忘れるほどの再会の喜びだったのだと理解しつつも、俺はゆっくりと身体を起こしながら、配属初日にして自分の生存競争の過酷さを噛み締めていた。
キジマ先輩が、ミリアと俺を見比べるように視線を交互へ往復させながら、ぽつりと呟いた。
「にしても……君ら二人とも種族と能力が相性ええなぁ。羨ましいわ」
「え?相性……ですか?」
まだ完全に痛みが引ききっていない背中をさすりながら俺が首を傾げると、キジマ先輩はジャンボの頭を撫でながらフッと口元を緩めた。
「そうや。ミリアちゃんは天使の自然治癒に対して状態を共有出来る能力。シンは人間の圧倒的な力に加えて、身体能力を上げる能力持ちや。こんな相性抜群なことは滅多にないで?」
「そう言われてみれば……」
ミリアは顎に手を当てて、ふむと小さく唸りながら深く考え込み始めた。
「言われてみれば確かに……シンが前線で身体能力上げてガンガン突っ込んでケガしても、私が状態共有して私の天使の自然治癒を流し込めば、ノータイムで回復させながら戦えるってこと……?」
「せやろ?普通なら回復に一瞬の隙ができるか、間合いを詰める必要があるんやけど、君らのコンビなら実質無敵のゾンビ戦法が成り立つっちゅうワケや」
キジマ先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、膝の上のジャンボを撫でまわす。
「ゾンビって言い方は嫌だけど……でも、理にかなってるかも! シン、私たちが組めば最強じゃない!?」
ミリアが目を輝かせて俺の顔を覗き込んでくる。だが、背骨を折られた激痛の記憶がまだ新しい俺は、ひきつった笑いを浮かべることしかできなかった。
(ゾンビ戦法って……それ、俺が痛い思いをする回数が跳ね上がるだけなんじゃ……?)
「ま、死んだ時は死んだ時や」
「はっ!?」
「あ、そうだ。シン、まだパトロールとか行ったことないでしょ? ついでに行こ!」
「え?今日は挨拶だけじゃ……」
「なんか神政アドミン教法の動きが活発らしいし……行こ?」
「おう、シン。行ってきーや」
「シン……またな……」
ヨッちゃんが心底申し訳なさそうな顔で小さく手を振る。俺に拒否権などなかった。ミリアに袖を強く引っ張られるまま、俺は半分連れて行かれる形でオフィスを後にし、メトン区の街へとパトロールに赴いた。
メトン区の路上は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
「ねえ、シン。神政アドミン教法のこと、どこまで聞いた?」
隣を歩くミリアが、少し真面目な顔つきになって尋ねてくる。
「いや……最近、謎の不審死とか……人体実験に関わってるカルト教団……ってくらいしか」
「うん、大体合ってる。他にも汚染ルゲアを流通させたり教徒も集めて軍を作ってるって噂もある。」
交差点の信号機前でミリアが立ち止まる。歩道は青信号なのに渡らないのだろうか。
「ねぇ、シン君。」
(君……?)
違和感を覚えた次の瞬間、ミリアの雰囲気がガラリと変わり、ぞっとするような冷たい声が耳に届いた。
「死んで。」
どこからか取り出したナイフが、容赦なく俺の胸へと突き刺さる。
一瞬前までの朗らかな笑顔は消え去り、そこにあったのは狂気と冷酷さに満ちた瞳だった。
後からやってくる熱さと痛み。その痛みが更に俺を混乱に導く。
「ミ……リ…ア……」
視界がぼやけて、空間が歪んでいるように見えてきた。そして……目を覚ますとさっきの光景が広がっていた。
「聞いてる?シン、神政アドミン教法のこと、どこまで聞いたの?」
「は……?」
「は…って…何よそれ……」
目の前には、さっき俺の胸を刺したはずのミリアが、何事もなかったかのように不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
胸に手をやると、穴も開いていなければ血も出ていない。刺された感触と強烈な熱激痛の記憶だけが、脳裏に鮮明に残っていた。
(死んだ……?いや、ダストか……!?)
最後に眠った場所ではなく、直前の光景に戻されたような感覚。混乱する頭で俺はミリアの表情を食い入るように見つめた。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
視界が明瞭になると同時に、またしてもあの交差点へと巻き戻されていた。
「っ……」
「え〜?もしかして…車が怖かったりする〜?」
首をかしげ、小悪魔的な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。その佇まいは、刺される前に見せていた「いつものミリア」そのものだった。
「な……なわけ……」
(夢……?幻覚…?それにしては胸を刺された生々しい感覚が……)
冷や汗が背中を伝う。混乱する頭で思考を巡らせようとしたその瞬間、彼女の唇が酷薄な弧を描いた。
「シン君、前見て。」
異質な「君」という呼び方に背筋が凍りつき、弾かれたように正面へ視線を向けた。次の瞬間、視界を埋め尽くしたのは、回避不可能な至近距離まで迫っていた大型輸送車の鉄塊だった。
「て……めぇっ!」
骨を砕く絶大な衝撃。鼓膜を破壊するような金属の咆哮と、脳奥を刺すキーンという激しい耳鳴りが遠のいていく。
深い暗転を経て意識を引き戻されると、眼前には、悪夢のようにデジャヴなあの光景が再び広がっていた。
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