第27話 脱出

あれから、一体何度死んだのだろうか。


通りすがりの男に突如腹を割かれたり、背後からミリアに冷たい手で首を絞め上げられたり、切れた高圧電線に触れて全身を焼き尽くされたり。


あらゆる理不尽な死の苦痛が、終わりのないループとなって俺の精神を削り削り、酷く苛んでいく。


「にじゅう……はち回目……」


「ん?何が28回目?」


擦り切れた意識と虚ろな瞳のまま、俺が限界の呟きを漏らす。自分の両手はミリアの華奢な首を狂気じみた力で硬く締め上げていた。


「お前が……お前がぁ…!!」


「やめっ……し…シン……おね…が…」


「……はっ…ご、ごめん……」


正気に戻り、ハッと息を飲んで手を離す。喉を押さえて激しく咳き込むミリアは、溢れた涙を拭いながら、まるで化け物でも見るかのような怯えきった瞳で俺を見つめていた。


「悪い……俺……なんて説明したら…」


あまりの罪悪感と自己嫌悪に耐えかね、俺はミリアから直視を避け、何気なく周囲の背景へ視線を逃がした。


その時、雑踏の影に異様な存在が紛れているのに気づく。

街の風景にはおよそそぐわない、真っ白な教団のローブを羽織ったニヤけた男。そいつは薄笑いを浮かべながら、じっとこちらを見下ろしていた。


「……っ!…待て!お前…!!」


 すべての原因があいつにあると直感した俺は、赤信号の横断歩道など意に介さず、舗装路へ疾走した。


——その瞬間。都市の路上では到底起こり得ない、異常なまでの光景が目の前に展開する。


(は……?…戦闘機——)

頭上から突如現れた音速の鉄塊。理解が追いつく前に、その影が俺の全身を押し潰した。

激突の暴風と衝撃の中、俺の肉体は文字通り、骨の一片すら残さず砕け散り、塵となって虚空へと吹き散らされた。


「聞いてる?シン、神政アドミン教法のこと、どこまで聞いたの?」


「悪い、ちょっと考えさせてくれ。」


「なーに? 珍しいじゃん、シンが考え事なんて。」


屈託のない笑顔で覗き込んでくるミリアの姿。だが、その言葉に返答する余裕すら俺には残されていなかった。


(やっぱり……このループは、他者の能力による物…でもなんで俺なんだ……次に死ぬ前に考えろ…)


29回にも及ぶ凄惨な死の記憶が、脳裏を焼き尽くすように駆け巡る。


 突如として豹変するミリアの凶行、暴走する車両、不可解な惨劇、そして街中で遭遇したあの異常な戦闘機。

あり得ない事象が連鎖するこの地獄の中で、冷や汗が頬を伝う。次に容赦なく訪れるであろう「死」の瞬間に備え、俺は思考の速度を極限まで跳ね上げ、必死にこのループの謎を解き明かそうと葛藤していた。


「シーンー? 何考えてんの〜?」


「決めた。 あいつを殺すまで俺は死に続ける。」


「え? 急にどうしたの…」


戸惑い気味のミリアの声を背に、俺は迷うことなく歩みを進めた。目指すのは、さっきあの白いローブの男を見かけた曲がり角の陰だ。


「おっと……戦闘機が来るんだっけな。」


これまでの死のパターンを頭に描き、歩道との境目で踏みとどまる。ここで立ち止めば死の運命は回避できる——そう信じ、生存を確信しながらじっと待った。


だが、空を切り裂く音も爆風も起きず、戦闘機は一向に現れなかった。静まり返った交差点には、ただ普段通りの街の雑踏が広がっているだけだった。


(読みが外れたのか……?まあ良い、このまま進もう……)


頭の中に違和感がへばりついて離れない。何かが決定的に間違っている——そんな予感を拭えぬまま、俺は一歩一歩、角の奥へと足を踏み進めていった。


「良いぞ……どんどん迷え……私の能力『回京底』は…死ねば死ぬほど、複雑になるのだから…その苦しむ顔、自暴自棄、絶望、全てを私に見せろ……」


物陰の闇の中から、薄汚い愉悦に満ちた声が密やかに響く。だが、その嘲笑は俺の耳に届くことはなかった。


俺は、さっきローブの男が居た場所に来たが、そこには誰も居なかった。


 角にはただ冷たい風が吹き抜けるだけで、人影どころか気配すらも残されていない。


「気のせいか……?いや、確実に居たはず……」


 胸の奥で渦巻く焦躁感を抑え込みながら、誰もいない空間を睨みつける。

確実に見て、確実にそこに存在していたあの男。だが、手がかりを追おうとすればするほど、まるで泥沼に足を取られるように違和感の渦へと引きずり込まれていくのを感じていた。


(幻覚系か……?だとしたらあまりにも解像度が高すぎる。 何か突破口があるはずだ…)


思考を巡らせたその瞬間――頭上から鋭い風切り音が響いた。

回避する間もなく、上から落ちてきた巨大な鉄柱が俺の身体を容赦なく貫く。


内臓を潰し、骨を砕く絶大な衝撃。溢れ出る血の熱さと、胸を穿つ激痛が意識を塗りつぶしていく。


30回目の死。だが、俺は絶望もせず、自暴自棄にもならずにいた。一つの覚悟だけは、決して揺らぐことはなかった。


(範囲に幻覚をかけるタイプだとしたら、範囲外に出るまで……!)


思考を切り替えた俺は即座に回れ右をし、今まで進んでいた方向とは真逆の方向へと力強く足を踏み出した。


20メートルほど進んだところで、行く手を阻むように大きな音を立てて電柱が倒れてきた。


「やっぱりな、範囲に幻覚を仕掛けるタイプか!」


「ねー、シン?どうしたの?……なんで、電柱が……」


すぐ後ろを追ってきたミリアが、混乱した声を上げる。


「ミリア、今は構ってる場合じゃない。幻覚から出たら沢山話すからな」


「幻覚?何言ってんの……」


戸惑うミリアの声を背中に受けながら、俺は倒れた電線の隙間を強引にくぐり抜け、ただひたすら前だけを見て走り続けようとする。


 だが——


「っ……!…なんでもありかよ…!」


視界の先を埋め尽くしたのは、空を切り裂いて飛来する無数の刃だった。


 回避不可能な刃の雨。腹を深く穿たれ、両目を潰され、喉をざっくりと裂かれる。劇痛と暗転の中、俺は31回目の死を味わった。


「随分感が良い事……ですが、30回ともなると脱出は不可能でしょう…諦めて自殺する顔を早く見たい……!」


 闇の中でほくそ笑む、ローブの男の声。その酷薄な嘲笑をよそに、そこから俺の終わりなき地獄が真に加速していった。

 その後も、俺は何度も死に続けた。脱出を試みても不条理な罠に道を阻まれ、能力者の本体を探そうとすれば、手がかりを掴む間もなく理不尽に殺される。


 ——144回目——


「聞いてる?シン、神政アドミン教法のこと、どこまで聞いたの?」


 繰り返される死の苦痛に感覚が磨耗し、痛覚すら麻痺していく。今見ている景色が現実なのか、それとも狂った幻覚の中にいるのかさえ、もはや判別がつかなくなってきた。


(脱出……出来ないんじゃ……)


擦り切れかけた精神の隙間に、そんな絶望的な考えが何度も過った。


 回数を重ねるごとに、俺を襲う死の形もまた、どんどん現実離れしたものへと変貌していく。


「……ぁあ…?…」


 虚ろな瞳で斜め上を見上げると、空を切り裂き、信じがたい高速でこちらへ向かってくる猛禽類の姿が見えた。


「ストレイ……か……」


 理解した瞬間には鋭い嘴が俺の顔面を深く貫いており、そのまま145回目の死を迎えた。

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