第6話 私の手紙が壊した世界
徳川家康。
という名を見ても、何も感じなかった。
私、徳姫は、義理の父に対して殆ど何も知らなかった。
父・信長と並ぶ英雄と聞いたが、各所への気配りを忘れない、あのはりついた笑顔はどこか恐ろしい。
夫である信康様は……お優しい方だった。
そして、無骨ながらに愛を教えていただいた方。
私は、あの人に裏切りの味を教えた女だろうか。
徳川の父にすべてを話し、救いを受けようかと考えた事もあった。
しかし、父・信長は存在そのものが違う。
その証拠に、私の手紙を見た織田家の反応は、凄まじいものだった。
わずか十日で、城の目の前に軍勢が集まっている。
父・信長は、件の報告を受けた後、「狩に出掛ける」と走り出した。
その時、配下の秀吉という男の名を呼び、城に響く澄んだ綺麗な声で、一言だけ命じたのだ。
「徳川家康と狩に参る。供をせよ」
と。
そうして、早馬を出して必死の形相で駆けつけた、織田家随一の戦上手・滝川一益。
父の一言だけで完璧な段取りを体現した、羽柴秀吉。
近衛部隊を率いる、前田利家。
合わせて二万の軍勢が、瞬く間に集まった。
だが、彼らは武器を持っていない。
それが私には理解できず、ひたすらに恐ろしい。
徳川の面々は、驚きを隠せずにいる。
我が夫・信康様は何も言わないが、その顔は、見たことも無いほどに青ざめていた。
これも怖かったが、それ以上に恐ろしかったのは。
私の父、信長と同じような目を、同じような顔をするようになった、義理の父・家康様を見た時だ。
私の手紙が引き起こした事は、既に私の手を離れた。
二度と予期せぬ未来へと繋がり、もう数日前には戻れないのだと確信した時、理由の分からない雫が私の頬を溢れ落ちていった。
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