第29話 健太の考察と、俺の否定
健太が、怪しんでいた。
「なあ湊。俺、気づいたことがあるんだけど」
昼休み。食堂のカツカレーを前にして、健太が妙に真剣な顔をしていた。
「氷室さんさ。リリに似てない?」
カレーのスプーンが止まった。
「……何が」
「いや、食べ方。氷室さんの食べ方って独特じゃん。すげー綺麗なのに速いっていう。あの感じ、リリの配信で食べ物紹介する時の間合いにそっくりなんだよな」
「偶然だろ」
「いや聞けって。あと、リリの動画の内容が最近変わってるの気づいてるか? 以前は高級店ばっかり行ってたのに、最近はスーパーの食材レビューとか、家庭料理の味付けについてのコラム動画とか、明らかに庶民派にシフトしてる。まるで——誰かの家庭料理に影響されてるみたいに」
「考えすぎだろ」
「考えすぎか? じゃあもう一個。妖精事件の声。あの『一番出汁こぼす』って野太い響きの声、めちゃくちゃノイズかかってたけど、お前がキレた時の声に似てなかった?」
——ストレートに来た。
「全然似てない」
「そうか? 俺はちょっと思ったんだけどな」
「気のせいだ」
「ふーん。まあいいけど」
健太はカレーを頬張った。だが目が笑っている。完全に確信まではいっていないが、疑っている。こいつは馬鹿に見えて直感だけは鋭い。
「仮に——仮にだぞ? 氷室さんがリリだったとしたら、お前、どうする?」
「仮にも何もないだろ。一般人と超人気VTuberが同一人物なわけない」
「でもリリは覆面だぜ? アバターとボイチェンで完全に隠してる。本当の声も顔も誰も知らない。つまり——どんな見た目の人間でも、リリの可能性はある」
正論だ。反論できない。
「仮にリリが氷室さんだったら……お前の隣にリリが住んでて、お前がリリに毎日飯を食わせてて、その飯がリリの星一千万で、お前の声が妖精として全国に配信されてて——」
「やめろ。全部仮にの話だろ」
「仮にの話ですよ。でも、仮にそうだったら——」
健太がスプーンを俺に向けた。
「——お前の態度、変わるか?」
黙った。
変わるか。
鈴音がリリでも——変わらない。もう二ヶ月以上、毎日飯を作って、毎日一緒に食べている。合鍵も渡した。「おかえりなさい」も交わしている。
リリかどうかは——関係ない。
「……変わんねえよ」
「だと思った」
健太がにやっと笑った。
「じゃあ、いいんじゃねえの。氷室さんが何者でも」
——こいつ、全部わかっていて聞いてやがる。
「おせっかいはそのへんにしとけ」
「はーい。じゃあ話変えるけど、リリの最新のコミュニティ投稿見た? 合鍵もらったって書いてあるぜ」
「知らん」
「嘘つけ。顔真っ赤だぞ」
味噌汁を一気に飲み干して、席を立った。健太の「あ、逃げた」という声が背中に当たった。
◇
その夜。
鈴音と二人で食卓を囲みながら、昼間のことを思い出していた。
健太は——気づいているかもしれない。だが暴露する気はない。「どうでもいい」と言いながら、背中を押している。あいつなりの応援だろう。
鈴音は今夜も無表情で、きんぴらごぼうを食べていた。箸でごぼうの繊維を丁寧にほぐしながら、一本ずつ口に運んでいる。
「……鈴音」
「……はい」
「友達に、お前のこと聞かれた」
「……」
「いい奴だって、言っておいた」
「……そうですか」
鈴音の箸が——少しだけ速くなった。それだけだった。それだけで充分だった。
◇
深夜のリリのコミュニティ投稿。
【にっき】
きょう、わたしのことを
「いいやつ」
と言ってくれたそうです。
だれかに。
「いいやつ」
わたしを、そうしょうかいしてくれるひとが
いるということが。
……ことばに、なりません。
コメント欄。
『リリ幸せ太りしてない????』
『俺たちの教祖が人間らしい日記を書くようになって、親心が芽生えてきた眷属の皆さん元気ですか』
『「ことばに、なりません」うんうん、知ってる。語彙力崩壊はリリのアイデンティティだもんね』
笑った。声を出さずに。
知っている。お前が毎晩こうやって日記を書いていることも。
知っていて——いつか、こっちの秘密も話す日が来るんだろうか。
料亭の跡取りだということ。逃げてきたということ。
鈴音の秘密と、俺の秘密。
どちらが先に口を開くのか——まだ、わからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます