第3話 ようやく体が温まってきたところです

 目が覚めたらすべて夢で、現実世界……


 なんてことはなく、私は薄暗い洞窟に取り残されたままだった。


「なにがどうなっているのだか……」


 状況がまったく把握できない。

 とりあえずわかっていることといえば、


「私がクズ女だってことですかね」


 どうやらロクな女じゃなさそうだ。

 この調子だともっと大勢の人間に恨まれているだろう。

 

 フラつきながら立ち上がると、


「……っ……さっきの会話は、夢じゃなかったみたいですね……」


 キリキリと心臓が痛んだ。

 さっきよりは呼吸が整っているから痛みな少なかったが、それでも胸を抑えて痛みに耐えた。


 ……


 とにかく今は情報を得なければ。

 過去の私について知っていそうな人といえば、やはりパーティメンバーだろう。

 リーダー格っぽい鎧の人と、魔法使い系であろう少年だ。


 私がふたりを起こそうとすると、


「……?」


 背後から声が聞こえてきた。

 誰か来たのかと思ったが……


――


 違う。

 人の声じゃない。


 これは……


「唸り声……?」


 腹の底から絞り出されているような唸り声だ。

 明らかに怒っている唸り声。


 ……


 さっきの魔物か? 

 洞窟の奥に吹き飛ばされた魔物が目を覚ましたのか?

 それとも別の魔物か?


 どちらでも関係ない。

 今、この状態で襲われたらひとたまりもないぞ。


「起きてください。寝てる場合じゃないですよ」


 私は気絶しているふたりを揺さぶって声を掛ける。

 だが反応はない。

 相当ダメージが大きいようだ。


 ……


 どうする? 

 見捨てていくか?

 ハッキリ言って彼らは他人だ。

 このまま捨て置いてもバチは当たるまい。


 だけれど……


 見捨てるのは寝覚めが悪い。


「悪いですが引きずっていきますよ。痛いなら起きてください」


 私はふたりを両肩に担いで、洞窟の外を目指して歩き始めた。

 微量ではあるが、風はこちら側から吹いてきている。

 こっちに行けば出口にたどり着くハズだ。


 男性ふたり分の重量を抱えての移動。

 それは想像を絶するほどの労働だった。


 しかも肉体が弱すぎる。

 トレーニングなんかとは無縁の肉体だ。

 筋力も柔軟性もなさすぎる。


 さららに、


「ぁ……う……」


 動けば動くほど、心臓に痛みが走る。

 重い痛みだった。

 心臓が鼓動する度に、鋭いトゲが突き刺さっているようだった。


 脂汗が流れてくる。

 このペースで動いていたら、すぐに行動不能になる。


 ちょっとだけ休憩するか?

 だが……


「すぐ後ろまで、魔物が、来ているんですよね……」独り言が多いのは私の癖だ。「おふたりとも、お早く……目覚めていただけると、助かるんですが……」


 そろそろ限界が近い。

 視界がボヤけ始めた。


 距離感を確認しようと後ろを振り返ると、


「あ……」


 魔物が目の前にいた。

 さっき吹き飛ばされた魔物だ。

 その魔物は太い腕を振りかぶって、


「――」


 今度は声も出なかった。

 魔物の太い腕が私の体に直撃して、また私は壁に叩きつけられた。


 自分の瞳孔が開いたのがわかった。

 

 一瞬遅れて、全身と心臓に激痛。


 声も出ない。

 呼吸もできない。


 ただ酸素を求めて口をパクパクさせていた。


 だが気絶なんてしている場合ではない。


「もう少しだけ、頑張りましょうか……」


 震える足に力を込めて、私は立ち上がる。

 視界が暗くなってきた。

 早く決着をつけないとマズい。


 そして逃げられる状態ではない。


 ならば……


「やるしか、ないみたいですね……」


 どうやらかなり好戦的な魔物のようだ。


 魔物は獲物――私が弱っていると見ると、一気に突進してきた。


 突進してきてくれたのはありがたい。

 ジワジワと距離を詰められるよりも、がやりやすい。

 

 ……


 私はひとつ深呼吸をしてから、魔物に向けて全力の蹴りを放った。


 体力も筋力も衰えているが、技術力と経験だけは衰えていない。


 私の蹴りは魔物の顔面を的確に捉えた。

 

 一撃で撃破、なんてことはできなかった。

 ダメージも対して与えられてないだろう。


 だが、


「多少は警戒してくれたようですね」


 魔物にとっての私が、獲物から敵対生物にランクアップした。

 おそらく、さっき謎の人物に吹き飛ばされた警戒心が残っていたのだろう。

 魔物は動く気を止めて、仁王立ちしていた。


 そんな魔物に、私は言う。


「まだ、やりますか? こちらは、ようやく体が温まってきたところです」


 強がりだ。

 今にも倒れそうだ。

 だがここで弱みを見せてはいけない。


 私が笑うと、


「――」

 

 魔物は一歩後ずさって、そのまま背を向けてこの場から去っていった。

 そして魔物が暗闇に消えて見えなくなってから、


「……とりあえずは、助かったみたいですね……」


 私は膝をついて、心臓を抑える。

 心臓が破裂しそうだ。

 緊張と疲労から鼓動が極端に早くなっている。

 ズクンズクンと全身にまで広がる痛みが襲ってきていた。


 だが、


「のんびりもしてられないでしょうね」


 またあの魔物が襲ってくるかもしれない。

 そもそも他に魔物がいないとも限らない。

 

 心臓の痛みはとりあえず後回しだ。


 今は早いところ、ふたりを連れて脱出しなければ。


 ……


 ふたりを担いで、私は再び移動を開始する。

 担ぐと言っても、ほとんど引きずっている状態。


 すぐに自分の足で立つこともできなくなって、私は前のめりに倒れこんだ。

 

 今にも意識が消えてしまいそうだ。

 だけど立ち止まっていられない。


 私は地面を這うようにして、とにかく出口に向けて進んでいった。


 ……


 どれくらい移動していただろう。

 もう時間感覚なんて狂っていた。

 必死に移動して、やがて、


「光……」


 出口が近いのだろう。

 淡い光が地面を照らし始めていた。


 あの光に向けて動き続ければ、助かる。


 なのだけれど……


「なんだコイツ? おい見てみろよ。無様に地面を這ってるウジ虫がいるぞ」

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