第92話 探索準備

 転移門は、アトランティカの外壁の門へと通じており、その周辺には冒険者たちが探索のためのベースキャンプを立てている。

 そしてそのベースキャンプは許可制となっていため、俺たちはまず許可をもらいに行くことになった。

 簡易的に設置されているのであろう建物の中に入る。

 『ベースキャンプ登録はこちら』とホログラムに表示された案内に従い、冒険者の列に並ぶ。


「うええ、私、こういう列に並ぶの嫌いなんだよ……」


「許可がないとアトランティカに滞在することすらできないんだ。仕方ないだろう」


 列に並んでグロッキーになっているスミレにそう返しながら、待つことしばらく。


「次、来い!」


 受付の男が大声で言う。

 ようやく俺達の番が回ってきた。

 受付に並んでいるのは、冒険者かと見紛うような、筋骨隆々の男だった。

 強化筋肉、腕を丸ごと取り替えたマギウェア。おまけにいかつい見た目。

 その男は威圧するように俺達を見下ろしていた。


「ベースキャンプを作るための許可証を貰いに来た」


「冒険者証を出せ」


 言われたとおりに冒険者証を渡す。

 受付の男はひったくるように取っていき、手元のレトロなコンピュータに太い指で撃ち込んでいく。

 そして鼻を鳴らしながら冒険者証を渡してきた。


「手数料としてひとり一万マルを払え」


「高くないか?」


 手数料にしては高額だったため、受付の男に訊ねる。


「アトランティカじゃ全部高いんだよ。嫌なら帰えんな」


 すると、辟易とした口調で受付の男が吐き捨てた。

 何度も同じ質問をされて、苛立っているような口調だ。

 嘘をついてぼったくろうとしている雰囲気もなかったので、おとなしく手数料を支払う。


「よし、それじゃあ注意事項だ。耳をかっぽじって、よく聞いとけ」


 受付の男はそう言って、人差し指を立てた。


「まず、ベースキャンプのルールに従え。要するに犯罪をすんな。盗みとかな。やったのがバレたらそく滞在許可は剥奪。それぞれ住んでる都市に強制送還だ。まあ、流石に馬鹿以外はそんなことしねえだろうがな」


「馬鹿以外?」


 スミレが首を傾げる。


「周りを見ろ。アトランティカに来るような冒険者なんざ、腕利きばっかりだ。そこでなにか盗んだりしたら、よくて袋叩き、悪くてここで骨を埋めることになる」


「犯罪をしない以外のルールはあるのか?」


「ある。女を気軽にナンパすんな、とかな。男女関係は面倒事の元だ。まあお前さんは二人も連れてるからナンパなんかはしないだろうが。あと、このベースキャンプにモンスターは連れてくんな。連れてくれば袋叩きじゃ済まねえから、それは覚悟してろ」


「他には?」


「そこまでは説明しねえ。ルールを説明することは俺の仕事じゃないからな。詳しいことは見て覚えるか、他の冒険者に聞け」


「了解した」


「というわけで、ここのベースキャンプのルールは守ったほうがいい。じゃなきゃ、死ぬことになる。あともう一つ、他の都市の奴らとは揉めるな」


「他の都市?」


「後ろを見てみろ」


 男が指さす方向を見ると、ガラスの窓から、俺達がくぐってきたような転移門がいくつも設置されている光景が見えた。


「あの転移門は他の都市の奴らが来てる。お前がどこの都市から来たかは知らねえが、とにかく他の都市の奴らと面倒事を起こすのは辞めとけ」


「なぜ都市間での面倒事は避けるべきなのでしょうか」


 ユキノが訊ねる。


「大抵解決できずにこじれるからだ。同じ都市から来た奴ら同士なら、価値観や考え方が最低限共有されてるが、他の都市の奴ら同士はそうじゃねえからな。なにか揉め事が起こったら、大抵こじれて面倒なことになる。お前もそんなのに巻き込まれたくないだろ? だからやめとけ、っていう忠告だ」


「ああ、わかった。忠告感謝する」


 忠告に対して、俺は素直に礼を述べておく。

 乱暴な口調と態度だが、実際のところは親切な受付係だ。

 普通ならこんなに丁寧に注意事項を述べたりしない。


「そうだ、ひとつ大事なことを言い忘れていた」


 受付係の男が思い出したように言う。


「言い忘れていたこと?」


「アトランティカの最中心部には近づくな」


「中心部に? それはどうしてだ。中心部に行けば行くほど遺宝は眠っているんだろう?」


「もちろんそうだ。これまで何人もの冒険者が最中心部に向かって探索を試みてきた。だがそいつらの中で最中心部から帰ってきたやつらは誰もいねえ」


「それはなぜだ?」


「知らねえよ。噂ではヤバいくらい強いモンスターがいるって話だがな。まあ、とにかく忠告自体はしたからな。話を信じるも信じまいも、中心部に行くも自己責任だ。さ、分かったらどいたどいた。ベースキャンプの許可を待ってる奴らがたくさんいるんだ」


 受付係の男が手で俺達を追い払う。

 許可証をもらって、外へ出た俺達は、早速これからの拠点となるベースキャンプの設立に取り掛かる。

 

と言っても、大層なことをするわけではなく、テントを建てるだけだ。

 俺たちが持ってきたのは一つ百万マルはする高級テント。

 簡単に組み立てることが出来るが、耐久力は高く、断熱、防音のレベルも高い。

 そしてベッドはどのような悪い環境でも熟睡できるように設計された、折りたたみベッド。


 アトランティカでの過酷な探索を終えてクタクタに疲れた状態でも、翌日に疲れを持ち越さないためにベッドは奮発した。

 また、少量の魔力で長時間かどうするエアコン代わりの魔術陣や、照明まで付いている。

 当然、セキュリティも高く、登録した人間しか中に入れないロック機構まで搭載され、もし不審者が強引にテント内に侵入しようとすれば警報が鳴り響く仕様だ。


「それにしても、私までこんな豪華なテントをもらっても良かったのか?」


「お前もすでに八咫烏のメンバーだ。福利厚生の一環だと思っておけ」


 遠征メンバーは三人しかいないため、テントを建てるのにも苦労はしなかった。


「本当は組み立て式の拠点キットを持ってくることができればよかったのですが。シオン様にはテントよりも屋根のある建物で寝てほしいですし」


「今回は少人数だから仕方ないな。次は検討しよう。それに、シャワーや簡易的な調理場なら、ギルド連盟が建てた拠点で使える」


 ギルド連盟がアトランティカに建てた拠点には、様々な施設がある。

 カプセルホテルや、探索でついた土埃や汚れを落とすシャワー、調理場、大食堂、そして装備屋まである。

 しかし、そのどれもがアトランティカという立地の特殊性により、普通よりもかなり高額に設定されている。

 そのため、冒険者は食料や装備をありったけ持ち込むのだが……結局のところは施設を利用する冒険者が多いらしい。

 作りたてで提供される温かい食事や、疲れを取ってくれる熱いシャワーは何よりも耐え難いものなのだそうだ。


「それにしても……見慣れない装備を身に付けている人間が多いな」


 俺は周囲を見渡して呟く。

 周囲には同じようにベースキャンプを設立している冒険者グループが多いが、見慣れない装備の人間も多かった。


「あの受付の方が仰っていた、別の都市からの冒険者グループでしょう」


「問題を起こさないようにするしかないな」


 ベースキャンプは明確な区切りがあるわけではなく、平地に線を引いて土地を管理しているだけだ。

 よって、やろうと思えば平気で別グループのベースキャンプに入ることができる。

 が、もちろんそんなことをすれば一発で揉め事に発展するであろうことは、想像するに難くない。

 一歩でも境界線を超えないように気を張っておいたほうが良さそうだ。


「さて、一息ついたら探索を始めよう」


「えっ、もう行くのか? 今日はもう疲れたし、明日からでも……」


「まだテントを建てただけだろう」


「私は研究ばかりで部屋にこもっているから、体力がないんだ」


「ならこれを飲んでおけ」


 俺はエナジードリンクを渡す。

 スミレはそのエナジードリンクをなんとも言えない目で見下ろした。


「これ、アラバが売ってる、めちゃくちゃ効くけど身体に悪いやつじゃ……」


「こうしている間にもアイアンナイツの護衛代がかかっているんだ。時間は有効活用する。恨むなら体力づくりをしてこなかった自分を恨むんだな」


「うぅ……わかった」


 スミレはエナジードリンクのプルタブを開封し、中身を一気に飲み干した。


「む? うおおおお!? 元気がみなぎってきた!!」


「それはなによりだ」


 テントのセキュリティを作動させると、アトランティカの都市内部に向けて出発した。

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