第12話 夏休みがやって来る!
「明日からは、夏期休暇です! 皆さん、気を引き締めて勉強しましょうね!」
相川杏子先生が言い放った。しかし、女子生徒たちはそれどころではなかった。
「夏休み! 夏休み! 夏休み!」
「うるさーい!」
「ねえ、一緒に水着買いに行こう?」
「キャンプセットも捨てがたいね、バーベキューとか!」
「海水浴かー、久しぶりだなー」
「わたしはバイトだね、バイト! みっちり貯める!」
「おお、働き者!」
「わたしたちは吹奏楽だから、室山工業の応援に行かなきゃ」
「それは熱そうだね、さすがは熱闘甲子園!」
そうして、生徒がわいわい、キャーキャー言っているのを、黙って見ていた杏子先生だったが、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、バンッ、と教師用机の上に、学級名簿を叩き付けると、鋭い目つきで言い放った。
「あなたがた、いいですか? 勉強と両立なさい。それから、不純異性交遊は断じて許しません! 気を引き締めて、遊ぶことばかり考えずに、勉強に励みなさい。わたしなんか、高校生の頃は、難関大目指して夏期講習や自習や宿題に没頭していました。遊んでばかりいると、先生の雷が落ちますからね! いいですね!」
一同「はーい」
「ではよろしい、日直さん!」
「起立、礼、解散!」
「ふー」
「はー」
各所で溜息が漏れる。夏休みの開放感、そして、日々怒れる杏子先生の呪縛からの解放。明日からは、すべてが自由だ! そんなクラスの雰囲気。仲良しグループごとに分かれてゆく女生徒たち。さあ、夏休みの始まりだ!
◇ ◇ ◇
放課後、家庭科部の家庭科室……。今日は部活動は休みで、その代わり、仲良しグループ同士で、わいわい、キャーキャーと「夏休み、どうする?」という話題で持ちきりだった。ところで、肝心の美月たちは、この夏をどう過ごすのだろう……。
まず、沙織が切り出した。
「ねえねえ、浜辺で海水浴、なんてのはどう? 泊まりがけで、秋津浜で!」
「秋津浜あー? 知り合いいないし……。どうだ、わたしん家の庵で抹茶でも!」
「はっとり、却下。今は夏よ? かんかん照りの夏に、着物着て、茶室で抹茶はどうかと思うなあ……」
「言えてるー。考えただけでも蒸し暑そう……」
「そういう沙織は、知り合いいるのー? 秋津浜に」
「うーん、知り合いはいないけど、小さなレンタルコテージならあるよ」
「さ、さすがは金持ち……」
「もう、はっとりは、すぐそうやってー」
「ここは多数決だよ! この夏、海水浴にしたい人!」
「はーい」
「……なんだ、美月以外は全員賛成だぞー」
「……わ、わたしも水着になるのかー?」
「じゃあ、全員賛成ね! じゃあ、明日早速水着選び! 集合はわたしん家! 時間は、午前9時!」
「ラジャー!」
「はいはい、付き合いますとも、沙織さん……」
「明日、シエスタ香枚井で、水着選びしようねー」
「ふー、やれやれ……」
沙織たちがノリノリの中、ひとり溜息をついたのは、美月だけだった。
「高槻さんたちー!」
「あ、長瀬センパイ!」
「わたしも付き合うぜ! 海水浴には、すいか一玉を持って行こう!」
「おおー、すいか割りですかぁ! 雰囲気出ますねぇー」
「さて、香枚井に帰りますか!」
「イエーイ!」
◇ ◇ ◇
翌日、紅電香枚井駅に隣接する大型ショッピングセンター「シエスタ香枚井」。婦人服の、水着のコーナーは、海水浴に、はたまた、プールに行くことだけを考えている女学生たちで、ごった返していた。
高槻沙織が言った。
「ねえねえ、はっとりは選ばないの?」
「わ、わたし? わたしは学校の競泳水着でいい……」
「そうかなあ、この、フリル付きのセパレーツなんか似合いそう。透けない白で」
「そうだよ、似合うよ美月!」
「これにしときなよ……」
服部美月は顔を真っ赤にしながら、こう言った。
「それ、とっといて」
「おやまあ、はっとり、買う気になったー?」
「と、とりあえず、わたし、ちょっとATM行って来る……」
「……お金がなかったんだー」
「悲しいね、貧困家庭は……」
「梨音、何か言ったかー?」
「いえ、べ、別にィー」
柏原桃花が、立花梨音に訊いた。
「ねえ、梨音ちゃん、わたしのこれ、似合うかなあ……」
「おおっ、桃花らしくていいね、何だか子どもっぽくて!」
「子どもっぽいって一体……」
「もっと大人っぽいものにしろよ、桃花。怪しいおじさんとかに、かどわかされるぞー」
「じゃあ、わたし、もっと大人っぽいものにするー」
高槻沙織が、立花梨音に訊いた。
「そう言う梨音ちゃんは、水着、何を選ぶのさー」
「えー、あたしー? じゃーん、黄色のビキニでーす」
「うわああー、似合わなさすぎる……」
「うるさいうるさい、これにするのだ! そういう沙織はどうなのさ」
「え、わたしは、白のビキニ水着」
「ぐはっ、の、悩殺……」
「参ったか」
田辺啓子が、高槻沙織に訊いた。
「わたしは、これにしようと思います」
「え、どれどれ……って、これー?」
立花梨音が、続けた。
「あ、チューブトップ水着!」
柏原桃花が、続けた。
「か、かわいい……」
ATMから戻って来た美月が、田辺啓子の水着を見るなりこう言った。
「うわー、洒落たものを持って来るね、この子は!」
「じゃあ、全員決まったようなので、レジへ……」
服部美月がさえぎった。
「ちょっと、沙織の見せて……うわあ、お洒落! わたしもお揃いにするー」
「もう、はっとりったら……」
「あったぞー、これにするー!」
「じゃあ、みんな持ったかなー、レジへGO!」
「イエッサー!」
「あ、ああ、お金が要るんだったな……八千五百円は痛い……」
◇ ◇ ◇
翌日――
蝉が朝からミンミン鳴いている。ここは、葱北本線、香枚井駅。みんなで、秋津浜行きの快速電車に乗るためだ。秋津浜行きの電車は、こちらの快速電車の方が速いのだ。沙織、美月、梨音、桃花、そして新長坂から来た千秋が、プラットホーム上で集っている。
「今日は、あのおっぱい星人は現れないみたいだね」
「ふー、やれやれー」
「誰がおっぱい星人だとー?」
振り返ると、アロハシャツに短パン姿の、霜田拓也、霜田 翔が現れた!
「うおおおおーい! 知らせたの誰だー?」
「誰だと思う?」
「梨音……お前の仕業かああっ」
「いててっ、ほっぺ、つねったらだめー」
「ありゃー、発信元は梨音ちゃんだったのー、びっくり!」
「よっ、今日はおまえらのボディーガードに来てやったぜ!」
「いりません!」
「美月ちゃん……僕らいたら、邪魔かなあ……」
寂しい子犬のような声を出す拓也に、思わず美月が……。
「いえいえ、邪魔だなんて、そんな、大歓迎です!」
「やれやれ、梨音ちゃんのせいで、借りコテージもう一個予約しなきゃ……もしもしー? はい、室山市の高槻沙織といいます。急遽、男性二名追加で、もう一部屋予約お願いします、大至急! はい!」
「ごめんね、沙織ちゃん」
霜田 翔が、服部美月の肩に後ろから手をかけた。
「なんだよ美月ちゃーん、お泊まりかよー、興奮しちゃうな、オレ」
「勝手にすれば」
「ほら、意地張ってないで、笑顔、笑顔」
「ぎゃあああ! ど、どこ触ってんのよ、この変態!」
「翔、止めろって!」
「こういう輩は……関節技で……えいっ!」
「痛ってえ……腕が、腕があらぬ方向に曲がっ……痛ってえなあ……」
「天罰てきめん!」
『二番線の電車は、快速・秋津浜行きです 停車駅は、葱州長坂、志賀原、室山、岩崎、敷島、新室山、葱州神崎、終点・秋津浜の順に停車します』
◇ ◇ ◇
ここは、室山県秋津浜市の、秋津浜海水浴場近くにある、緑が丘コテージ。会員レンタル制になっていて、高槻沙織の父、信也が会員になっているため、コネで安く借りられた。十数棟の小さなログハウスが作られている。海岸までは、作りつけられた、専用の階段を降りてすぐ。じりじりとし照りつけている太陽が、砂を焦がす。
高槻沙織と、霜田拓也は、それぞれに支払いを済ませた。一泊二日。虫除けスプレーと、日焼け止めを買っておいたので、男部屋、女部屋でそれぞれに塗り、みんな水着に着替えて、三々五々、コテージから出てきた。
「美月ー、まだー?」
「着替えが……もう少しかかる」
「早くしないと、行っちゃうよー」
「すいか割りは、早速、今日にしようぜぃ!」
「センパイ、こっちこっち!」
「あ、出口こっちかよ!?」
霜田兄弟は、プラスチックの椅子兼テーブルの中央に、貸し出されたパラソルを立てる作業をしていた。
「パラソルは、このテーブルの真ん中にっと! おい、翔、手伝えー」
「やだよー、美月ちゃんと遊ぶんだもんオレ」
「いいから手伝え! パラソルが重いんだよ! ちょっとこっち来ーい!」
「はいはい、分かりましたよ!」
翔はそそくさと兄貴の手伝いをしていたが、専用のビーチバレーのコートがあるのを浜辺に見つけ、わくわく楽しそうにしていた。沙織が、美月に声をかけようとしたが、肝心の美月は……黙々とラジオ体操……。
「何か、泳ぐのに必死な人が約一名……」
「沙織ー! 向こうの島まで泳いで行って、帰って来る! すぐ戻る! じゃな!」
「って、ちょっと、美月……」
「ちっ、逃げられた……あーあ、オレの美月ちゃん……」
「お前がいじるから、美月ちゃん、呆れてどっか行ったぞ! この間抜けぃ!」
「じゃあ、残った俺たちでビーチバレーすっか」
「沙織ちゃん、立花さん、柏原さん、そして、長瀬さんかー。4対2でビーチバレーしようかな? いい?」
四人「はい!」
「さてと、賞品は……」
やがて、美月が海から上がって来た……。
「やあ、みんな、ビーチバレーだね! ぜいぜい…… 向こう岸の島の海女さんから、壺焼き用のサザエ買って来た」
「賞品はそれにしよう!」
「ああ、ちょうどいいな!」
「美月っちは、ビーチバレー、どうするの? 参加すんの?」
「泳ぎ疲れたので、審判になります!」
「ああねー、ちょっとした遠泳だったもんねー」
「はーい、前半二セットは二十一点以上先取、後半一セットは十五点以上先取で一セット獲得。二セット先取で勝ち。二点差がつくまで頑張って相手方コートに落とそう。まずはコイントスから、先攻後攻決めて?」
「先攻わたしたち! 美月ちゃん、罰ゲームは?」
「そうね、勝ちチームには、スイカ割りをする権利。負けチームには、スイカ割りの棒で叩かれる罰ゲームかなんかがいいかと。みんな、肉離れが起きないように、今から三分間は、ウォームアップの時間です。みんなで体操をしましょう」
三々五々、体操をしていたが、美月だけは「ちょっとホイッスルと、ストップウォッチ借りてくる」と言って管理事務所まで駆けて行った。戻って来ると、間接チューが嫌なのか、ホイッスルを海水で洗って、審判席へよじ登った。
「どっこらせっと。じゃあ、始めるよ!」
美月のホイッスルが鳴った。
「サービスは、いちばん背の高い沙織!」「よっしゃー!」バンッ!
「翔、受け止めろ!」「兄貴、スパイクだ!」「分かったー!」バシーン!
「梨音、受け止めろ!」「あ痛っ!」「桃花、トス」「了解! 沙織ちゃん!」
「アタック!」「させるかあ!」
という具合に、白熱した試合展開の後……。
「ゲームセット! 2―1で、敷島女子チームの勝ち! スイカ割りの権利獲得!」
「やったよ! 大人相手に勝ったよ!」
「そりゃあ、大人2人に高校生4人じゃあ、圧倒的にオレら不利だよ……」
「は、ハンディ与えすぎ……」
スイカと同列に砂浜に埋められた霜田兄弟。一方で、目隠しをした沙織が、じわじわと接近して、棒を振り下ろす。
「オイ、怖ええなあ……って、ぐえっ! 腹を踏むな! そこはオレの腹だよ!」
「オレは……え、え、そんな近くで、びゅん! って、危ない危ない!」
「ここだなあ、えいっ!」
「あ痛っ! そこはオレの頭じゃないよ……って、痛てえ! 痛てえ! ストップ!」
「沙織ちゃん? 霜田さん叩きもいいけど、早くスイカ割りなさいよー」
「こ、これが五回も続くのか……」
「ひ、酷い……」
「さぁて、次は梨音ちゃん、お前の番だ!」
一巡して、霜田兄弟を砂から救い出したら、霜田兄弟の頭と身体が、全くもって、ふらふらになっていた。霜田兄弟を支えていた沙織と美月が腕を離すと、彼らは砂の上に、仰向けにひっくり返った。
「ノックアウト……」ドサッ。
「同じく……」コテッ。
「あーあ、霜田さんたち、伸びちゃったよー」
「あんまり沙織が踏んだり叩いたりするから」
「その代わり、梨音みたいに、急所は狙ってないからね」
「すいか、一個も割れてないのが不思議だね」
「割れてないのかよ!」
「一個ぐらい割れよ! つーか、急所って!」
二人「は~あ……」
◇ ◇ ◇
女生徒、男性陣、別々に、管理事務所近くのシャワールームで水着を洗い、砂まみれ塩まみれの身体を清めた。私服に着替え、コテージの側のバーベキューをする所に集まった。俄然、やる気を起こした“バーベキュー奉行”、火起こし職人の霜田拓也が、助手の高槻沙織を従えて、必死に炭の火起こしをやっている。
「助手、固形燃料プリーズ!」
「はい、霜田さん」
「助手、炭をもう少し!」
「はい、霜田さん」
「よおーし、起こって来たー!」
「その調子です、バーベキュー奉行さま!」
遠くで見ている女生徒たち……。
「助手って何? 何、あの小芝居?」
「沙織ちゃんが甲斐甲斐しく……」
「沙織ちゃん、本当に霜田さんのことが好きなのねえ……」
「ああ、兄貴と沙織ちゃんは、十年前ぐらいの頃は、ままごと遊びしていた仲だからなー」
「材料持って行きましょう!」
「そうだ、そうだ、そうしよう!」
「あ、肉奉行はオレだからな! 言うこと聞けよ!」
「さあねー」
「どうだか?」
「翔さんとは、関係ナシに食べるよ!」
「そこの変態! 肉抱えて突っ立ってないで、さっさと歩く!」
「……変態……変態って一体……関係ナシって一体……」
バーベキューパーティーは、女生徒たちが、きゃいきゃい言いながら進んで行った。霜田兄弟は、翔が次から次へと串に材料を刺しては、拓也が火起こし職人として黙々と焼く係。「はい、次! はい、次!」女生徒の胃袋は、育ち盛りと言うことで、どこにそんなに入るの? といった量が、次々とさばかれて行く。
「材料なくなったぞー!」
「兄貴、オレらの飯は?」
「焼くのに夢中で、気がついたら自分のがなくて……あ、そうだ!」
霜田拓也が、溜息をついた。
「しょうがない。クーラーボックスに、オレが秋津浜駅で買った駅弁と、生ビールが入ってるから、それでも食っとけ!」
服部美月が、翔に向かってこう言った。
「翔くんがボケッとしてるからでしょ!」
「し、失敬な! オレはお前らの為にと思ってだなあ……」
冷めた駅弁と、よく冷えた缶ビールで、お腹をこわしそうな、駅員二人……。
「硬い駅弁だなあ……キンキンに冷えてるよ……」
「まあ、生ビールは良かったなあ……って、無い! あれ、どこだー?」
ごっふごっふごっふごっふ「ぷはーっ!」
なんと、翔のビールを、梨音がいつの間にか飲み干していた!
「コラ梨音! お前、まだ未成年だろ!」
「ひっく。あー、堅てえこと言うなよー、無礼講だよ今日は」
「翔、お前、ちゃんとビールを管理しておかないから! 梨音ちゃん酔っ払って……」
「え? あたし? あたしー、酔ってなんか、い・ま・せ・ん、よーだ。でへへへー」
それを聞いたほかの女生徒たちが、酔っ払いの梨音の前に集まった。
「お前、飲酒したのかー?」
「梨音ちゃん、お顔が真っ赤! ちょっと誰ー? 梨音ちゃんに飲ませたの?」
「いえ、オレは、別に……」
立花梨音が言った。
「おっす! 揃いも揃った、不細工共めが。がん首並べて、あたしに何をしようって言うんだー、へへへい!」
「コラ、梨音! 正気に戻れ!」
「あたしー? ひっく。至って正気にてごじゃりまするー」
「こら、今度は翔さんに何を?」
「あそこはお元気ですか、ちーん!」
翔の下腹部を、梨音の指が弾いた。
「おわ、痛っ! 何しやがる、このガキー!」
「お遊びはそこまでだ、梨音……」
「やあやあ、美月ちゃん、今日もきれいだねえー」
「お前、今からちょっと、女子トイレに来い! さあ、来るんだ!」
「やーだー、もっと飲みたいー!」
「お仕置きだ! 水ぶっかけて、胃の中のもの、全部出させる! さあ、来い!」
「やーだ、やーだ、もっと飲むんだ、あたしー! 美月! 離せ! ぐるじい!」
服部美月は、小柄な立花梨音を右腕で抱えると、階段を昇って行った。高槻沙織が、何事かと仰天して、美月と梨音の行方を追った。他の面々も、慌てて後を追った。暗い中で、トイレの電気だけは灯りが漏れていて、そこからは、信じられない音がした。ザッパーン……と、バケツをひっくり返した音が聞こえたかと思うと、中から、何かをリバースする音が聞こえて、キーキー、ぎゃあぎゃあという激しい乱闘の音がした後、トイレを流す音がして、やがて静かになった……。
そして、水でべちゃべちゃになった梨音と、猛獣を手なずけた達成感で一杯の美月が息を切らせていた。
「美月ちゃん!」
「やあ、みんな! 大丈夫、梨音は完全に正気に戻った。ついでに、胃の中のものも全部戻させた!」
「梨音!」
「な、なんだか様子がおかしいみたい……」
「あ、あれ? わ、わたしはどこ? ここはいつ? あなたはいま?」
「ふー。梨音! ちゃんと謝れ! 今すぐにだ!」
「ご……ごめんなさい……」
「お前、飲酒したのを、覚えているか?」
「いや、何も……って、わたしがお酒ー?」
「うん、オレのビール、五五〇ミリリットル……」
「重ね重ね、済みませんでしたー」
「よろしい、さあ、行け!」
「きゃいん、きゃいん……」梨音は、そそくさとログハウスに入って行った。
「大虎の次は、子犬かよ……」
「はっとりが、次第にタフになってゆく理由が、こんなところで明らかに……」
午後九時……女生徒と男性駅員が、それぞれのコテージに分かれて、お休みの時間を迎えた。
「じゃあ、いろいろお騒がせしましたー!」
「ああ、まあ……」
「お休みなさい!」
「ああ、お休み!」
「失礼しましたー」
「気をつけて眠れよー!」
「じゃあなー」
バタン! っと扉を閉めると、霜田兄弟は、食べ直し、飲み直しといった案配で、柿の種、さきいかや、すっかり冷めたサザエの壺焼きなんかをつまみつつ、野球の生中継をラジオで聴きながら、生ビールを開けた。
一方、女子部屋では、沙織や桃花や千秋が、ドライヤーで髪を乾かしたり、整えたりしている。猛獣を退治し終えた美月は、疲れて、カーペットの上で、大の字で横になっていた。その猛獣は、今では、バスタオルを上半身に絡めたままで、部屋の隅で、すーすー寝息を立てて寝ていた。
◇ ◇ ◇
夜十一時……霜田兄弟は、まだ惰性で起きていて、深夜放送のリクエスト番組を聴いていた。霜田拓也が、何気なく覗いた窓の外に、人の気配を感じた。誰だろうと、カーテンの隙間から覗いて見ると、なんと、女子部屋のログハウス付近でうろちょろしている、怪しげな人影を発見した。目出し帽にサングラスにマスク姿。手には懐中電灯を持っていた。これはまずいと思った拓也は、ひそひそ声で、弟の翔を起こした。
「う、うあー、夜中に何の用だよ、兄貴……」
「しーっ! 不審者! 不審者!」
「おいおい、女子部屋の近くにいるじゃんか!」
「翔、気配を殺して不審者退治だ!」
「了解!」
目出し帽の男は、女子部屋のログハウスの扉の取っ手に手をかけてゆさぶった。女子部屋の中では、物音の怪しさに全員目覚めていて、特に美月は、みんなを背に守り、外敵と素手で戦う覚悟でいた。
「こ……怖い……」
「な、何この音……?」
「いざとなったら、わたしに任せて!」
「おう! 美月っち! アタイも敵を倒す!」
一方、霜田拓也、霜田 翔は、不審者の男に背後から近づいて、羽交い締めにして、一気に階段の下へ転落させた。翔が馬乗りになって、二~三発、男の頬を殴った。拓也が、目出し帽と、マスクと、サングラスを取って、懐中電灯で照らしてみると、意外な人物が目を回していた。
「高槻のお父さん! 何でここに?」
「きゅー」
「沙織ちゃんの親父か! ちっ!」
その後、コンコンとノックをして、霜田拓也が女子部屋の扉を開けさせた。
「夜分遅く済まない。あれは、高槻さんちのお父さんだった!」
「ごめん! オレが間違えて退治しちまった!」
「沙織ちゃんの、お父さん?」
「お父さん?」
その後、女子部屋に集まる全員。
「済まん……どうにもこうにも、娘が心配で……」
「いくら心配でも、あの入り方はないよねー」
「管理人さんに聞いたとしても、いくら何でも、真夜中に来るなんて!」
「オレが二~三発殴った」
「オレが、変装を解いた」
「お父さん、最低ー! とんでもないことをやらかして……」
「おじさん、さすがのわたしも、武者震いしたよー!」
「済まんかった……」
「でもまあ、身内で良かったじゃないか。大事に至らずに……」
「そうそう、いつだって不審者はオレたちが許さない!」
やがて、貸しコテージの駐車場から、室山ナンバーの車が走り去って行った。不審者騒ぎは、未遂どころか、人騒がせな身内に終わり、みんな安心して眠るのだった……。
◇ ◇ ◇
――翌朝
「さー、今年最後の泳ぎ納めだー!」
「遊ぶぞー!」
「酔っ払いは自重しろ!」
「すいか切って食べましょうねー」
「沙織は?」
「わたし、ここがいい」
「え?」
「霜田さんの隣がいい」
「ええーっ!」
高槻沙織は、霜田拓也の左腕にしがみついて、すーすーと、眠ってしまった。
一同「仲良くしろよー」「このバカップルー!」
「バカ……バカップルって……お前らー!」
こうして、高校一年生の夏休みイベントは、終わりを告げるのだった……。
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