第3話 室山県立敷島女子高等学校、合格!

ここは、室山市香枚井の、パティスリー高槻洋菓堂。紅葉野電鉄香枚井駅から、徒歩でも充分歩ける距離にあり、閑静な住宅街の一等地にある、少し古風な洋菓子店。しかし、その深夜、妹・高槻沙織が、鏡台の前でスカートをひらひらとさせている。くるくると踊っているようにも傍目には見える。室山県立敷島女子高等学校、略して「敷女」に入学を決めたのだった。


「さて、と。明日からは高校だー。敷女の1年生かー。正直嬉しいな。中学まではブレザーだったので、セーラー服って女の子の憧れだよねー。うひゃー、きゃは!」


その隣で、壁一枚を隔てた隣室から、突如、あってはならない声が聴こえた。


「あーん、あ、あ、あ、あ、いやん!」


何事かと思い、壁に耳をそばだてて、姉・紫織の部屋の様子を探知する沙織……だったが、確か、今日のお客さんは、紫織の同級生、つまりお友達だったはず……。一体隣の部屋で何が行われているのか! 乞うご期待……違う! 非常事態だ!


「ちょっと! 紫織お姉ちゃん! 一体何!?」

「あー、妹ちゃん、こんばんはー」

「やあ、沙織、敷女の制服姿決まってるねえ、おはよう!」

「おはよう、じゃない! とっくに、こんばんはの時間だよ! なに今の声! って、ええっ!?」

「あーね、驚いた? ははは、後学のために、AV鑑賞会をやっていたんだよ、しかも、濃厚なガチ百合系のね♡」

「がくっ」

「あーあ、妹ちゃん、うなだれちゃった。ダメよ紫織ったら、あの子まだ中坊よ」

「いっけない、ヘッドホン推奨だった♡」

「もうっ! ハートじゃない! わけがわからないよ! なにそれ! なんなのその映像で繰り広げられている……う、うわああ!」

「沙織、これぐらいで挫けてちゃ、敷女に通えないよ?」

「そんなことは、学校で起こらないってば!」

「妹ちゃんには、少し刺激が強すぎたかな♡」

「お姉さま方、少しは静かにしてください! 以上ですっ! おやすみっ!」

「はいはーい」「また明日学校でねー」

「まったく!」


そう、姉の紫織は敷女の2年生で、明日、3年生に上がるのだったが、容姿端麗、長身、スレンダーボディー、成績優秀者と非の打ち所がない姉だったが、唯一の欠点はガチ百合属性がついており、これは30歳代ぐらいにならないと、あだやおろそかに外れそうになかった。妹は自室にこもるなり落胆し、とっととパジャマに着かえて眠りに就くのだった。が、しかし。


「うーん、なんかモヤモヤするー。ひどいもの見ちゃったから。明日高校だっつーのに、入学式だっつーのに、はああ。ああいう大人にだけは、わたしはなりたくない。ダメ、ぜったい!」


そう自分自身に言い聞かせつつ、微かに漏れ聞こえる、同性同士の変な声をさえぎるように、お布団を深く頭からかぶって、必死に邪念を払おうとする沙織だった。


     ◇ ◇ ◇


紅葉野電鉄・香枚井駅から北へ各駅停車でひと駅。紅葉野電鉄・榛名天神駅前に、古風な和菓子店がある。その名も、服部宝珠庵。いかにも! というような土地の銘菓が置いてあり、江戸時代から続く和菓子屋の家系、服部家。そこに、長髪セミロングでボブカットの、少し強そうで、そして真面目そうな女の子が、鏡台に向かって、明日の準備をするのだった。


「試しに、明日着ていく服を、もう一度着てみようかな?」

「リハーサルは入念に、だねえ!」


そんな独り言を言いながら、着替えをしていた。キャミソール姿から、上半身ブラになって、インナーの上から制服をを着ようとした瞬間、いきなり自分自身の部屋のドアが開いた。開けたのは大学生の兄、明良だった。


「おーい美月、外付けハードディスク貸してくれって……ええっ!!」

「ノックぐらいしなさいよ!! この変態!!」


美月が放った外付けハードディスクは、どストライクに明良の顔面にヒットして、眼鏡が床に落ちた。ふいによろめいたところに、美月の足蹴での攻撃が加わる。


「こ、この……バカ!! 最低!! どエロ野郎が!! 失せろ!!」


アタマを蹴飛ばされ、叩きだされ、締めだされた明良は、何が起こったのか解らないうちに、部屋の外へと転がり出た。一方、兄を締め出した美月は、ぜいぜい息を切らしていた。仮にも女性の通常兵器や、最終兵器が布一枚で隠れている状態は、彼女にとっては、とてもやばかった。


「……とりあえず、スカート履いてて正解だった、パンツ見られなくてよかった!」


気を取り直して、着替えを済ませた服部美月。彼女は、春名坂中学校の、学校長推薦で難関の室山県立敷島女子高等学校に入学を決めたばかり。紺色のセーラー服。緑色のスカーフ。緑色の徽章。徽章には普通科を示すGという文字が七宝焼で作られていた。


「♫ふーん、ふふーん、らーら、らー♫」


彼女なりの喜びの表現らしい。ボーイッシュで生真面目な彼女には「きゃは♡」とか「うふっ♡」という単語はまったくの無縁だった。

「よし、完璧じゃんか! 決まってる! へっ、何が全県学区の進学校だよ! どんな女どもの群れか、わたしが見てきてやんよ!」


     ◇ ◇ ◇


 わたし、服部美月。親の期待に応えてやりましたよ。この春、室山県立敷島女子高等学校、普通科に合格しました! おめでとう自分。やらなくても出来るけど、やれば出来るじゃない!


さて、学習におけるインターバルだの、勉強前の糖分だの、敷女専用参考書などで、牽引し続けて来たわたし。家でアホ三名を呼んでみっちり学習したから、もう大丈夫……なはず。


紅葉野電鉄(紅電)で、香枚井駅から、急行に揺られること二十分程度。紅電敷島駅で降りて、西口改札を出て、梅香(ばいこう)交差点の角に、本命の室山県立敷島女子高等学校がある。わたしとアホ三名は、一緒に出かけた。春名坂中学と隣接する学区の、香枚井中学の子も、沙織と一緒に合格発表に来ていた。


まずは、お気楽恋愛女子、高槻沙織さんが、真っ先に私のところへやって来た。

「服部さん! 受かったよ! わたし、受かったよ! 服部さんは?」

「勿論、受かったとも! 高校一緒だね! おめでとう!」

「ありがとう~」

「うわあ! 抱きついて、頬ずりするな、気持ち悪い!」


次いで、アナウンサーを父親に持つ、学力的にはまずは心配要らない女子、柏原桃花が、私のところへやって来た。


「美月ちゃん! 番号あったよ! 美月ちゃん! 美月ちゃんは?」

「おうよ、合格したともさ! おめでとう、桃花!」

「学校一緒で良かった! あれ、高槻さんは?」

 沙織が、うれしそうに応える。

「わたしも、普通科に受かったよ! 桃花ちゃん、おめでとう!」

「あれ? ところで、梨音はどうした?」

「さっきから見ないねえ……」

「あ、こっち来た……何かうなだれてる」


そして、史上最悪のアホ、立花梨音がやってきた。受験票を手に……。それから、わたしたちに気付いて、こちらに振り返る。今にも泣き出しそうな顔だ。


「美月ぃー、情報処理科は補欠合格だったー」

「土壇場で進路変更するからだろ? 定員オーバーで、普通科に回されているかもしれないから、みんなで一緒に、普通科の番号を確認しよう。いいな! 泣くんじゃない!」

「うん、わかった……」


     ◇ ◇ ◇


わたしたちは、梨音ちゃんの「2092番」の受験番号を探しに、あちこち掲示板を見るのですが、普通科の掲示板には番号がありませんでした。そこで、桃花ちゃんが、向こうのほうの隅っこの、小さな掲示板を指さして、言いました。


「あ、梨音ちゃん、あれじゃないかな。あのちっこい掲示板……」

「も、もしかして……本当に落ちたんじゃ……」

「泣くな梨音! 冷静に、見に行こう!」

「梨音ちゃん、気を確かに! しっかり!」

「あー、もうダメだ、わたしに敷女なんか無理に決まってる……」


ふと、わたしたちが見ると、芝生のところに、おまけ程度の小さな立て札が立っていて、何やら受験番号が書いてありました。「情報処理科→普通科移行合格者一覧」とありました。十名程度の受験番号が書いてあって、そこを探します。「あっ!」まず、梨音ちゃんが声をあげた。次いで、みんなが「おーっ!」と言いました。


     ◇ ◇ ◇


わたしは、2092番を見つけると、梨音に言った。

「おめでとう梨音! あったぞ! あった、あった!」

「え……わたし、普通科なんだ……ということは……点数足りてたんだ!」

「わたしたちと一緒だよ! おめでとう、梨音ちゃん!」

「受かった! すげー! やった! やったー!」

「……やれやれ、最後まで油断ならん女だ」

「?」

「どうした、高槻さん?」

「いや、あの……ちょっと催して来ちゃったりなんかして……」

「そういやあそうだな」

「服部さんも行くの?」

「ちゃんと断ってから使うのだぞ!」

「うん、わかった」

「わたしらも行くー」


     ◇ ◇ ◇


玄関から、スリッパを借りて、この「催し」をさっさと片付けるべく、女子トイレを探した。ぱたぱたと学校の中を走っているうちに、沙織さんが、不意に階段を降りてきたチアリーディング部の集団にぶつかってしまった……。


「うわ!」 

「きゃあ!」


どっしーん。


「だ、大丈夫ですか? お怪我は……」

「て、てめえ、どこの中学だ? お仕置きしてやる!」

「ごごごご、ごめん、ごめんなさい」

「あれ?」

「長瀬千秋さん! こんなところで! 今日は授業はない日だと思うんですけど……」

「沙織ちゃんこそ……。なあに、受かったの?」

「はい、普通科です! よろしくお願いします」

「副部長、この子、知り合い?」

「もともと、中学が一緒でね、今年、敷女を受けに来たんだ、この子たち」

「へー」

「は、はい! で、ちょーっと催して来ちゃったりなんかして……」

「あ、お手洗いなら、そっちだよ」

「ありがとうございました!」

「済みません、お手数おかけしました」

「とんでもない……あら、春名坂中学の制服ね」

「ええ、まあ……」

「あなた、誰?」

「えーっと、榛名天神駅前の和菓子屋の娘で服部美月です。命ばかりはお助けをー」

「命って……くすっ、私は、彼女とお友達の、長瀬千秋。チアリーディング部、副部長ね」

「わかりました! それじゃ、先を急ぎますので……梨音、桃花、沙織に続けー!」

「お、おーっ!」

「早く早く……」


目の前を駆け抜けてゆく、後輩たちに溜息をつきながら、チアリーディング部の集団は、彼女たちの方を向いて、遠い目で見る。


「わたしも、家が香枚井なんだ……。なので、あのへんの事情は良く知ってる」

「千秋ー、あの子たち、どんな子たちなのー?」

「あれ、知らないー? シエスタ香枚井に、高槻洋菓堂っていうパティシエのお店」

「うん……何となく知ってる」

「そこのお嬢様なんだなー。彼女、紅電の駅員さんとも仲良くってさ、何だか交際範囲が広いよね、彼女」

「そうだったのか……」

「あ、戻って来た……」


高槻沙織、服部美月、立花梨音、柏原桃花の四名が、「ふう……」と言いながら、トイレから出て来る。


「やあ、君たち! 待っていたよ」

「え、な、何を……?」

「新入生歓迎の胴上げだ! 先ずは沙織ちゃんから!」

「え、ええーっ?」

「そーれ、わっしょい、わっしょい、入学おめでとうー」

「さて、次は服部さん……だっけか。よいしょっと!」

「え、えええー?」

「そーれ、わっしょい、わっしょい、ようこそ敷島女子へ!」


こうして、わたしたち全員の胴上げが終わったところ。もう、高槻さんの所為で、無茶苦茶。もう、笑えてくる。胴上げされるのも、気分がいいものだな……。


     ◇ ◇ ◇


合格発表を受けて、高槻沙織、服部美月、立花梨音、柏原桃花が、急行電車に乗って、香枚井駅まで一緒に帰ることにした。現在、紅電敷島駅を出発したばかりの電車。服装は中学の服装で……そこへ、敷女二年生、チアリーディング部の長瀬千秋が現れた。


「あ、長瀬先輩! 偶然!」

「よっ、沙織ちゃんとその他大勢!」

「こんばんは~」

「その他大勢って!」

「あんまりだー」

「服部美月ですっ!」

「あー、ロングヘアー、美月っちは覚えてるよ! 冗談冗談、ははは」

「はいはいはい、その他2号です! 立花梨音です! その、敷女のセーラー服!」

「え?」

「その服が憧れだったんすよー。ちょっと触ってもいいですか?」

「うん、いいよ!」


と言いつつ、長瀬千秋のスカートから襟から胴体まであれこれ隅々まで抱き抱き触るものだから、千秋はちょっと焦った。


「あ、あれ? どこまで……ちょ、ちょっと、お前触りすぎ!」

「梨音、気持ちは分かるけど、少しは遠慮しろ!」

「くんかくんか」

「やだ……お、お前、匂うなよ! どこまで触るんだ……お前! そこは乳の位置だよ! 離れろってば、こら!」

「青春の匂いがした……酸っぱい……」

「梨音ちゃん、何かのフェチ? それともなんかのスイッチ入った?」

「長瀬さん、梨音の奴がどうやら壊れてしまったようです。今からひっぺがします」

「ど、どうやって?」

「こら梨音! 後で便所集合な!」

「ズキッ……殺気! すすすすす……お邪魔しましたー」

「はははは、服部さん最高!」

「先輩、わたし、柏原桃花と言います。よろしくお願いします。この度は、うちの梨音ちゃんが失礼いたしました」ぺこり。

「おー、ツインテール、礼儀正しいじゃんか! よろしくな!」

「後で、春名坂のバスの中で、みっちりブッ殺しておきますから、どうぞご勘弁を……」

「ツインテール、お前、にこやかに怖いこと言うなよ! 怖ええなあ……」

「春名坂中学校で、怖いのは、実はマジギレした時の桃花が一番怖いんです!」

「こう見えて、江戸っ子なんですよ、桃花ちゃんは!」

「ツインテール、すげえ性格してんなー。よくそんなのまとめられるよな、美月っち!」

「まあ、パワーバランスでは、わたしの方が優位ですから」

「そんな、さらりと言うなよ……」


車掌が、車内アナウンスをし始めた。


『次は、室山、紅電室山です。室山空港線、真願寺、室山空港方面、室山市電、県庁前方面は次でお乗換えです、次は、紅電室山です』


「ねーねー沙織ちゃん、紅電デパート寄ろうぜい! 途中下車してスイーツ食おうぜい!」

「こーら、梨音とかいう馬鹿猿! 敷女に入ったら、制服での買い物買い食い一切禁止! もしみっかったら、地元の住民から学校へ通報されるぞ!」

「ば、馬鹿猿って……そうなんですか? 先輩!」

「ああ、親呼び出し食らうことだってあるんだから、注意して通学しろよな!」

「梨音、お前フリーダム過ぎるんだよ。ちょっとは自重しろ!」

「だってー、だってさー」

「長瀬先輩、私も知りませんでした……」

「沙織ちゃんまでもかー。はー」


電車はやがて、咲花台(さっかだい)駅に停まり、次の香枚井(かひらい)駅に向かうところだ。美月が千秋に訊いた。


「長瀬先輩、お家はどのへんにあるのですか?」

「家ねえ……西香枚井。ほとんど新長坂駅だなあ……」

「じゃあ、何でわざわざ紅電に?」

「私鉄の方が安いから!」

「なるほどー」

「駅の西口駐輪場にチャリを置いて、だいたい片道5キロぐらいこぐかなー」

「運動になりますねー」


ドアが閉まる。今度は桃花が千秋に訊いた。


「二年生でありながら、チアリーディング部の副部長さんって、すごいですよね!」

「ああ、まあ、香枚井中学校の頃に、全国大会で準優勝したんだ」

「すごい! 格好いいです、先輩!」


千秋は、少しそばかすの残る顔をポリポリ指でかきながら、斜め上を見上げて少し赤面した。


「うわー、照れてるー、照れてるー」

「こら梨音、仮にも先輩だぞ! 少しは発言に注意しろ!」

「そうよ、梨音ちゃん、わたしの大切な先輩なんだから」

「沙織ちゃん、よくぞ言ってくれた! 偉いぞー」

「えへへ」


高槻沙織は、照れ笑いしながら、後頭部をぽりぽりかいていた。そして、ふとアナウンスに耳をそばだてた。


『毎度、紅葉野電鉄をご利用頂き、誠にありがとうございます。次は、香枚井、香枚井、3番線の到着、お出口代わりまして左側です。向かいのホーム、4番線には、次発、各駅停車楠葉行き、16時23分発。お乗り換えの際には足許にご注意下さい。次は、香枚井、紅電香枚井です』


「長瀬先輩、もう駅に着きますね」

「そうだな沙織ちゃん。あんたら東口からバスだったよね。まあ、真新しい制服姿になったら、また挨拶に来なよ、待ってるぜ」

「はあい」

「宜しくお願いします、先輩!」

「以下同文!」

「よろしくですー」

「うん、うん!」


香枚井駅のコンコースで、長瀬さんは西口改札の向こう側へ消えた。さて、残るゆかいな四人組だが……。


「沙織さん、次どうするよ」

「えっ? 次?」

「これからどうするって話!」

「ええ、まあね。とりあえず、うちのカフェ集合かな」

「安くしておくれよー」

「余計なことを言うな梨音! ……と言う訳で、みんな手持ちが少ないのだ」

「あ、心配いらない。みんなにショートケーキと紅茶を振る舞うぐらいのことはできるから」

「おおー、さすが金持ち!」

「服部さんったらまたー。すぐそう言ってー」

「じゃあ決まりだ! 香枚井3丁目だね!」

「おー!」


駅東口から歩いて7分。「パティスリー・高槻洋菓堂」という古風な看板の、白い壁に、茶色い煉瓦造りの屋根のロマンチックな外観の店だ。焼き菓子を焼くこんがりとした匂いが辺りに立ち込める。パティシエールと言っても、女性のパティシエがいる訳ではなく、洋菓子店、という意味の女性名詞だった。働いているのは、高槻沙織のお父さんと、御年90歳になろうかというお爺さん。カフェ担当は、沙織のお母さんだった。


「ただいまー! お母さん、敷女に受かったよー!」

「あらあら! まあまあ! よかったわねー! で、春名中のこの子たちも?」

「そうでーす」「今日合格発表だったんです」「受かりましたっす!」

「あら大変。あなた! あなたー、沙織がねえー」


……と、一旦は店の奥へ消えて行った。やがて、コック帽をかぶった沙織のお父さんと、お母さんが出て来て、皆を座席に招いた。


「みんな、敷女合格おめでとう! 今日はホールケーキを用意する。ドリンクバーも用意してある。みんな、たーんと召し上がれ!」

一同「はーい、ありがとうございますー」


一人当たり、いちごのショートケーキ2切れ。ファミレスにあるようなドリンクバー。沙織はジンジャーエール。美月はコーラ。梨音はオレンジジュース。桃花はアイスティー。飲み物一つ取っても、性格が出て来る。


     ◇ ◇ ◇


高槻沙織です。パティスリー・高槻洋菓堂のティールームの、美月ちゃん、梨音ちゃん、桃花ちゃん。まだ中学校の制服を着ていた。私はツーピースに着替えて、ケーキをみんなで食べているところ。県立敷島女子高校に通い始めたら、制服で買い食いなんて世間が許さないんだろうな、と思いながら。


あれ、なんか美月ちゃんって呼びにくいな。何が良いだろう。親しみが出る呼び方。そうだ、いっその事「はっとり!」と呼んでみることにしよう。


「ねえ、はっとり?」


服部さんは一瞬ぎょっとした顔をしながら、コーラを吹いた。ゆかいゆかい。そうして、なんだか不服そうな顔でこっちを見ていた。すると……。


「服部だあ? 馴れ馴れしいぞ、高槻さん」

「馴れ馴れしかったー? あのね、私のことは、好きに呼んでくれていいよ。うーん、何がいいかなあ」

「何がいいって……お前なあ……お前、じゃまずいか。じゃあ、沙織、馴れ馴れしい」

「うん、それでいいよ!」


服部さん……いや、はっとりは、少し笑みを浮かべて、握手を求めた。これって! お近づきの印かしら! 下の名前で呼ばれるのも、心地いいものだよね。続いて、柏原さんが、握手を求めて来た。


「じゃあ、高槻さんって言いにくいから、わたしは、あなたのこと、沙織ちゃんか、いっそ、さおりんって呼ぶよ。わたしの事は、呼び捨てで、ももっちか、桃香でいいよ! よろしくー!」

「柏原さん……いや、桃香ちゃん最高! その調子!」

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