第2話 とにかく何とかする女子中学生たち

わたしは高槻沙織。中学三年生になりました。市立香枚井中学校に通っています。とても賑やかな、香枚井駅前からバスで少し東へバス道を自転車で走ると、おじいさんと両親がやっている洋菓子屋さんがあります。「パティスリー・高槻洋菓堂」という、古風なネーミングセンスは、おじいさんが考えました。わたしは、そこの娘です。ひどい百合属性を持つ、姉とふたり姉妹です。


まだ、世の中の広さも、大人の事情も、何にも知りません。ただ、いまは漠然と、両親に従って、将来は、洋菓子屋さんを継ぐのかな、と思っています。


得意教科は、体育と英語です。それ以外は、とてもついていけなくて不安です。お母さんが、敷島女子高校の卒業生で、同窓会があると、いつもおめかしして出かけます。とても楽しそうに酔っ払って帰って来ます。なので、お母さんは、わたしを、その敷島女子高校に入学させたがるのです。「あなた、わたしの子なんだから、敷女ぐらいは出ておきなさいよ」と、口酸っぱく言います。そんなにいい高校なのかな。わたし、勉強ついて行けるかな。そう思います。


見るに見かねた両親が、わたしに家庭教師をつけることにしました。それは、小さい頃からの幼なじみで、二十四歳になる、霜田拓也さんです。紅電の香枚井駅で、駅員さんの見習いをしています。おつとめは、朝からいないと思ったら、もう昼には帰って来ている。そんなこともあれば、昼から真夜中まで、駅員さんをしている時があります。お休みは滅多にもらえないらしく、とてもしんどそうです。


そんな多忙な霜田さんが、夜勤のないときに、わたしの勉強を見てくれます。工業高校卒業と聞いて、最初は、えーっ、と思ったのですが、よく考えれば理工系で、理科や数学とかはめちゃくちゃ詳しいです。もっと詳しいのは、メカらしいのですが、わたしにメカを教えられても困っちゃうなあ……。かといって、高校二年生の霜田 翔さんに聞くわけにもいかず……。


うわあ、もうじき霜田さんが、家庭教師をしにこちらへ向かってきます。内心、どきどきです。歳が十個も違う男の人です。幼馴染みとはいえ、緊張しないはずがないじゃないですか。


「こんばんは、霜田です」という声が、一階の勝手口の方からして、お母さんが出迎える。「あらまあ、ご苦労様」という声が聞こえる。飲み物とお菓子を持って来たお母さんと、霜田拓也さんが、ドアを開けて入って来た。


「沙織、霜田さんが来られたわよー」

「こんばんは」

「沙織ちゃん、こんばんは。今日の宿題は何?」

「数学の、連立方程式です」

「あ、そんじゃ、オレ、わかるよ、心配ない」


     ◇ ◇ ◇


「えーっと、これを移項して……イコールを挟んで移項すると、プラスマイナスの符号が入れ替わるよね。そうやって、移項できるものは移項して、足せるものは同類どうし足して、簡潔に式を整理してから、Yに値を代入すれば、ほら、Xの値が求まった。これを、上の式に代入して、Yの値を求めると、ほら。解けた」

「ね、ねえ、霜田さん……?」

「何かな、沙織ちゃん……」

「近いっ! 顔が近いっ!」

「ああ、ごめんごめん、き、緊張させちゃったかな」

「緊張どころじゃありませんよー」

「ごめんごめん、つい計算に夢中になって……」

「けほんこほん。じゃあ、霜田さん、きりのいいところで、お茶しましょう」

「そうだね、冷めちゃうし」


少し冷めた紅茶で、一息入れたわたし。そういえば、前にお願いしてあったことがあった。霜田さんの、制服姿のきちっとした写真だ。


「あのー、覚えてます? 写真の件」

「あー、そういやあ、ポッケに。はい、沙織ちゃん」

「うわあー、働く男! って感じですね! いただいちゃっていいんですか?」

「もちろん」


紅電の電車を先頭にして、白手袋で敬礼している、制服姿の霜田さんだ……。うわー、どうしよう、どうしよう!


「ありがとうございます! お礼に、ケーキどうぞ! 好きなもの一個どうぞ」

「じゃあ、モンブランにするよ」


こうして、わたし、高槻沙織は、今日何の勉強をしたのか、すっかり忘れてしまっていたのでした。本末転倒ですね。はー、敷女に受かるかなあ……。


     ◇ ◇ ◇


わたし、服部美月。14歳。和菓子屋の娘。いま、イラッと来ていることがある。それが、進学のことだ。親が、敷女へ行け、敷女へ行けってうるせえんだ。母親が敷女卒で、あそこにしなさいよ、って言うけど、わたしは女に生まれたくて生まれたんじゃないんだからね。親に頼んだ覚えもねえよ。あーあ、いっそのこと、兄貴の弟に生まれて来ればよかった。でも、こればっかりはしょうがない……。


運命を悔いるよ。あー、やだやだ。女やってるってだけで、めんどくせえ。いろいろあるしさ。負けず嫌いなところがあって、傍目には喧嘩売ってるように聞こえるらしい。クラスで孤立したこともある。でも、誰にも負けたくないじゃんか。負けたら悔しいじゃんか。だから、親に言われなくても、勉強はするし、スポーツもする。負けたら、なめられるから。


でもまあ、今は、アホ2名がいるし……梨音と桃花のことね。何だか憎めないんだ、あいつら。何かと面倒だけど、ほっとけないんだよね。梨音は、電気屋の跡取り。「将来どうすんだ」って訊いても「先のことなんか、分かるわけないだろ」とか言うし。桃花は、東京生まれの江戸っ子で、普段おとなしいんだけど、たまに、わたしに意見してくるからね。こんな筋の通った奴は初めてだ。


春名坂中学校の同じクラス。梨音も桃花も、「敷女目指そう?」って言うけれど、オープンスクールどうすっかなあ……。男子いねえじゃん、って感じなんだけど、まあ、行くだけ行ってみるか……。どんな女共の集団か、この目で見極めてみせる。何が県下一の進学校だ。わたしを誰だと思って? こんなもん、楽勝じゃねえかよ。


     ◇ ◇ ◇


春名坂中学校の三年一組。進路希望表には、第一志望に「県立敷島女子・普通科」と書いておいた。気になるので、桃花と梨音を呼んだ。


「ねえねえ、美月ぃ、わたしと同じだね、第一志望」

「ああ、まあな……で、梨音は何て書いたんだ?」

「同じ学校の、情報処理科と、同じ学校の、家政科」

「アホか! 県立高校は、一個しか選べないの! やり直し!」

「えー、じゃあ、敷女の情報処理科にするよー。あとは滑り止めだね」

「ふーん、なるほどね。でも、情報処理科は定員少ないからな」

「む、難しいってこと?」

「いいや、仮に合格出来たとしても、定員オーバーで、普通科に回される」


「そんなもんですかね、美月さん」

「よし、オープンスクールとやらに出てやろうじゃないの!」

「おおー、気合い入ってるねえ……」

かくして、わたしたち三名は、敷女で決まった。夏休みのオープンスクールや、学校説明会などを見学する予定だ。


「さあ、わたしが夏期講習から持って来たテキストで、勉強だ勉強!」 

「えー、遊びに行こうよー」

「そうだそうだ」

「たわけぃ! 市営春名坂プールは、これが終わってから!」

「この分量だと、一週間はかかるぞ、美月……」

「えー、遊びたいー」

「黙れ、黙れ! 一緒に敷女に受かるんだろ? 気合いが足りんちっとろうが!」

「はいはい、付き合いますとも、美月さん……」

「梨音ちゃん、がんばろうね!」


こうして、わたしと、アホ二名の夏休みは始まった……。


     ◇ ◇ ◇


わたしは、立花梨音。14歳。みんなね、わたしのこと、「梨音は悩みがなくていいね」って言う。確かに、明るく振る舞ったり、笑いを取りに行ったりする。そんなわたしを見て「梨音は無邪気だね」って言う。そんなことないよ。確かに、見た感じ、少女というよりは、少年に近いし、声だってハスキーだし、神様が性別間違えたとしか思えない。だったら、女という立場を利用して、精一杯お洒落したり、きれいなもの、可愛いものを追い求めるよ。特権だもの。


美月って友達がいるんだ。しょっちゅう、わたしのこと、どつくけど、仲いいんだ。男気にあふれているところが、唯一の共通項かな。あの子にはかなわない。勉強、スポーツ、学級委員長。才能がある奴っていいよなー。ちょっとはわたしにも分けて欲しいよ、才能をねー。


桃花って、転校生の友達がいる。普段はおとなしいんだけど、怒ると滅茶苦茶怖い。時に、とてもおっかない。東京生まれだからかな。どこか、洗練されたところがある。わたしにはない、スマートさがある。ファッションセンスを追い求めてるのが、唯一の共通項かな。あの子にもかなわない。もちろん、おくびにも出さないけどね。


うちは、電器屋だから、生まれた時から電器屋の親父の背中を見て育ってる。商売繁盛が我が家のモットーだから。親父は一匹狼だから、自営業だから、親父がつぶれると、何もかもがだめになる。なので、将来は漠然と、親父を助けることのできる人間になりたい、ぐらいしか考えていない。毎晩遅くまで電気工事をしている親父を助けたい。


逆ハーレムな、工業高校も考えたんだけど、たまたま桃花から、敷女のオープンスクールのパンフレットを分けてもらって、わあ、このお姉さん格好いい! 制服が可愛い! って単純な理由で、わたしは桃花についていくことに決めたよ。情報処理科もあるんなら、わたしの得意分野じゃんか。……でも、美月が言っていた。「情報処理科は定員が少ないから、普通科に回されることが多い」って。そんなもんですかねえ……。


桃花が、オープンスクール行こう、って言い始めた。美月も、どうやら、その気になって来たらしい。こいつはうかうかしてらんないぞ! 電話だ、電話! 美月に電話!


「もしもし、立花ですが……」


『梨音か? ちょうどいい、いま、わたしん家で受験勉強中だ、来るなら来てみ?』

「あっ、ずるーい! わたしも混ざるー!」

『なんだ、勉強する気になったのか。じゃあ、中学校の教科書とノート、五教科持ってわたしん家に来なよ。急げよー!』

「はいはい、わかりました美月さん……じゃねー」


バス停で、室山三四系統を待つわたし。正直、難関校目指して勉強するなんて、想像もしてなかったもんなー。漠然と、店を継ぐ、ぐらいで……。


     ◇ ◇ ◇


わたしは、柏原桃花、14歳。ちゃきちゃきの江戸っ子です。でも、お父さんが地方へ転勤することが多くて、小学校の時だって、東京、仙台、佐賀、と来て、現在室山県。中学二年生から転校してきた。最初は、この室山ののんびりペースについて行けなくて、でも、どうしても友達が欲しくて、今では、学級委員長の美月ちゃんと、電器屋の梨音ちゃんと仲良し。


共通点……そうだね、三人とも、性格がさっぱりしているところかな。サバサバしてるよ。江戸っ子気質に似ている何かを感じる。女の子特有の陰湿さがなかった。なので、なかなかクラスに馴染めなかったわたしと友達になってくれた。なので、ふたりには、とても感謝しています。いじめられそうになった時にも、声を張り上げて助けてくれた。


梨音ちゃんに、敷島女子高校のパンフレットをあげたら、「うわー、この学校、制服がかっこ可愛い」って言ってた。美月ちゃんは、「えー、女子高かよ、マジでー」とか引かれたけど、まんざらでもないみたい。何せ負けず嫌いだから、「難関校でも受かってみせるよ」と啖呵を切ってくれた。私たちが貨物なら、美月ちゃんは機関車か何かだよね。ぐいぐい引っ張ってくれる。


ずっと、友達でいようね、って誓い合った仲間だから、問題ないよね。って、あれ? 美月ちゃんから携帯が……。


「もしもしー?」

『桃花か。夏期講習の教材、一緒に見ないか?』

「うんうん、行く、行くー」

『問題は、梨音なんだが……』

「なんか、お遊びになっちゃいそうだよね」

『言えてるー』

「まあ、梨音ちゃんには、それとはなくメール入れておくよ」

『来るものは拒まず、だな、いちおう友達だし』

「そうだね」

『じゃあ、わたしん家で待ってるから、急げよー。五教科の教科書とノート持って、集合だ!』

「うん、わかった、今から行くー」

わたしは、柏原桃花、14歳。ちゃきちゃきの江戸っ子です。でも、お父さんが地方へ転勤することが多くて、小学校の時だって、東京、仙台、佐賀、と来て、現在室山県。中学二年生から転校してきた。最初は、この室山ののんびりペースについて行けなくて、でも、どうしても友達が欲しくて、今では、学級委員長の美月ちゃんと、電器屋の梨音ちゃんと仲良し。


共通点……そうだね、三人とも、性格がさっぱりしているところかな。サバサバしてるよ。江戸っ子気質に似ている何かを感じる。女の子特有の陰湿さがなかった。なので、なかなかクラスに馴染めなかったわたしと友達になってくれた。なので、ふたりには、とても感謝しています。いじめられそうになった時にも、声を張り上げて助けてくれた。


梨音ちゃんに、敷島女子高校のパンフレットをあげたら、「うわー、この学校、制服がかっこ可愛い」って言ってた。美月ちゃんは、「えー、女子高かよ、マジでー」とか引かれたけど、まんざらでもないみたい。何せ負けず嫌いだから、「難関校でも受かってみせるよ」と啖呵を切ってくれた。私たちが貨物なら、美月ちゃんは機関車か何かだよね。ぐいぐい引っ張ってくれる。


ずっと、友達でいようね、って誓い合った仲間だから、問題ないよね。って、あれ? 美月ちゃんから携帯が……。


「もしもしー?」

『桃花か。夏期講習の教材、一緒に見ないか?』

「うんうん、行く、行くー」

『問題は、梨音なんだが……』

「なんか、お遊びになっちゃいそうだよね」

『言えてるー』

「まあ、梨音ちゃんには、それとはなくメール入れておくよ」

『来るものは拒まず、だな、いちおう友達だし』

「そうだね」

『じゃあ、わたしん家で待ってるから、急げよー。五教科の教科書とノート持って、集合だ!』

「うん、わかった、今から行くー」


      ◇ ◇ ◇


わたしの部屋で集う、春名坂中学校の梨音と桃花。わたしは、ペンをふりまわし、腕組みをして、持論を展開していた。


「なあみんな、人間の脳みそは、最初の二十分間で集中するらしい。なので、二十分過ぎた後は、インターバルを取って五分休憩。これを五教科繰り返したら、二十分の休憩。この百四十分でワンセット。みんな、ついて来れるかな?」

「そんな、体育会系のノリで……」

「インターバルとか、ワンセットとか……」

「陸上競技じゃないんだからぁ……」

「ぶつくさ言わない! さあ、これから数学をはじめるよ!」

「うええ、数学かよ、マジでめんどい、証明とかが」

「皆の者、甘いものは摂ったかー!」

 二人「イエッサー!」

「敷女へ行きたいかー!」

 二人「オー!」

「じゃあ、一問目から行くよ!」


さて、わたしたちは、一体どういう顛末になるのでしょうか。わたしたちはまだ知らない。高槻沙織のことも、紅電香枚井駅、駅係員の霜田拓也のことも……。


     ◇ ◇ ◇


中学三年の夏休み。室山県立敷島女子高等学校の、オープンスクール。わたし、服部美月は、お母さんと一緒に、紅電に乗って、行くことになりました。もちろん、梨音も、桃花も来ています。春名坂中学校で、敷女を目指すのは、知ってる限り、私たちぐらい。みんなは大体が学区内の高校を目指している中、わたしたち三人は、全県区の公立女子高を目指している。


ここは紅電敷島駅西口。梅香交差点近くに、例の学校がある。オープンスクール目当てに参加する女子たちが、列をなして歩いている。それはそうだ。わたしらみたいなことを考えている子がたくさんいるのだから。


「じゃあ、梨音、桃花、普通科の模擬授業に付き合って」

「えー、わたしは情報処理科に行きたいなあ」

「わたしは、普通科でいいよ」

「ならば、2対1で普通科の勝ち! さあ、行くよ!」

「しょぼーん……」

「梨音ちゃん、しっかり!」

「おばさんはね、ここのOGなの。同窓会にも行くわねえ」


ほーら、始まった、お母さんの敷女自慢……だから、女に生んでくれって頼んでない! あーあ、女子高行き決定か? すると、交差点の信号待ちで、うちのお母さんが、見知らぬ親子を呼び止めて、こう言うのだった。


「あーら、高槻さんちの奥さん! ……っていうか、恵美、お久しぶり!」

「あれ? 服部さんちの奥さん! ……っていうか、久美子、お久しぶり!」

「奇遇だわー」

「あなたの娘さんも敷女へ?」

「そうね、そのつもりで頑張って!」

「あら、何年ぶりかしらー。高槻洋菓堂は順調?」

「ええ、シエスタ香枚井に今度出店……って、服部宝珠庵のお餅は?」

「今度、道の駅香枚井に出させてもらいますの」

「この間のOG会、盛り上がったわよね」

 二人「うふふふふふ」


ちょ! ちょっと、どういう関係なの? お母さん同士が、知り合い……っていうか、元同級生ー? まさかまさか。そんな話は初耳だわ。


「お母さん、この人だあれ?」

「めぐちゃんは、わたしの同級生だったのー」

「あら、服部さんちのお嬢さん? 随分利発そうね」

「こ、こんにちは……服部美月です。ど、どうも……」

「くみちゃんのお嬢さんも、元気そうでなにより」

「こ、こんにちは……高槻沙織です。よろしくね!」 


軽い握手を交わしながら、わたしは道ばたで呆然とした。親同士が、和菓子と洋菓子だなんて……。しかも、マブダチって一体……。そんな中、梨音と桃花が私を引っ張って、こう言った。


「ちょ、ちょっと美月! あの子、あなたの関係者?」

「美月ちゃん、あの子誰? 知り合い?」

「知らん、わからん! どうやら、親同士が、元同級生らしい……」


     ◇ ◇ ◇


あっちー、脇汗パッドを着けてくればよかったかな。それにしても、ここの高校生たち、冬物のセーラー服で、よく平気でいられるなー。ここは、敷島女子高校、二年生の普通科教室。もし、わたしらが入学すれば、この人たちは三年生になるのだろう。


え? 交流タイム? 先輩に何でも訊け? 訊けって、何を訊けば……えっと……スカーフの色でも訊いてみるか。


「あ、あの……私たちが入学するとして、私たちのスカーフの色は何色になるんでしょうか」

「え、えーっと、私たちがいま二年生だから、青色よね。だから、あなたがたは緑色になるわ」

「そうですか、ありがとうございます」

「いいのよ、遠慮せずに、どんどん訊いちゃって」

「いえ、そういう訳にも……ありがとうございました」


梨音は何を訊いていることやら……。


「あのー、学食はどんなレシピがオススメですかー?」

「そ、そうね、メンチカツ定食か何かが、キャベツもたっぷりでお腹一杯になるよー」

「ありがとうございます、先輩!」

「済みません、このバカがお手数をおかけしました」

「み、美月ぃ? ちょっと、引っ張らないで!」

(ば、馬鹿者、もう少し真面目な質問をしろよ!)

(だってー、食生活も大事な問題だろー?)

(はああ、お前ったら、何でも胃袋直結だ……頭使え、アタマ!)


そういう桃花は何を訊いてるのかな?


「あのー、部活動は、楽しいですか?」

「ああ、わたしは弓道部だけどね、文化祭で盛り上がるのは、やはり家庭科部かと思うなー」

「そうですか。勉強頑張ります!」

「うん、うん、その意気、その意気!」


(真面目そうな質問だな……お前も見習え!)

 わたしの肘鉄が、梨音の脇腹にヒットした。

(ぐえっ……二の句が継げない……)


そういやあ、さっきの高槻沙織って子、どこへ……。


「あのー、勉強、難しくないですか?」

「そうね、大学目指してる子は、今から戦々恐々かなあ」

「普段、勉強関係で、何かされていることは?」

「まあ、大学の赤本はあるんだけどね、わたしじゃ国公立は無理かなって」

「じゃ、じゃあ、頑張ってくださいね」


す、すげえ真面目な質問! やるわね、高槻沙織!


     ◇ ◇ ◇


オープンスクールも終わり、帰る時間になった。印象……。案外普通の女子が集っているんだな、という感想。暑くても冬服で耐える根性。さて、アホ二名はどうなんだろう。


「おい、梨音、何か身についたか?」

「うん、学食とパン売り場と、購買の場所!」

「……ま、まあいいや。桃花は何を訊いたんだ?」

「部活と勉強のあれこれ……」


高槻のおばさんが、口を開いた。

「じゃあ、お腹も空いたことでしょうから、喫茶店でエビピラフでも、カレーでも、スイーツでも何でもいいわ。お食べなさい」

四人「はーい」


わたしは、まだ知らない。高槻沙織が、ライバルになることを。そして将来、マブダチになることでさえ、今は何にも分からない。


     ◇ ◇ ◇


親とみんなで入った喫茶店。ありきたりな店だが、メニューは豊富そうだった。席は、母親がテーブルを占拠してしまったため、そのすぐ隣のテーブルを四人で座ることになった。「何でも頼んでいいのよ」……問題はそこじゃない。この、高槻沙織という、見かけない女子に気が散ってしまい、なんとなくみんな、かちんこちんになっていたのだ。だけど、静寂を破ったのは、梨音だった。


「それじゃ、わたしは宇治金時かな、はい、沙織ちゃん」「え、はい? わたし? そうねえ……じゃあ、ハワイアンフラッペ。あなたは?」「服部美月です。じゃあ、ミルク金時にしようかな、はい、桃花」「わたしー? ええ、どうしよう……あんみつにしようかな」「じゃあ、決まりだな」


なんとなく、埒外というか、疎外感があった高槻沙織が、徐々に馴染んで行こうと努力してゆく様が、容易に見て取れた。そんな空気はまずいと思い、わたしは、沙織さんとやらに声をかけた。


「沙織さんとやら。あなたも敷女受けるの?」

「美月さんで良かったのかな……うーん、本当は共学がいいんだけどね、お母さんが、敷女のOGだから、受けなさい、ってパターンかな……」

「うちとおんなじだ。見ての通り、うちの母親も敷女OG。だから、それを踏襲して、というか、うちのお婆さんも敷女OGだからね。女系一家というわけで……」

「何だか似てるね?」

「そっかー? 和菓子と洋菓子だよッ? 永遠のライバル関係になると思う」

「ははっ、何だかそれ、確かに言えてるー」


     ◇ ◇ ◇


次々に、宇治金時や、ミルク金時、あんみつが届く中、沙織のハワイアンフラッペだけが、なぜだか来ない。沙織さん、とやらが、たまらずに店員さんを呼び止めた。

 

「どうされましたか、お客様?」

「あのー、わたしのフラッペだけ来ないんですが……」

「ああ、あれですね、あれは、現在作り中です!」

「作り中?」

「見て驚かないでくださいね?」


わたしらが、食べながら、飲みながらくっちゃべってる間に、沙織さんのフラッペができあがった! 普通のかき氷じゃなかった。グラスも含むと、高さはゆうに四十センチはあっただろうか。そこに、ブルーのシロップがかけられていて、バナナ、マンゴー、りんご、みかんなどが散りばめられていた。巨大! としか言いようがなかった。


「ぐわー、なんじゃこりゃー」「軽く三人前はあるよね」「もはやかき氷ではなかったりする……」「沙織さん、手伝おうか?」「え、ええ……美月さんのお好きな部分を食べてやってください」「これ全部ひとりで食べたら、お腹急降下だねー」


一通り、フラッペをみんなで手分けして片付けると、世間話になった。


「さて沙織さん、わたしらの自己紹介、はじめるね?」

「あ、はい!」

「わたしが榛名天神駅前の和菓子店、服部宝珠庵の一人娘、服部美月。よろしく!」

「あ、よろしくー!」

「わたしは、春名台団地に住む、ふつうのサラリーマンの娘、柏原桃花。よろしくね!」

「よろしくー!」

「わたしん家は、ナサパニックの電器店、春名坂小学校近くに住む、立花梨音だ!」

「よろしくー!」


沙織さん、とやらに向かって、一通りの自己紹介をした後、沙織さんはしばらく考えていたらしくって、やがて、自分の事をしゃべり始めた。


「わたしは、香枚井中学校の、高槻沙織です。よろしくね。香枚井三丁目で、高槻洋菓堂というパティスリーの末っ子です。服部さんたちが、春名坂中学校としたら、隣の学区になります。いま、家庭教師として、紅電の駅員さんに、お休みの時に来てもらっています! 幼馴染みですー」

「おおーっ!」

「家庭教師と教え子というシチュエーションが、何だかやらしーですね美月さん!」

「梨音、うるっさい! ……あ、どうぞどうぞ、続けてー?」

「でも、駅員さんなので、勤務時間がまちまちで、疲れているところを来てもらうのも、何だか気が引けたりするんです……」


わたしは相づちを打った。確かに、紅葉野電鉄の駅係員は、シフト勤務で、夜勤明けの日には、ぼろぼろに疲れているだろう。そうだ、この子を、勉強会に巻き込もう! ……って思った。


「沙織さん、何なら、わたしらの勉強会へおいでよ!」

「うーん、榛名天神駅前かあ……行く、行きます! わたしも混ぜてください!」

「いいともさ! おいで、おいで!」


こうして、母親の友人の次女さんを、勉強会に招くことになった……。


      ◇ ◇ ◇


まあ、なんというか、いつもの流れで、室山三四系統のバスに乗るんだが……おや? あの子、駅事務所に何の用事だろう……。さては、例の駅員さん?


「紹介します、家庭教師の、霜田拓也さんでーす」

「ど、どうも……駅係員の、霜田です」

「はじめまして!」

(へえー、これが、沙織さんの彼氏ねえ……。確かに温厚そうではあるんだけど、なんかいまひとつパッとしないわね……)

「あのー、沙織ちゃん、この子たちは?」

「春名坂に住んでいる、お母さんの元同級生のお嬢さんと、そのお友達です!」

「へえー、そうなんだ。君たち、学校、受かるといいね!」

三人 「そうですねー」

「では何だ……? ということは、みんな、敷女目指すことにしたんだー?」

四人 「はい!」

「じゃ、霜田さん、また今度!」

「お邪魔しましたー」


香枚井駅東口の紅電バスロータリー。室山三四系統、室山春名坂線だ。香枚井三丁目で屈曲して、旧国道六〇号線、葱州街道を行くバスだ。一方、曲がらずに真東に行くバス、室山三五系統というのは、は、室山東香枚井線という。その他、香枚井駅東口からは、いろいろなバスが出ている。


沙織さんとやらが、私の家に来るという。もちろん、アホ二名も一緒に。はー、やれやれ、夏ばてが悪化するわ……。


香枚井三丁目というバス停は、香枚井駅から二停留所。どうやら、沙織さんのお母さんが、ここで降りるらしい。


「じゃあ、久美子ちゃん、美月ちゃん、みんな、おばさんはこれで帰ります」

「恵美ちゃん、またね!」

 四人 「お疲れ様でしたー」

「さて、と……」


お母さんが、何かを取り出した。本? 参考書? いや違う、県立敷島女子高校と書かれている。何のサプライズだろう……。


「じゃあ、これ、おばさんからみんなにプレゼント! 敷女の受験対策本よ!」

「もしかして、くれるんですか?」

早速、梨音が訊いた。

「あ、あのー、お金は……」

続いて、桃花が訊いた。

「あのー、おばさま、自分で買えますから……」

 そして、沙織さんとやらが訊いた。お母さんはこう言った。

「何をおっしゃいますやら。保護者たるもの、これぐらいはしなきゃね。なんせ、全員敷女に入ってもらわなきゃ困りますもの……好きにして、持って帰って。必ず勉強してね!」

そして、残るは、問題児梨音だ。

「うひゃー、い、いいんですか? 何か、千二百五十円とか書いてあるんですけどー!」

梨音がうれしそう。あいつは、タダでもらえるものなら、何でもOKだからな。


「はい、美月も。あなたが引っ張って行かずに、誰が引っ張るというの。はい、受験対策本」

「あ、は、はあ……」

本……って、わたしもかよ! この親は……。


そうこうしているうちに、バスは春名坂の頂上、紅電榛名天神駅に到着した。はああ、弟子がまたひとり増えた感じだな……。


     ◇ ◇ ◇


わたしとお母さん「ただいまー」

三人「お邪魔しまーす」


ここは、築四百年はあろうかという木造家屋、服部宝珠庵という和菓子屋。わたし、服部美月とその家族が住んでいる。一階が店舗になっていて、二階が住居部分。兄貴の明良が店番をしていた。兄貴は室山大学経済学部に通っていて、今日はたまたま休講。似合わない割烹着姿で来客に向かって、名物「香枚井餅」ほか、和菓子類を販売していた。もちろん、バイト料という名のお小遣いは発生するのだが……。何だか兄貴とお母さんが言い争いになっている。


「お袋、オレは忙しいんだから。ゆくゆくは、MBA取るんだから、勉強の邪魔すんなよな! もう店は手伝わねえからな! わかったか!」

「何よ、半日つぶれたぐらいで、ぷんすかしちゃって」

「とは言ってもなあ……あ、あれ、お袋? あの子たちは?」

「春名坂中学校のお友達と、今度新しく、OGの高槻洋菓堂さんちのお嬢さん、勉強しに来たの。来年の敷女合格に向けて、二階で勉強会などをしようと……」

「ああ、そうなのか……。たぶん、ガールズトークみたいで集中できないだろうから、図書館の自習室行って来る!」

「まあ、せいぜい頑張んなさい……」


服部明良(兄貴)が割烹着をポイッとそのへんにうっちゃるなり、勉強道具を持って、駅の方向へ駆け出して行った……。


沙織が、わたしに質問した。

「あの方、服部さんのお兄さん? 眼鏡かけててインテリそう……」

「あいつが店継がないから、あたしんところに回って来るのよね、まったく!」

「わたしも、次にお店は誰がやるんだろう、という心配はあるよ」

「本当ー? 和菓子も洋菓子も、後継者問題勃発だー。さあさ、沙織さんとやら、二階に上がるよ。おーい、梨音と桃花もだ」

「へーい」「はいはい」


     ◇ ◇ ◇


梨音が切り出した。

「へえー、後継者問題ねえ……うちの電器屋もそうだよ。親父が『できれば工業高校に行け!』って言うんだけど、お母さんが『いいえ、敷女を目指しなさい!』って言うんで、敷女卒業したら、電子系の専門学校行って、それから店を手伝うよ」

わたしが応える。

「でもな梨音。最終的に嫁に行かなきゃだぞー。お前に婿を取れる自信はあるのかー?」

「ない。つーか、今のところ、わかんない……」

「だよなー、先のことは誰にもわかんないか!」

沙織さんとやらが、わたしに言った。

「服部さん、うちは、お婿さんを迎えるよ!」

「ま、マジでー? 随分自信あんのねー!」

「服部さんも、お婿さんを迎えることにしておけばー?」

「うーん、婿養子なあ……ちょっと考えとく」

おずおずと、桃花が続ける……。

「あ、あのー。わたしは幼稚園の先生になるつもりだから、普通だよ」

わたしが応える。

「そうなのか、桃花……結婚については問題なさそうだなー。って、いつまでこんな事くっちゃべってんだ! みんな、参考書読んで勉強しよう!」


     ◇ ◇ ◇


お母さんが、一階から「香枚井餅」の訳あり品を持って来た。冷えたグリーンティーと一緒に。そーっと扉を開けると、わたしを含めて、みんな机やちゃぶ台の上で、すーすーと眠っている。すうっと深呼吸したかと思うと、やおら大声を出した。


「美味しいお茶と、美味しいお菓子ですよー!」


「ひゃ!」「……あん?」「うー」「ふみゅー」

みんなは、わたしを含めて全員眠っていて、一瞬、何が起きたのか分からず、母の大声で、いきなり微睡みから目覚めた。

「な、なんだ、お母さんか……びっくりした!」

「あんまり無理しないで、夏休みなんだし、たまには遊べばどうかしら……」

「もう、それどころじゃない!」「お、おばさんですか、いやー、びっくりしたー」「驚きますよ」「わたしもです!」

わたしは、腕組みして考えた。

「いや、待てよ、確か今日と明日、榛名天神社の夏祭りがあるんじゃないかと……」

「服部さん、それ本当?」

「なら、高槻さん……中座して、夏祭り行くか! 行くぞ皆の者!」

高槻さんと、梨音や桃花が尋ねる。

「でも、こういう時は、ゆかただよね」「ゆかた取りに帰りたい」「わたしも……」

午後四時過ぎ。一旦、みんなは家に帰って、ゆかたを持って来ることにした。



     ◇ ◇ ◇


室山三四系統のバスが、榛名天神駅前に到着したのが午後五時過ぎ。もう、露店は出てるし、参詣道は既に、人でごった返している。今日は榛名天神社の夏祭り。わたしは勿論、高槻さん、梨音、桃花も、うちの二階で着替えを済ませていた。


「よし、出かけるぞ!」

私が言うと、みんな生き返ったようになって、口々にこう言うのだった。

「ラジャー!」

「桃花ちゃん、金魚すくいなんかどう?」

「わー、面白そう! 沙織ちゃん!」

「わたしは、おでんと、焼きトウモロコシと、フランクフルトソーセージと……」

「はあ……梨音。お前のは全部胃袋直結だなあ……」

「そういう美月は何をするのさ?」

「あーね、私は、きちんとお詣りするよ。合格祈願!」

「堅い、堅いねー、この和菓子屋娘が」

「黙れ……黙れ、この胃袋直結娘が!」


そういうわけで、かしましくも賑やかな夏祭りに、ひととき過ごそうと思う、わたしなのでありました。勉強ばっかだと、肩がこるもんね。さあ、遊ぶぞー!


     ◇ ◇ ◇


高槻沙織です。今日は、みんな揃ってプールにおでかけです。香枚井中学校の仲間と遊んでいるうちに、そろそろ、春名坂中学校の生徒、服部さんたちが来ます。あ、あのグループでしょうか。試しに大声で呼んでみよう。

「おおーい、服部さんたちー!」

「おっす、沙織さん!」と服部さん、「はわー、ねみい」と立花さん、「おはようございます」と柏原さん。見慣れない三人の登場に、クラスメイトが私に質問責め。

「え? 高槻さん、春名坂中学校にも知り合いがいるの?」

「まあね、親同士が、服部さんと仲良しというわけで……」

「おはよう! あれー? その子たち、あんたの知り合い?」服部さんが訊く。

「うん、香枚井中学校のお友達だよ!」

「そっかー。みんなよろしく!」

「よろしく」と、おずおずと服部さんにごあいさつ。

「しかし、みんな同じ、なすび色のスクール水着なのな」と、服部さんが言う。確かに、一列に並べたら、みんななすびに見えるかも。

「胸元の名前が恥ずかしいよねー」と、立花さんが言う。そういう私もはずかしい。みんな一緒の感想と見えて、「本当だ、恥ずかしー」などと、きゃいきゃい笑い合っています。

「市販の水着って高いもんな」と、服部さん。


     ◇ ◇ ◇


さて、監視員が「プールから上がってくださーい」というので、一旦水から上がることにした。みんなが、わたしのクーラーボックスから飲み物(もちろんソフトドリンク)を取り出して飲んでいました。


「さあさあ、わたしのおごりだよー!」

「ちょうだい、ちょうだい!」「くれ、くれ!」「わたしもー!」「こら梨音! 独り占めするな!」「わたしはこれでいいかなー?」


     ◇ ◇ ◇


一通り、スポーツドリンクが行き渡ったようで、みんなフェンスにもたれてのんびりしていた、そんな中……服部さんが立ち上がって「ちょっと泳いでくる」と言って、真四角なプールでざっぱざっぱ泳ぎ始めました。うわあ、何往復するんだろう……25、50、75、100……服部さんってすごい。確かにアスリートみたいです。

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