第30話 勇者様の見世物小屋

 黎人が攫われたのは、深夜だった。


 集落の監視は強化されていた。


 だが、監視役も人間である。眠気は来る。油断もする。何より、黎人自身が危険な逃亡者というより、面倒な保護対象として見られていた。


 まさか、外から彼を盗みに来る者がいるとは思われていなかった。


 襲撃者たちは4人。


 全員、旧セナン周辺を渡り歩くならず者だった。


 彼らは黎人のMPhone投稿を見ていた。


 勇者が馬小屋で不当に扱われている。


 見方によっては、同情を誘う話である。


 だが彼らは同情しなかった。


 金の匂いを嗅いだ。


 勇者を見世物にする。


 しかも、ただの勇者ではない。


 全ステータス0、魔族騒動に関わり、自分を世界の功労者だと思っている男。


 宣伝文句としては強かった。


 黎人は寝ているところを袋に詰められた。


 抵抗はした。


 したが、弱かった。


 声を出そうにも口を塞がれ、手足をばたつかせても、ならず者たちにとっては大した力ではない。


 彼は荷物として運ばれた。


 目を覚ました時、黎人は知らない小屋の中にいた。


 手足はゆるく縛られている。


 周囲には粗末な幕、木の柵、そして看板があった。


 看板にはこう書かれていた。


 世界を救った全ステ0勇者、公開中。


 黎人は文字を全部読めなかった。


 だが、自分が何かの見世物にされていることはわかった。


 最初、彼は少し得意になった。


 世界を救った勇者。


 公開中。


 自分を見に人が来る。


 ついに評価されたのかもしれない。


 その考えは、すぐに壊れた。


 見物客は笑った。


 柵の外から覗き込み、小声で馬鹿にし、時々食べ物を投げた。


「本当に勇者か?」


「小さいな」


「これが魔族を倒したって?」


「馬小屋のほうが似合ってる」


 黎人は怒った。


 声を上げた。


 だが、言葉にならない。


 柵を揺らそうとしても、力がない。


 見物客はさらに笑った。


 ならず者たちは、黎人が怒るほど客が喜ぶことに気づいた。


 わざとからかった。


 わざと勇者様と呼んだ。


 わざと粗末な食事を出した。


 黎人は1日も耐えられなかった。


 自分を助けろ。


 自分は勇者だ。


 こんな扱いはおかしい。


 彼はそう訴えたかった。


 だが、MPhoneは取り上げられている。


 声は通じない。


 誰も助けてくれない。


 夜になり、見物客がいなくなると、黎人は柵の中でうずくまった。


 前の世界でも、似たような気分になったことがある。


 自分は不当に扱われている。


 誰もわかってくれない。


 自分は悪くない。


 その考えだけが、彼の中でぐるぐる回った。


 そして、最後に縋る相手を思い出した。


 女神。


 この世界では、困った時に女神へ祈るらしい。


 黎人は信心深くない。


 女神のこともよくわかっていない。


 だが、誰かが助けてくれるなら誰でもよかった。


 彼は柵の中で手を合わせた。


 形だけは、どこかで見た祈りに似ていた。


 助けてくれ。


 自分は悪くない。


 こんなのは不公平だ。


 女神なら何とかしろ。


 言葉にはならなかった。


 だが、その祈りのようなものは、どこかへ届いた。


 ただし、届いた相手は女神ではなかった。


 黎人の体が、びくりと震えた。


 暗い小屋の中に、冷たい気配が満ちる。


 柵の外で眠っていたならず者の1人が目を覚ました。


「何だ?」


 黎人は顔を上げた。


 目の色が変わっていた。


 口元が、本人にはできない形で笑う。


「久しぶりだな、人間ども」


 声が違った。


 低く、はっきりしていて、どこか古い響きがある。


 ならず者は悲鳴を上げかけた。


 その前に、黎人の体が柵を押した。


 力は強くない。


 だが、動きが違った。


 体の使い方を知っている者の動きだった。


 柵の留め具が外れ、黎人の体は外へ出る。


 中にいるのは黎人ではなかった。


 それがムーウという名だと、人々が知るのはこの配信の中でのことだった。


 封印の奥から、黎人の祈りとも文句ともつかない呼びかけに応じた魔族。


 彼は黎人の体を借り、取り上げられていたMPhoneを拾った。


 端末を見て、少しだけ興味深そうに目を細める。


「なるほど。今の世界は、こうして声を飛ばすのか」


 ならず者たちは逃げようとした。


 ムーウは止めなかった。


 どうでもよかった。


 彼にはやることがあった。


 MPhoneを起動し、配信画面を開く。


 黎人の制限されたアカウントを、内側からこじ開けるように操作する。魔族の古い魔力が、端末の認証を狂わせた。


 配信が始まった。


 画面に映ったのは、黎人の顔だった。


 だが、話しているのは別人だった。


「聞こえているか。勇者たち。人間たち。そして、偽りの女神よ」


 夜のMPhone通信網に、その声が広がっていく。


 最初に気づいたのは、黎人を監視していた共和国の部署だった。


 次に光。


 そして煇。


 煇の端末に通知が入り、彼はすぐに画面を開いた。


 セリアも隣に来る。


「黎人?」


「違う」


 煇は即答した。


 画面の中の黎人は、黎人の顔をしている。


 だが、目が違う。


 姿勢が違う。


 言葉が違う。


 やがて、その魔族は自ら名乗った。


「我が名はムーウ。封じられた旧ゼット帝国の民の、残り香のようなものだ」


 ムーウは静かに語り始めた。


「ゼット帝国は、魔族の国ではなかった」


 その一言で、視聴者数が跳ね上がった。


「我らは人だった。少なくとも、今お前たちが魔族と呼ぶ姿ではなかった。女神を名乗る者によって、姿を変えられ、封じられ、歴史を書き換えられた」


 コメント欄が流れる。


 嘘だ。


 誰だ。


 黎人が喋ってる。


 女神を侮辱するな。


 光が配信を共有した。


 煇は黙って見ている。


 ムーウは続けた。


「今こそ語ろう。女神の正体を」


 世界中のMPhoneが、その配信へ引き寄せられていく。


 見世物小屋に閉じ込められたはずの全ステータス0勇者の体から、世界の歴史を覆す告発が始まった。

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