第4章「瞳の先に」

MER:AI《ミライ》|第14話「世界の痛み」


冷たい目をした男が、自分を「雨宮悠吾」と呼んだ。

わからなかった。何も、分からなかった。

ただ、ミライの手だけが、確かにあった。




 第14話「世界の痛み」


窓の外に、灯火が揺れていた。


ユーゴは窓辺に座っていた。

暗闇の中の一点を、ただ、見つめていた。


見慣れない壁の染み。いつもと違う天井の高さ。

先日の一件から拠点を変えたが、どれもまだ、肌に馴染んでいなかった。


それでも、窓の外の灯火だけは、同じだった。

淡くオレンジに灯るそれは、どこか、自分を落ち着かせた。


カイが少し離れた場所で、同じように窓の外を見ていた。

カイもずっと口を閉ざしていた。


奥の部屋から、端末PCのキーを素早く叩く音が聞こえてくる。

志保が、機材の準備を進めている音だった。

ヒロが、その部屋に小さな箱や書類を、何度も運んでいた。


その時、入口の扉が開いた。

桐生だった。


「皆、榊さんが来た。一度、集まってくれ」


榊——その名前を聞いて、ユーゴは立ち上がった。


桐生の後ろに、もう一人立っていた。


背の高い、細身の身体。

肩の落ちた長い上着の裾が、入口の暗がりに沈んでいた。

深く刻まれた眉間の皺。

落ち窪んだ目。

鋭い、けれど、どこか乾いた光が、その奥にあった。


榊隆臣。


カイが、いつの間にかユーゴの隣に来ていた。

小声で言う。


「相変わらず、おっかないね」


ユーゴは、少しだけ緊張を緩めた。


「お疲れ様です」


桐生が、短く榊に頭を下げた。

榊は一度だけ桐生の方を見て頷いた。


奥の通路から、煙の匂いがしてきた。

白衣の姿が目に入る。

真白が、煙草を咥えたまま、軽く片手を上げた。


ヒロが、奥の部屋から小走りでやってきた。

小さく息が上がっていた。

それから、慌てて頭を下げた。


榊はそれぞれを一瞥した。


ピンと張り詰めた空気を割くように、奥の扉が開いた。

志保とミライだった。


志保に促されて、ミライはゆっくりと部屋に入ってきた。

まっすぐと歩を進めているが、淡い瞳が、わずかに揺れたように見えた。


ミライの視線が動いた。

部屋の奥、窓辺の前に立っていたユーゴと、目が合った。

淡い両目が、確かにあった。


その瞬間、志保の声が小さく聞こえた。


「さ、こっちよ」


ミライは、志保にそっと背を促されて、榊の方を向いた。


「ご報告した通り、彼女が深層接続用の認証キーです」


志保が言った。


榊の目が、ミライを見た。


「これが、鍵か」


低く、乾いた声だった。


ミライは、その視線をまっすぐに受けていた。


「そろそろ、テストを始めます」


志保が続けた。

端末タブレットを片手に、奥の部屋を振り返った。


志保は奥の部屋へミライを促した。


部屋の中央に、椅子が一つ置いてあった。

椅子の横に、複数の機材と計測器が用意されていた。


ミライは、椅子にゆっくりと座った。


榊がその椅子の正面に立った。

ミライを、乾いた目で捉えていた。


桐生とユーゴが、榊から少し距離を取って並ぶ。

ヒロとカイは部屋の横の壁際にもたれていた。

真白は、少し下がった位置に立って、煙草を咥えていた。


志保が、ミライの隣にしゃがんだ。


「ここに、手をおいてくれる?」


言いながら、志保は自分の持っていた端末タブレットを、ミライの膝の上に乗せた。

ミライは、そっとその端末タブレットの画面に右手を乗せる。


「ありがと」


軽く礼を言うと、志保は皆の方に向き直る。


AIONアイオン深層接続テスト、開始します」


ミライはまっすぐ前を見ていた。


ミライの手の細い回路文様が、淡く光出す。

光が血液のように、細い文様を流れていく。

その淡い光が、手の下の端末タブレットに吸い込まれていく。


「コア反応、安定。手部接続、安定。深層リンク、初期同期中」


志保はミライの横に座り、自分の端末ミニPCのキーを叩き続けている。


「ここまでは、想定の範囲内です」


部屋の中に、計測器の駆動音と、キーを叩く音だけが響いていた。


志保の端末ミニPCの画面に、文字列が流れていた。

淡々と流れるそれを、志保は目で追っていた。

静かに、時間は流れるように思えた。



——だが、一瞬、その文字列が止まった。

志保の指が、キーの上で止まった。


突然、文字列の流れが早くなった。

何百、何千とひたすら解析ログが流れてくる。

目で追えない。


「逆同期検知——た、大量の情報がミライへ送信されています!」


志保が声を上げた。


「制御は」


桐生がわずかに身を乗り出す。


「やってみます!」


志保が再びキーを叩き始めた。

さっきよりずっと速い指の動きだった。


その時だった。


ミライの背中が、震えた。


ユーゴは見た。

椅子に座ったままの、白い姿。

細い肩。

それが、わずかに震えていたのを。


志保の指が、抵抗するようにキーを叩く。

それでも、画面上の文字列はひたすら流れてくる。


端末タブレットの画面に置かれた白い手が、わずかに震えていた。

もう片方の手も小刻みに震えていた。


「閉じない!」


志保の声が上ずった。


「逆同期、止まりません!」


画面の文字列は、もはや文字に見えなかった。


ミライの背中の震えが止まらない。

手の震えも止まらない。


そして、ミライの目が固く閉ざされた。

固く、固く、目を閉ざしていた。


次の瞬間、相反するように、ミライの口が開いた。

震える唇が、何かを形作っている。


なんだ?何かを…言っている?


ユーゴはその唇を凝視した。

口がぎこちなく動く。


わた は み ら


唇が、もう一度動く。


わたし は みら


ユーゴはもっとその動きを追った。


—私は、ミライです—


息を、呑んだ。




「切ります!」


志保が叫んだ。

指の叩きつける音が、一度、部屋に響いた。


遅れて、強制切断の音が残った。


ミライの身体が弾けるように跳ねた。

固く閉ざしていた目が見開いた。

そして、そのまま、白銀の髪が肩を流れた。


まるで、糸の切れた人形のように、ミライは椅子ごと横に傾いた。



思わず。——そう、思わず。


ユーゴは前に踏み出していた。

傾いていくミライの身体に、腕を伸ばしていた。


腕の中に、白い、軽い身体があった。

見開いたままの、淡い瞳が目の前にある。


「ミライ!」


ユーゴの叫びが、部屋にこだまする。


腕の中で、ミライの肩が、わずかに震えていた。


ユーゴは、ミライの瞳を見た。


しかし、そこには遠い灯が淡く映っているだけだった。





 次回 第15話「名前のない感情」


接続テストを終え、それぞれの思いを胸に、夜を過ごしていた。

ユーゴは、自分の両手を見つめていた。





 ※制作について


本作品は、作者による企画・構成・編集をもとに制作したオリジナル創作小説です。

制作過程の一部にAI生成・AI補助ツールを使用していますが、物語設計、本文の調整、加筆修正、最終編集は作者が行っています。

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