第35話 【そうして 神話時代は幕を下ろした】

 紫水晶の魔物が。

 あまりにも。

 切ない眼差しをしたものだから。



 ──懐かしい。

 ──ごめんね。



 わきあがった感情の名を。

 ラナは。

 まだ、知らない──。





 ミラトスが創り出したとされる。

 第12審臨から第1審臨には。

 使聖も。

 【審臨外】の魔物も。


 入ることは許されない。

 

 特殊な呪が施された。

 ミラトスの結界は。

 誰1人。

 解呪することはできない。


 「使聖は魔王の姿を」 

 「醜くて」

 「知性のない生きものだと馬鹿にした」


 ラナが憤る。


 ──だって。

 ──ティアと似ている。


 だから。

 ラナは。

 怒ってしまう。


 苦労性な2人を。

 ラナは会わせてみたいと考える。


 ──きっと。

 ──気が合う。


 「魔王の噂なら知っている」

 「会話が通じない化け物に」

 「大聖堂の力が恐ろしくて身を潜めている」 

 「臆病な魔物ともっぱらの噂だ」



 アトが笑う。

 笑いながら。

 悪意に満ちた噂を口にする。


 すべて大聖堂が有利になる。

 いつわりの情報だというのに。


 「怒らないの?」

 「嘘だとわかっているからな」

 「えっ?」

 「本物を知る奴だけが」

 「見たまま、感じたままを信じればいい」


 ──アトが大人だ。

 

 ラナは忘れていた。

 万単位を。

 誤差だと言いきる。

 


 彼は。 

 審臨の【あるじ】だ。




 時間の概念を気にしないのは。

 魔物の特権だ。


 ──只人には。

 ──許されない。


 只人はうらやみ。

 只人は憎む。


 時間のはしらから。

 弾き出されている。

 長い時間を生きる。

 魔物を。


 魔物はほこり。

 魔物はうらやむ。


 時間の柱の中にいる。

 命の限界がある。

 只人を。


 只人は口にする。

 なぜあいつらだけ長生きなのか。

 なぜ歳をとらないのか。

 

 化け物と呼びながら。

 長い時間のあり方に焦がれる。


 異質な存在だ。 

 異物だと見下みくださなければ。

 気がすまない。


 それが。

 只人の証だ。


 ラナには嘘だとわかるが。

 大聖堂の発言は。

 只人に信憑性しんぴょうせいを与える。


 魔物から。

 身を守ってくれる大聖堂に。

 踊らされている只人を。

 正すことは。

 ラナ1人では──困難だ。


 魔物に対する知識が。

 使聖のはずなのに。

 うとい。


 ──なぜ真相を探らないのか。

 ──どうして大聖堂を疑わないのか。


 ラナは職務放棄だと。

 ため息をつく。


 ミラトス大陸の歴史を。

 表面だけかすめて。


 後は。

 大聖堂が。

 大司教が。

 使聖が。


 正しいのだと思い込めば。

 只人の役目は。

 おしまいだ。


 3使聖に憧れる存在は。

 後を絶たない。

 ラナの能力を。

 間近で感じて。

 自分たちも。

 使えないだろうかと。

 思案する。


 ミラトスが選んだ。

 使聖に課せる使命は。

 ただ1つ。



 ──能力を。

 ──じゅを。

 ──正しく使いなさい。



 ラナだけでなく。

 ティアルにも。

 ロシュタムにも。

 

 1度だけ聞こえた。

 悲しみにぬれた。

 声のぬしは。



 ──おそらく。

 ──ミラトスだ。



 ティアルと。

 ロシュタムに。

 付与されている能力は。

 ミラトスに。

 仕えていたと言われる。


 【門番】と。

 【鍵番】が。


 使用していた能力だ。


 2人は。

 ミラトスの友人でも。

 あったはずだ。

 


 ミラトスが。

 姿を現さない理由も。

 【門番】と。

 【鍵番】が。

 握っている。



 「人が流す噂を」

 「真面目に受け取ったらだめだよ」

 「只人でも」

 「使聖でも」

 「悪意に満ちた存在は」

 「一定数、必ずいる」

 「それに魔王は」

 「表情が豊かだったよ」


 

 ラナの知る魔王は。

 彫刻のように美しかった

 整っていたけれど──。



 ラナを見て。

 とても。


 嫌そうな顔をしていた。

 



 ──本来のはもっと。

 ──よく笑う子だったはずなのに。

 ──そんなに今のぼくは。

 ──嫌い?



 ──本来?

 ──今のぼく?




 ラナの中で。

 違和感が大きくなる。

 誰かの記憶が。

 ラナの中で眠っている。


 ときおり。

 柔らかな陽射しの中で。

 微睡まどろんでいるような。

 声がする。



 陽だまりから。

 出たくない。

 まだ眠たくて。

 仕方しかたがない。

 起きたくない。

 起きたところで。


 

 ──みんながいない。



 そう、悲しむ。

 誰か。



 ──わからない。



 ラナはラナだ。

 誰かとは違う。

 ラナは自らに。

 言い聞かせる。


 ラナは使聖も。

 大聖堂の門番も。

 使聖徒も信じていない。


 常に疑いながら。

 弱みを見せないように。

 気丈に振る舞い。

 生きている。


 町や村に。

 害をなす魔物の討伐は。

 只人に手をかけるより早く。

 赤い光が。

 身を貫く。



 【大聖堂の第1司令官のラティナ】であるときは。

 心を凍てつかせる。


 味方であるはずの使聖が。

 ラナの強大な能力に怯え。

 あまりの凄惨さに。

 うずくまる間もなく。

 吐き。

 倒れても。

 誰も。

 ラナに。

 駆け寄らなくても


 【大聖堂の第1司令官のラティナ】として。

 ただ、魔物を討伐するために。 

 使命を全うする。

 【機械】となる。



 ──第1司令官は。

 ──常に魔物に対して。

 ──冷酷でなければならない。



 いにしえの大気を。

 自在に操る。

 高度な能力を見せつけて。


 【大聖堂の第1司令官】を。

 【ラティナ】という存在を。

 その身に。

 刻みつける。


 冷徹な仮面は。

 【大聖堂の第1司令官のラティナ】であるかぎり。

 外すことはない。


 普段は頼りなさげで。

 馬鹿にしている【かぜ使聖しせい】が。

 魔物と正面からやりあう姿を。

 存分に見せつける。


 白いころもを。

 返り血で。

 わざと赤く染めて。

 


 【血の出る魔物は低級から中級レベル】


 【血が僅かに出る魔物は高レベル】


 【血が一滴も出ない魔物と出会ったならば】



 ──逃げろ!



 一般の使聖が敵うのは。 

 低レベルから中級レベルだ。

 

 高レベルの魔物は。

 かなりの知性があり。

 使聖の剣技を真似る。


 第3司令官のロシュタム。

 第2司令官のティアル。


 2人の使聖ならば討伐可能だ。



 ──血が一滴も流れない魔物は。

 ──レベルなど関係ない。



 

 計り知れない魔力量と。

 常識を兼ね揃えた。



 ──幻の存在。




 【魔王レベル】の魔物だ。




 ──命が惜しければ。

 ──ひれ伏して逃げろ!



 


 大聖堂では。

 【血なしの魔物】と呼ばれている。

 

 

 

 討伐のさいに。

 低級から。

 中級が。

 群れで襲いかかってくると。

 ラティナは避けるより。


 ──早く片付けてしまいたい。

 ──無の仮面から逃れたいと。


 無心に。

 【風刹ふうせつつるぎ】を振り。

 【風刹ふうせつゆみ】で。

 とどめを刺す。


 ころもはしから。

 吸いきれなかった血が。

 したたり落ちて。

 大地をぬらす。

 


 【血塗ちぬれの使聖しせい】であり。

 【大聖堂の第1司令官のラティナ】であると。

 【審臨外】の魔物が。

 正体を知ってしまえば。


 急いで。 

 逃げ出す。


 慌てて。

 方向を変える。


 【あれ】には勝てないと。


 嗅覚が。


 触覚が。


 味覚が。


 視覚が。


 聴覚が。

 

 本能が告げる。



 早く。



 ──早く逃げろ!

 ──プライドをかなぐり捨てろ!



 【あれ】に見つかってしまえば。

 消滅だけしか。

 待っていない!



 使聖は。

 魔物が逃げ出し。

 【大聖堂の第1司令官のラティナ】が。

 静かに歩みを進める姿を前に。


 どちらが。


 【本物の化け物】なのか。

 判断が。

 つかなくなる。


 凄惨せいさんな光景に。

 耐えられたなら。

 第2司令官であるティアルが。

 使聖徒たちに。

 擬似的な剣を与え。


 第3司令官であるロシュタムが。

 稽古をつける。


 耐えられなかった者は。

 自由にすればいい。


 ──第1司令官など。

 ──たいしたことはない。

 ──ティアル様や。

 ──ロシュタム様の手柄を。

 ──所詮しょせんは。

 ──横取りしているだけの。

 ──お飾りにすぎない。


 そう、えたのなら。

 それらしく。

 生きてもらわなければ。

 困るのだ。


 ラティナ様と縋りつき。 

 地面にうずくまり。

 剣を滑らせて。

 手放し。

 使聖である立場を。

 

 ──放棄したのだから。


 裕福な屋敷出身の者など。

 いらない。


 貴族の子息だと。

 言いふらして。

 町や村で。

 品性のかけらもなく。

 好き勝手に振る舞う輩など。

 必要ない。


 有象無象が。

 どうなろうと。

 ティアルも。

 ロシュタムも。

 知ったことではない。


 「ラナは大変なのだな」

 「そうかな?」 

 「温かい食事があるし」

 「寝床もあるよ」

 「そうか」 


 アトは。

 ラナの頭を。

 軽く叩いた。


 「もしかして、なぐさめられてる?」

 「なんだそれは?」


 ──わからないか。


 心が。

 行動に。

 追いついていない。


 魔物と人の。

 決定的な違いだ。


 心があれば。

 魔物は魔物とは言い難い。


 ──ないとは。

 ──言えないが。


 喜怒哀楽を知り。  



 なにが良くて。

 なにが悪いか。



 そんな教育をする存在など。

 普通の魔物では。

 まず無理だ。



 魔物は勝手に育つ。


 ──そのはずなんだけど。


 例外が。

 ラナの隣にいた。


 ──魔王は。

 ──どうやって育てたんだろう。


 手に入らない能力や。

 容姿を揶揄やゆする心の持ち主は。

 歳月がどれだけ流れても。


 どこにでも湧く。

 まさに湧いて出る。


 清潔にしていても。

 必ず出現する。

 黒い害虫のほうが。

 よほど好感がもてる。


 どこに行っても。

 ひがみやねたみにとらわれて。

 ラナのように。

 ミラトスに認められなかった存在は。

 おとなしくて。

 控えめなラナになら。

 なにを言っても許されると。

 疑わない。


 ──あんなに頼りがいのない存在が。

 ──なぜミラトス様に認められたのか。

 ──自分ならもっとうまく立ち回れるのに。


 好き勝手な発言をする。


 そうして。

 いざ太刀打たちうちできない魔物に遭遇そうぐうすると。

 ラナにすがり。

 助けをう。


 ──さわがしいったらない。


 心の中でつぶやきながら。

 仕方がないので。

 使いものにならなくなった。

 【使聖だった存在】を守りながら。

 討伐するはめになる。


 よけいに返り血を浴びて。

 ティアルに。

 叱られることになっても。



 ──ラナは見捨てない。



 ティアルは。

 そんなラナが歯がゆく。


 ロシュタムは。

 「ラナらしいな」

 と、笑う。




 

 「第1審臨は本当に居心地がいいね」


 静寂と。

 不思議な暖かさに。

 ラナはまぶたがとじかけるのを。

 我慢した。


 「魔王は」

 「滅多に」

 「人前に姿を見せないんだが」

 「ラナが」

 「気になったらしい」


 「本当に想像を凌駕りょうがした」

 「知的で」

 「頭の回転が速い」

 「魔物だったよ」


 深い色調の。

 艶やかな髪をした。

 紫水晶むらさきすいしょう魔物まものは。

 アトに勝るも劣らない容貌をしていた。


 姿形だけではない。

 会話が成立した。


 迅速に物事を考えられる。

 聡明な存在だと。

 ラナでなくても。

 わかるだろう。




 ──ただ、切なそうな視線が。

 ──気になったなあ。




 ラナは魔王と。

 初対面のはずだった。


 おそらくだが。

 魔王側は。

 ラナを熟知じゅくちしているように思えた。


 ラナは紫水晶の彼を。

 討伐対象から外した。


 まず。

 見なかったことにした。



 ──【風刹ふうせつゆみ】で格好つけても。


 ──おにぎりを背負しょってたしなあ。


 ──良い匂いをさせながら。


 ──【大聖堂の第1司令官のラティナ】を演じても。

 

 ──呆れられたよね。


 ──戦ったとしても。


 ──互角ではすまないだろうし。


 「ミラトス大陸が広いといっても」

 「魔王ほど」

 「名が知られている存在は」

 「いないよ」


 魔物は。

 人の姿をしていなくとも。

 一定の魔力を宿せば。

 思った通りの。

 形に。

 化けることができる。


 ──誰もがうらやむ。

 ──理想の姿へ。


 一定数の。

 【審臨外】に棲まう魔物は。

 大聖堂が。

 悪事を働かぬように。

 魔王に命じられて。


 昼夜をとわずに。

 見張っている。


 お前たちを守ると言った。

 魔王の言葉を信じて──。

 

 問題は。

 なによりも。

 第12審臨に。

 立ち入ることができるか否か。

 

 立ち入るかとが可能な彼らは。

 魔物として。

 向いていない存在だ。

 

 まれにいる。

 【善意】が。

 【悪意】に負けて。

 押し出されてしまう。

 イレギュラーな存在が。


 本来なら。

 残るべきだったはずの【良心】が。

 魔物となる。


 魔王は。

 片っ端から。

 彼らが討伐されないように。

 回収する。


 第2審臨の側に。

 専用の棲家を用意して。

 面倒を見ていた。


 第1審臨には。

 立ち入らないように。

 警告をして。

 魔物になるべきではなかった存在を。


 ──守っている。


 いつか。

 魂が。

 別の器に戻れる日を。

 待てと。


 【強制消滅】ではなく。

 【自然消滅】ならば。

 新しい命に。

 出会える日がくると。

 魔王はさとす。



 「魔王は、厳しいときは厳しいが」

 「やっぱり」

 「ぼくの友人に似ている気がする」

 「友人、か」

 「駄目だめだった?」 

 「あつかましいかな?」

 「そうではない」



 ──あの殺意は。

 ──友人を守るために。

 ──向けるものではないだろう。



 「苦労をしているんだな、その使聖」

 「うん。たまに」

 「逆さに縛りつけたのを忘れていましたって」

 「まあいいでしょうとは言うけど」

 「逆さに縛りつけられたそいつは」

 「大罪人か?」


 真剣な表情で。

 訊ねられて。


 「盗み食いをよくして」

 「料理長に怒られてるけど」


 ラナは。

 偽りなく答えた。


 「そいつは本当に使聖か?」 

 「そいつは大丈夫なのか?」

 「え、多分」


 第1審臨の【あるじ】に。

 ロシュタムは。

 使聖であるか。

 疑いをかけられていた。


 「魔王はなんだか」

 「只人っぽいね」


 いにしえの魔物が。

 もとはなんであったのか。

 ラナにはわからない。


 わからないが。

 魔王が。

 大聖堂を気にかけるのは。

 【誰かの身を案じている】ように。

 ラナには思えた。


 

 ──ミラトスの友人である魔王か。

 


 解き明かしたい謎の残りは。

 魔王と呼ばれる。

 【いにしえ大魔術使だいまじゅつつかい】が。

 握っている。


 魔王は。

 あらゆるじゅけており。

 【解明できない呪】はないと。

 言われている。


 使聖の解呪能力など。 

 魔王からしてみれば。

 お遊びの。

 延長でしかない。


 ミラトス大陸ができてから。

 今日までの出来事も。

 余すことなく。

 把握しているだろう。

 ミラトスが。

 姿を現さない理由も。


 ──必ず知っている。




 



 遠い、とおい。

 神話時代の声がする。



 ──君が【隠す】と言うのなら。

 ──意味があるんだろうね。

 ──はい。ミラトス大陸に。

 ──【妖精】や【精霊】がいては。

 ──只人に。  

 ──【兄】に。

 ──【次の獲物ターゲット】にされてしまいます。

 ──だから【眠って】いただきたいのです。

 ──君の頼みなら。

 ──誰も異を唱えない。



 ──頼んだよ【ロゼル】



 


    それから直ぐに。



         

        神話時代は。




    神が殺されたことにより。


    

      

         幕をおろしたのです──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る