もし、大切な人へ何か一つだけ残せるとしたら。
お金でもなく、物でもなく、知識でもなく。
春樹が幼い孫・小春へ残そうとしたのは、「ありがとう」を見つけられる心でした。
この物語を読んでいて、とても素敵だと思ったのは、「ありがとう」をただ礼儀として教えているのではないところです。
転んでも歩いてこられた自分の足。
咲いてくれた花。
ご飯を作ってくれる人。
抱きしめてくれる人。
普段なら当たり前のまま通り過ぎてしまいそうなものの中から、小さな幸せを見つける。
あたりまえは、あたりまえじゃない——だから「ありがとう」なのだと。
春樹が小春へ伝えようとしているのは、そんな“生き方”なのだと感じました。
だからこそ、胸に残ります。
人は、大切な人の人生をずっと守り続けることはできません。
悲しい日も、苦しい日も、いつか必ず訪れる。
けれど、そんな日々の中でも「ありがとう」を見つけられる心があれば、世界に残されている優しさや幸せに気づくことができる。
春樹が残そうとしたものは、小春がこれから長い人生を歩いていくための、小さくて、とてもあたたかな道しるべだったのではないでしょうか。
そして、その想いが誰かから誰かへ受け渡されていく姿が、本当に優しい。
春の光、黄色いチューリップ、小さな手、家族の笑い声。
物語を包むすべての描写があたたかく、それだけに避けることのできない別れの切なさが静かに胸へ沁みてきました。
読み終えたあと、ふと自分の周りを見渡したくなる作品です。
今日も目を覚ませたこと。
誰かと話せたこと。
何気なく笑えたこと。
きっと私たちの日常にも、「あたりまえ」の中に、まだ気づいていない「ありがとう」がたくさん隠れている。
いくつになっても、ありがとうが見つけられる目を、心を大切に育てていきたい。
そんなことを、そっと教えてくれる物語でした。