第4話
殺した二人も。もはや聞き間違えようがなかった。自らの罪の告白だと確信を躍る気持ちはどこにもない。どうしてか言質をとったはずなのに、警察に連絡という手段も浮かばなかった。とにかく逃げなければ。その一心だった。
『どうせ近藤だから。そう思っているんでしょ。でもね。二人は殺されている。後はリーダーの森田君だけだ』
森田は走った。人の目も気にしない、大人の全力疾走。さぞや奇異に映るのだろう。すれ違う人はみな訝しげな顔をしている。
『そんなに走ったって。三〇四号室は逃げたりしないよ』
森田は赤信号で立ち止まっていた。全身が鼓動で揺れている錯覚。思わずその場で吐いた。幸いにも周りに人はいなかった。
どうしてアパートの部屋番号を知っている?
問いに対しての答えはなにひとつ明かされていないのだった。
「どこまで。知ってるんだ」
寒気を覚えた。過ごしやすい季節の移り変わりのはずなのに、全身が震えだす。自分は自覚しなければいけない。そう諭されたような気がした。
『やっと。まともになったみたいだね』
近藤も森田の声色を聞いて悟ったのだろう。随分穏やかな口調だった。
『混乱からの恐怖。そこからの冷静。ひととおり辿れば誰とだってまともな話はできるものだよね』
「目的はなんだ」
『復讐だよ』
もっと焦らされるのかと思った。意外にもあっさりと、近藤は目的を口にした。
『君たち三人にいじめられた。その復讐さ』
信号が青になった。森田は静かに歩き出す。一言も聞き漏らすまいと握るスマホに力を込める。
『……覚えてないんだろ?』
どこか、窺うような近藤の問いかけだった。
『ああ待って。この期に及んで嘘は吐かないでね。ちゃんと復讐に来たんだからちゃんとした真実が知りたい。ねえ。どんな結果になってもそれだけは知りたいんだ。じゃあもう一度聞くね。僕をいじめていたことを。今日僕に会うまで。森田君は。完全に忘れていたよね?』
こうやっていくつかの質問をされて間違った答えを選択して、二人は殺されてしまったのだろうか。そうなると変な答えを出せば文字通り命取りになる。何がこの期に及んでだ。縁起でもない。
どっちなんだろう。
復讐を目論む人間からしたら、どうしていた方がこの場合、正しい選択なのだろう。
変に間を空けてはいけない。森田は言った。
「――覚えてた。覚えていたよ。忘れたことなんてない」
咄嗟の判断は嘘を吐くことだった。
「まだ中学生だった。分別がつかなかった。その一言で片づけられない傷を。当時の俺たちは与えたんだよなって。いじめ自殺のニュース見る度に。お前の名前が。頭を、過ぎる」
嘘っぱちだった。まるでデタラメな思いを吐き出すことが唯一の生き残る手段のように思えた。
「どうしたら許してくれる。いや、このさい許してなんて都合の良いことは言わない。どうしたら。復讐をやめてくれる?」
返事がない。それでも通話は続いていた。もしかしたら悩んでいるのかもしれない。
「なあ。近藤。近藤博人。お願いだから」
気づけばアパート前の公園に着いていた。部屋の明かりはもちろんついてない。それでも明日には明るくなる。そして、数分後にはそこに自分がいる。
電話の向こうで大きく長く、息を吐きだすのが分かった。
「近藤? おい。近藤?」
画面を見る。通話は切れていた。それが意味するものが瞬時に判断できない。
「たすかっ、……っ?」
安堵をしようとした瞬間、背後から強い衝撃を受ける。次いで猛烈な痛みが背中を襲った。視線を下にやると、胸から刃が突き出ていた。
「嘘ばっか。ホント。クズはクズのまま。変わりようがないんだね」
かろうじて振り返る。そこにいたのは近藤だった。町中華で会った、過去にいじめていた、近藤博人。
「なん……で」
「本当に。覚えてないんだね。近藤博人は教師の名前だよ」
意識が遠のこうとするのが分かる。その中で森田はぼんやりと考える。嘘は最初からバレていた。当時いじめっ子である時点で、この運命は決まっていた。
「いじめっ子に。幸あれ」
森田の身体を貫いている刃物を勢いよく抜き出して、再び勢いよく森田の身体に刺す。幾度も幾度もそれを繰り返す。滅多刺しにされていく森田は、それでもどうして自分が殺されるのかいまいち把握しきれていなかった。
いじめた方は忘れているものだから。じゃあ、だとしたら。
俺は。俺たちは。いったい誰を。何をいじめていた? 懺悔も後悔もできない。何故なら覚えていないから。その過ちを償う方法は、どうしたって存在しないのだろうか?
遠ざかっていく意識の中で。その問いだけが頭の中で回っている。
その問いだけでも一生噛みしめて 葉山ひつじ @fugen-j
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