第2話 はじめてのネタ合わせ

「で、何しゃべる?」

結成から3日後。

太一と蒼は、地元の市民センターにある貸し会議室にいた。

机、椅子、ホワイトボード。

文化祭の準備でも始まりそうな殺風景な部屋だ。

だが二人にとっては違う。

ここが、漫才コンビ「かぴばらドン」の最初の稽古場だった。

太一はホワイトボードに大きく書く。

かぴばらドン 初ネタ会議

「なんか急にそれっぽいな」

蒼がぼそっと言う。

「だろ?テンション上がるだろ?」

「文字がでかすぎて怖い」

太一は満足そうに頷くと、ペンを持ったまま振り返った。

「まずテーマ決めようぜ」

「漫才って普通そこからなの?」

「知らん」

「知らんのかよ」

始まる前からすでに少し面白い。

だが問題はここからだった。

「俺さ、警察官やってみたい」

太一が言う。

「急に夢?」

「違う違う、ネタで」

「ベタだな」

「じゃあ医者」

「もっとベタ」

「宇宙飛行士」

「飛びすぎ」

「カピバラ飼育員」

「それはちょっと見たい」

蒼が初めて少し食いつく。

太一は嬉しそうに身を乗り出した。

「だろ!?絶対おもろいって」

「でもお前、カピバラの知識ゼロだろ」

「温泉入る」

「それしか知らないじゃん」

太一はホワイトボードに大きく書いた。

カピバラ飼育員

「コンビ名との統一感もあるしな」

「統一しなくていいだろ」

蒼はため息をつく。

「ていうかさ」

「ん?」

「お前、普段の会話のほうが面白いんだよな」

太一が止まる。

「どういう意味?」

「こういう『ネタやるぞ』ってなると急に作り物っぽくなる」

図星だった。

太一はわかりやすく肩を落とす。

「うわ、結構刺さる」

「事実だし」

蒼は机に頬杖をつく。

「たぶん俺らって、普通にしゃべってる時のほうが自然なんだよ」

「でもそれでネタになる?」

「なるようにするしかないだろ」

その言葉に、太一は少し考え込んだ。

確かにそうだった。

二人が笑われてきたのは、何かを“演じた”時じゃない。

ただ、いつも通り話している時だった。

「じゃあさ」

太一が椅子に座り直す。

「俺らの会話、そのまま使ってみる?」

「録音でもする?」

「お、頭いいな」

「今さら気づいた?」

「腹立つなその言い方」

スマホを机に置き、録音開始。

太一はわざとらしく咳払いした。

「どうもー!」

「急に漫才師ぶるな」

「いや録音してるから」

「普段通りでいいって今言っただろ」

「そうだった」

「記憶力どうなってんだ」

太一が吹き出す。

「待って、今ちょっと面白かった」

「普通の会話だろ」

「いやこれだ」

太一は目を輝かせる。

「これこれ、この感じ!」

蒼は少し呆れながらも、口元が緩んでいた。

その後も二人は、ただ話した。

最近コンビニで見た変な客の話。

太一の職場のクレーム客。

蒼が配送先で出会ったクセの強いおばあちゃん。

話題はバラバラだったが、不思議と笑いは生まれた。

ツッコミのタイミング。

言い換え。

間。

まだ粗い。

でも、確かに何かがあった。

2時間後。

スマホには録音データが7本並んでいた。

「めっちゃ録ったな」

太一が伸びをする。

「これ聞き返して削ってけば、形になるかも」

蒼が言う。

「おお……なんかちゃんと芸人っぽい」

「今さら?」

太一は少し真面目な顔になる。

「蒼」

「なに」

「これ、マジでいける気しない?」

蒼は少し黙った。

たった数時間。

ただ会話しただけ。

なのに、胸の奥が妙に熱い。

できるかもしれない。

そう思ってしまった。

「……まだ何もしてないだろ」

蒼はそう言ったが、否定ではなかった。

太一はにやっと笑う。

「じゃあ次の目標」

ホワイトボードに新しく書く。

アマチュアライブ出場

蒼が目を細めた。

「もう出るの?」

「早いほうがいいだろ。どうせいつか出るなら」

「無茶苦茶だな」

「人生、勢い」

「お前は勢いしかない」

太一は振り返る。

「でも来るだろ?」

蒼は少し間を置いて、肩をすくめた。

「……まあ、コンビだからな」

その返事だけで十分だった。

帰り道。

夕暮れの商店街を並んで歩きながら、太一はスマホを見ていた。

「出れるライブ、あった」

「早いな」

「来月。若手アマチュア限定ライブ」

蒼が足を止める。

「来月?」

「うん」

「あと3週間じゃん」

「ちょうどいい」

「全然よくない」

太一は笑う。

「大丈夫だって」

「何を根拠に」

「なんとなく」

蒼は呆れたように空を見上げた。

その空は少しだけ赤く染まっている。

不安はある。

怖さもある。

でも、それ以上に少し楽しみだった。

何もない日常の先に、初めて「次」がある。

たったそれだけで、世界は少しだけ明るく見えた。

漫才コンビ「かぴばらドン」。

初舞台まで、あと21日。

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