わらいもの
旭
第1話 はじまりは、だいたいくだらない
「お前、ほんと昔から顔だけでちょっとおもろいよな」
深夜1時。
駅前のコンビニ前で缶コーヒーを飲みながら、太一はそう言って笑った。
「褒めてんのか、それ」
蒼は不機嫌そうに眉を寄せる。
「褒めてる褒めてる。天然の武器ってやつ」
「武器っていうか事故だろ」
そう返して、蒼も少しだけ笑った。
春先の夜風はまだ冷たい。
二人は高校卒業後も地元を離れず、なんとなく同じ街で生きていた。
太一、25歳。
家電量販店勤務。接客は得意だが、仕事に特別な情熱はない。
蒼、24歳。
配送センター勤務。口数は少ないが、妙に観察眼が鋭い。
幼稚園からの付き合いだった。
昔から二人でいると、なぜか周りが笑った。
狙ったわけじゃない。
ただ、蒼が転べば太一が「今のは新技?」と突っ込み、太一が先生に怒られれば蒼が横から妙に冷静な一言を挟む。
それだけでクラスが笑った。
中学の文化祭では、司会の穴埋めで二人が前に立ち、即興でやり取りしただけで体育館が沸いた。
高校の卒業アルバムには、クラスメイトからこう書かれていた。
「お前ら絶対芸人になれよ」
当時は笑って流した。
でも、その言葉が、ずっとどこかに残っていた。
「なあ」
太一が空き缶をゴミ箱に放り込む。
「俺、会社辞めようかな」
「急だな」
「急じゃない。3年くらい思ってる」
蒼は少し黙った。
「で?」
「芸人やりたい」
言った瞬間、太一は自分で照れくさくなって笑った。
25歳にもなって何言ってんだ、と自分でも思う。
でも、口に出したら妙にすっきりした。
蒼は缶コーヒーを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
太一は続ける。
「別に売れたいとか、モテたいとか、金持ちになりたいとかじゃなくてさ」
「うん」
「なんか俺、人生で一番楽しかったの、笑わせてる時なんだよな」
その言葉だけは、本音だった。
蒼がふっと息を吐く。
「お前、そういうとこだけ真っ直ぐだよな」
「悪口?」
「半分」
そして蒼は太一を見る。
「俺も、たまに考えてた」
「え?」
「芸人」
太一は数秒固まったあと、大げさなくらい目を見開いた。
「マジで!?」
「うるさい」
「え、ちょっと待って、え?」
「だからうるさいって」
太一は思わず笑った。
こんな偶然、あるのかと思った。
いや、偶然じゃないのかもしれない。
同じ時間を生きてきて、同じ景色を見てきたから、同じ場所にたどり着いただけなのかもしれない。
「じゃあ組む?」
太一が言う。
「軽っ」
「いや大事なとこだろ!」
蒼は少し考えてから、小さく頷いた。
「……まあ、お前以外とは無理だな」
「告白?」
「違う」
「ちょっと嬉しい」
「気持ち悪い」
二人は笑った。
駅前には終電後の静けさが広がっている。
誰も見ていない。
誰も期待していない。
でも、この夜だけは少し違った。
何者でもない二人が、何者かになれるかもしれないと初めて思えた夜だった。
「コンビ名どうする?」
帰り道、太一が聞く。
「まだそこ?」
「いや大事だろ。売れた時ずっと呼ばれるんだぞ」
蒼は少し考えたあと、道路脇の看板を見る。
そこには動物園の広告が貼られていた。
でかでかと載っていたのは、のんびりした顔のカピバラ。
「……かぴばらドン」
「は?」
「なんとなく」
太一は数秒沈黙したあと、大笑いした。
「ダサっ!最高!」
「じゃあ決まり」
「マジかよ」
こうして、漫才コンビ「かぴばらドン」は結成された。
まだネタは一本もない。
ライブ経験もない。
事務所にも入っていない。
あるのは、根拠のない自信と、少しだけの覚悟だけ。
そして――
優勝賞金1000万円の全国漫才コンテスト『笑覇杯』まで、あと11か月。
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