第147話 作らない見積
小池製作所から、仮のまま使っているものを書き出した一覧が届いたのは、金曜日の午前だった。
北河向けの補充分を積みに来た田端が、荷台から降りるなり茶封筒を差し出した。
「浜野さんからです。思いついた順に書いたから、見にくいかもしれん言うてました」
「助かります」
隆夫が封を切ると、中から罫線を引いた紙が三枚出てきた。機械名、使っている場所、何を仮にしているのか、現在も動いているかどうかが、鉛筆とボールペンの混じった字で書かれている。
第二加工機横の受け金具を含め、全部で十二件あった。
「十二もあるんか」
隆夫は眉を寄せ、紙を机いっぱいに広げた。
第一切断機の材料受け、第三加工機の位置決め板、洗浄台横の水受け、梱包台の棚受け、旧型機の安全カバーを押さえる金具、機械の脚に噛ませた薄板。ほかにも用途の分かりにくい受けや板が並び、「前から使用」「たぶん仮」「誰が作ったか不明」といった曖昧な言葉が添えられていた。
寸法が入っているのは二件だけだったが、その数字も現物を測ったのか、残っていた図面から写したのか分からない。
谷口佳代は一次受け席から一覧を眺め、赤い未判断トレーへ手を伸ばした。
「これは、ここでいいでしょうか」
佐野真紀は一枚目を読み終えてから頷いた。
「はい。現場確認の相談ではありますけど、十二件全部を黒瀬の仕事として受けるかどうかは、まだ決まっていません」
「一覧に入っていても、作るとは限らないんですね」
「作る前に、誰が見るべきものかを決めないと危ないものが混じっています」
谷口は三枚をまとめ、未判断トレーへ入れた。
直人は一覧を上から読み直した。
十二件あるから、十二個作る。そのまま受け取れば、黒瀬精機にはまとまった売上になる。だが、北河の月五十組が動き始め、クロフィックスも既存の販売店から追加相談が来ている。そこへ形も用途も違う個別品を十二件入れれば、作業台も機械も、入口の床予約も詰まる。
何より、十二件すべてが金具を新しくすれば解決する話とは思えなかった。
「オトン、先に現場で仕分けた方がええと思う」
「わしもそう思う」
隆夫は、機械の脚に噛ませた薄板の欄を指で押さえた。
「これなんか、床か据え付けに原因があったら、うちが新しい板を入れて終わりにはできん」
「安全カバーも、押さえ金具だけ見て作る話やないね」
「メーカーへ聞くもんも混じっとるな」
第二加工機横の正式品については、小池側との図面確認をすでに終え、南田板金へ正式な曲げ加工を依頼していた。赤札の仮品は完成まで残るものの、切り替える品と手順は決まっている。
隆夫はその控えを一覧の横へ置き、小池製作所へ電話を入れた。
「黒瀬です。一覧、受け取りました。十二件ありますけど、これを十二個の製作依頼としては受けません。まず半日、現場で仕分けさせてください。黒瀬で作るもの、板金屋や材料屋へ相談するもの、メーカーや機械屋へ戻すもの、小池さんの中で確認できるものに分けます」
受話器の向こうで、小池社長が何か尋ねた。
「仕分けにも費用はいただきます。直人と二人で半日見て、確認した内容を一覧にして返すところまでで、二万八千円です。製作や修理が決まった分は別見積もりになります」
隆夫は相手の返事を待ち、続けた。
「全部作るより安くなるかどうかは、まだ分かりません。ただ、要らんものまで作ることは避けられます。……はい。では来週の火曜午前でお願いします」
電話を切ると、美智子が台帳へ予定を書き込んだ。
「二人で半日、帰ってからまとめるんやろ。二万八千円で足りる?」
「安いかもしれん」
隆夫は一覧を揃えた。
「最初やから、どれだけ時間がかかるかも見たい。次も同じ値段にするとは言わんかった」
佐野はパソコンを立ち上げ、見積書の名称欄で手を止めた。
「名称は『現場確認』でよろしいですか」
「それやと、作る前提の確認みたいに見えるな」
直人は十二件の一覧を見た。
「『仮品一覧の現場仕分け』ではどうですか。何を作るかだけやなく、黒瀬が触らないものも分ける仕事なので」
隆夫は一度口の中で言い直し、頷いた。
「それでいこ。小池製作所、仮品一覧現場仕分け」
谷口が電話メモの余白へ、その名称を書き写した。
「作らないと決めるところにも、お金がかかるんですね」
美智子は赤鉛筆で金額を囲みながら答えた。
「見に行って、考えて、理由を付けて返すんやからね。何か買うのが決まってる無料の下見とは違うよ」
「前の会社では、見に来てもらうのはだいたい無料でした」
「そのあと、何か注文する話になったんちゃう?」
「そうでした」
谷口は小さく頷き、見積書の控えを小池のトレーへ移した。
火曜日の朝、隆夫と直人は小池製作所へ向かった。
第二加工機横では、赤札の付いた仮品が使われていた。大西が毎朝、ボルトの緩みと切粉の詰まりを見ており、その確認は小池側の控えにも残されている。正式品が届くまで仮品を使う期間と、切り替え後に赤札を外す段取りも決まっていた。
小池社長と浜野は、一覧を複写した紙を机へ並べて待っていた。
「今日は十二件、全部見てもらうつもりです」
小池社長が言うと、隆夫は鞄を置きながら首を横に振った。
「半日で見られるところまでです。急いで眺めただけでは、仕分けになりません。まず危ないものと、止まったら困るものから見ます」
直人は一覧を確認し、作業者が触れる場所、安全カバー、機械の動きに直接関わるものへ印を付けた。
最初に案内されたのは、第一切断機の材料受けだった。
古い鋼材を二本並べ、その下へ木片を噛ませて高さを合わせている。一覧には「仮の材料台。金属で作り直し希望」と書かれていた。
「木が減ってきたんで、同じ高さの鉄の台を作ってもらえたらと思ってます」
浜野の説明を聞きながらも、直人は寸法を取らなかった。
まず、普段扱っている長さの角材を持ってきてもらう。作業者が材料を載せ、切断機へ送る動きを見ると、二本ある仮台のうち、奥側はほとんど使われていなかった。長い材料を扱う時には、別のローラー台を出しているという。
「この奥の台、最後に使ったのはいつですか」
直人が尋ねると、作業者は鋼材を見ながら首を傾げた。
「三年くらい前かもしれません。長いのを続けて切った時、そのまま置いたんやと思います」
浜野が顔をしかめた。
「仮台が必要やと思ってたけど、置いてあるだけか」
さらに工場の隅を確認すると、高さ調整式のローラー台が一台、布をかぶせられたまま残っていた。回転軸は固着していたが、脚や高さ調整部に大きな変形はない。
隆夫は無理に動かさず、型式と状態を控えた。
「これを点検して、軸が直せるなら新しい台はいらんかもしれません。手前はこのローラー台、奥の仮台は撤去で足りそうです」
「ローラー台の整備は頼めますか」
「持ち帰って見てからです。軸だけで済むか、軸受まで傷んどるかで変わります」
一件目は、新規製作ではなく既存品の点検整備へ変わった。
二件目は、第三加工機の位置決め板だった。
薄い板を二枚重ね、ボルトで締めて使っている。片方が少しずれるため、作業者は材料を入れるたびに手で押し戻していた。
「同じ厚みの一枚板にしたら、ずれへんと思うんです」
浜野が言う。
直人は板へ触れる前に、機械が停止していることを確かめた。作業者に主電源を切ってもらい、再び動かない状態を浜野と一緒に確認してから、隆夫がボルトを緩める。
板を外すと、取り付け面には古い油と細かな粉が固まり、平らに座っていなかった。ボルト穴にも余裕があり、締めるたびに位置が動いていたらしい。
「一枚にすれば丈夫にはなります」
隆夫は取り付け面を指した。
「ただ、今ずれとる原因は板が二枚やからやない。ここに粉を噛んどるのと、穴に余裕があるまま位置を決めずに締めとるからです。新しい板を作っても、同じ締め方をしたらまたずれます」
取り付け面を清掃し、重ねた板を正しい位置へ戻して締め直す。電源を戻した後、作業者が材料を何度か当てたが、板は動かなかった。
一覧には「製作保留」と記した。清掃後の位置を一週間使い、それでもずれが出る場合だけ、一枚板と位置決め方法を検討する。
三件目は、旧型機の安全カバーだった。
蝶番の一部が傷み、閉めた時に隙間ができるため、細い金具で外側から押さえている。形だけなら黒瀬でも作れるが、カバーの内側には回転部があり、本来どこまで閉じるべきなのか、開閉と機械停止がどう関わっているのかを浜野も説明できなかった。
隆夫は金具へ手を伸ばさず、型式表示を見た。
「これは、うちで押さえ金具だけ作ったらあかん」
小池社長の表情が曇る。
「メーカー、まだ見てくれるかな」
「そこは聞いてみんと分かりません。まず型式と製造番号、それからカバー全体と蝶番の写真を揃えてください。メーカーが無理なら、この機械を扱っている業者を探す。黒瀬が触るのは、その返事をもらってからです」
「金具だけ新しくするのも?」
「新しい金具が強すぎて、本来閉じる位置を越えて押さえるかもしれません。逆に、隙間を残したまま固定するかもしれん。そこは責任を持てません」
隆夫がそう答えると、小池社長はしばらく機械を見た後、浜野へ向き直った。
「今日はこれ、使うな。型式と番号を控えて、機械屋にも電話してくれ」
「分かりました」
三件を見た時点で、一時間半が過ぎていた。
十二件を順番に眺めるだけなら、半日で回れたかもしれない。だが、作らない理由まで出すには、作業者を呼び、実際の使い方と周囲の状態を見る必要がある。
直人は残りの順番を入れ替えた。
洗浄台横の水受けは、使っている洗浄液の種類と温度が分からないため、その確認を小池側へ戻した。条件が揃った後で、南田板金か材料商社へ材質を相談し、表面処理が必要なら吉岡メッキにも話を通す。
機械の脚に噛ませた薄板は、単なる高さ調整なのか、床や据え付けの問題なのか判断できない。ここは機械の据え付けを見られる業者が先だった。
梱包台の棚受けは、移設時に足りなくなった部品らしく、倉庫に元の金具が残っている可能性が出てきた。作る前に、小池側で探してもらうことにした。
半日で現物まで見られたのは七件だった。
新しく作る可能性が高いものは二件、既存品の点検整備で済みそうなものが二件、小池側で部品を探し直すものが一件、メーカーまたは据え付け業者へ確認するものが二件。残る五件は、次回へ回した。
小池製作所の事務所へ戻ると、隆夫は書き込んだ一覧を小池社長の前へ置いた。
「今日はここまでです」
小池社長は、十二件のうち二件にしか「製作候補」と書かれていない紙を眺めた。
「もっと作ってもらうことになると思ってたわ」
「作るだけなら、その方が早いです」
隆夫は椅子へ腰を下ろした。
「でも、要らんものを作ったら置き場が増えます。原因が別にあるもんへ金具を足したら、次に止まった時、もっと分からんようになる」
浜野が残り五件の欄を見た。
「次も見てもらえますか」
「見ます。ただし、今日と同じく半日で区切ります。その前に、洗浄液の条件、機械の型式、倉庫に残っとる部品を小池さんで確認してください。揃っていないものを見に来ても、同じ場所で止まります」
小池社長は見積書の控えへ目を落とした。
「二万八千円で七件見て、作る候補は二件か」
直人は、わずかに身構えた。
だが、小池社長は不満を口にせず、十二件の一覧を軽く持ち上げた。
「これ全部作られてたら、いくら払ったか分からんな。しかも、奥の材料台みたいに使わんもんまで増えとった」
隆夫が苦笑した。
「うちの部品売上は減りましたけどね」
「その代わり、次も頼めるわ。何でも作ります言われるより、これは作らん方がええと言われた方が助かる時もある」
帰りの車で、隆夫は助手席に置いた一覧を信号待ちのたびに見ていた。
「二万八千円、やっぱり安かったな」
「七件で半日やし、戻って報告書も作るからね」
「次は三万五千円でもええか」
「一律より、条件を決めた方がええと思う。事前一覧があるか、作業者に立ち会ってもらえるか、型式や使用条件が分かってるかで、見られる数が変わる」
「ほな、半日二人、事前一覧あり、作業者立会い、報告書付き。そこを基本にして、資料が足らん時は別やな」
「うん。今日どこで時間がかかったかも、佐野さんに残してもらおう」
隆夫は前を見たまま頷いた。
「ただでやったら次もただになる。安う始めても、同じ値段のまま続けたらあかんな」
黒瀬精機へ戻ると、佐野が小池製作所からの電話メモを机に置いて待っていた。予定表に記した帰社時刻を確認する電話で、佐野は午後一時半頃とだけ答えている。納期や製作可否については何も返していなかった。
隆夫は一覧を佐野へ渡した。
「七件見た。製作候補が二件、点検整備が二件、小池さんで探すのが一件、メーカーか据え付け業者へ回すのが二件。残り五件は次回や」
佐野は紙を一枚ずつ確認し、パソコンへ入力し始めた。途中で、第三加工機の欄にある「製作保留」を見て手を止める。
「作らなかった件も、報告書へ入れますか」
「入れてくれ」
隆夫は迷わなかった。
「何も作らんかったとだけ書いたら、何もしてへんみたいになる。何を見て、何で作らんかったかを残したい」
美智子も一覧を引き寄せ、安全カバーの欄へ赤鉛筆で印を付けた。
「これは、黒瀬が断ったのか、外の返事待ちなのか分かるようにしとこ。小池さんから連絡が来た時、そこで止まるから」
「では、『外部確認待ち』にします」
佐野は報告書の項目を、製作候補、既存品整備、小池側確認、外部確認待ち、次回確認の五つに分けた。図面番号を付ける画面ではなく、現場で分けた理由を文章にする画面が開いている。
午後、森川が製作候補の二件を確認した。
一件は南田板金へ形状を相談し、もう一件は黒瀬で材質と穴位置を詰めてから見積もる。どちらも急ぎではなく、既存の仕事を押し退けて機械へ載せる必要はなかった。
美智子は台帳へ二万八千円を書き込み、その横に「製作代別」と添えた。
十二件あった一覧のうち、作業台へ回された札は二枚だけだった。
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