ミスフォーチュン・クッキー 4
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市立柏木第二病院、私達はロアムのお母さんが入院している病院に到着した。最寄り駅からバスで一〇分、中々に交通の弁が良い場所だ。
病院の外来受付で面会に来た事を伝えると、看護婦が顔を見るなり手慣れた様子で処理を済ませる。このやり取りだけでもロアムは毎日欠かさず母親の面会に訪れている事が窺える。
「ロアム君、今日はお友達も一緒なのね。あ、そういえば少し前に彼女さんも来てたわよ」
受付の看護婦さんは、信じ難い事を口にした。ロアムに彼女がいるとな⁉︎
「ロアム! アンタ彼女いんの?」
「うん。最近できたんだけど、マコトちゃんが声掛けてきた時に言わなかったっけ?」
「え? 言ったっけ?」……ヤバまったく憶えていない。あの時、ロアムの対応にムカついた事しか憶えていない。
「ああ、確かに言ってやがったな。彼女がいるから付き合えないって」
ガーン……シキは憶えていた。
「んっん〜。そっか、まぁ何と言うかおめでとう。彼女いるとか、メッチャ青春してんじゃん」
「青春か。いや、僕は今まで女の子に告白なんてされなかったんだけどさ。何故か最近になって沢山の女子から告白されたんだ……今の彼女はその内の一人です。」
「ふ〜ん、いろんな娘にコクられてたから、私が声を掛けた時もそう思ったわけか」
ロアムは、別にイケメンって訳でもなく普通の男子だと思う。……それなのに沢山の女の子に愛の告白をされたのか。ひょっとして、ロアムは世間一般ではイケメンなのか? う〜〜ん世間一般の基準に疎い私には分からないな。
「でね、真ちゃん! 僕の彼女ミスズちゃんっていうんだけど。」
「すごく優しくて、容姿も完璧な可愛い娘なんだ! 母のお見舞いも毎日来てくれるし……将来結婚したらいい奥さんに成ると思わない? 絶対になるよね‼︎ 家は大きくなくてもいい。僕は、慎ましく幸せな家庭を彼女と築くんだ」
聞いてもいない事をベラベラと……私は、お前の彼女とか興味ないんだけどな。ロアムの下らない未来予想図を長々と聞かされ辟易していると、
「二人ともちょっと待て、病室に入る前に寄りたいところがあるんだが」ナイス、シッキー。これでロアムのしょーもない惚気話を聞かなくて済む!
「シッキーどうしたの? お手洗い⁉︎ 私も付き合うよ」
「いや、便所じゃねぇ。ちっと喉乾いたからよぉ……カフェテラス行ってから病室行こうぜ」
「便所って、アンタ……」
「あ、じゃあ僕は先に母の病室に行ってるよ。二人はゆっくり来てくれればいいから」
「待てロアム。テメーも来るんだよ! アタシは財布持ってねぇんだからよ、誰がアタシと真の飲み物買うってんだ?」
……しかも、単なるタカリだった。レシピの影響か? ロアム不運だな。
結局カフェテラスに寄り、ロアムの惚気話を聞かされて、ようやく病室前に着いた。
この扉の向こうにロアムの彼女とお母さんがいるのか……対人スキルが乏しい私は、生唾をゴクリと飲む。悪魔相手なら気兼ね無く一緒に居られるんだけど、何故か人間が相手だと緊張するんだよな。
少し緊張した面持ちのロアムと私は、病室の戸に手をかける……すると、
「いいか、お前ら。アタシの言った通りに振る舞えよ」とシキが小声で声をかける。ロアムが頷き戸を開けると、お母さんらしき女性が管に繋がれベッドで寝ている。その隣に、この世の者とは思えない美少女が佇んでいた。……例の彼女だ。
艶のある亜麻色のロングヘアに幼さの残る綺麗な顔。「美少女」という名詞は、この彼女の為に有るのではないか? と思うくらいに、同性の私でも見惚れてしまった。
だが、彼女の胸を見て我に帰る。メッチャ巨乳じゃん……うらやま! ロアム曰く、容姿も完璧な可愛い娘。だったか? 全く、男というヤツはこれだから……
「あら、ロアムさん。ごきげんよう」私達に気付いた彼女は、優雅な挨拶をした。
しかし「ごきげんよう。」と来ましたか……所作までも美少女。非の打ち所がなくて逆に笑える。清潔感のある室内に、微かな風でゆらめくカーテン。程よい自然光に照らされたこの場所は、何だか映画のワンシーンみたいだった。
「ミスズさん、こんにちは。今日も母のお見舞いに来てくれたんだね、ありがとう」
「いえいえ、お母様のお見舞いは、わたくしが望んで来ている事ですからお気遣いなく。それに、未来の旦那様のお母様ですもの……喜んで介抱いたしますわ。」
「はは……」ロアムは、申し訳ない様子で苦笑する。
「それでロアムさん、其方の方々は?」
「ああ、彼女達は僕の幼友達で……マコトちゃんと、」
「黒井木シキだ」シキは、ロアムの紹介を遮るように自己紹介をした。
そして、ロアムの巨乳彼女。もとい、ミスズはシキの名前を聴いてピクリと身体が動いた。
「おやおや? ピクついてどうしちまった? ミスズちゃんよぉ……「黒井木シキ」どっかで聞いた名前だなぁ……ってか?」
「……なるほど、貴女が噂の黒井木シキ。という事は、貴女達は回収屋という事ですね」
「あの、ミスズさん。シキちゃんとは知り合いなの? はは……というか回収屋って何?」
ミスズは、ロアムの言葉を聞いて私達に視線を走らせる。だが私達には興味が無いのか、鼻で笑ってシキへと視線を戻した。
「白々しい。ロアムさんは、貴女の側についた。という事ですかね……」
ミスズの呟く様な問いにロアムが口を挟もうとする。
「ロアムさんは黙っててもらえますか。貴方には最初から何の興味なんて無いのですから。」と一蹴した。
「何だテメー、ずいぶん冷てぇじゃねえか。ロアムはお前の彼氏なんだろ? ケケ、それともロアムがアタシの側についたからジェラシーで怒ってんのか?」
「ジェラシー? 怒る? いえ、全然。ただ少しムカつきはしましたね。丹精を込めて作ったデコレーションケーキ、もう少しで完成というところで、何処かのバカが横からつまみ食いをしてぶち壊してくれたのですから……」
「でもね、デコレーションケーキはぶち壊れてもケーキなんです。またデコレーションすればいいだけ……今度は、イチゴが乗ったシンプルなヤツを作りますよ。おまけにチョコレートプレートにメッセージも書いてあげましょうか。」
ミスズは、ゆっくりとロアムの母親へ右手を差し出す。その右手は既に人の手の形をしていなかった。ナイフの様な指先を母親の首に突きつけ、話を続ける。
「メッセージは……『この女を殺されたくなかったら、レシピを私に渡せ』です。ねぇ……良いメッセージだと思いませんか? ロアムさん?」
「クッ……」
「ロアム、落ち着いて。ここまでは予想通りだよ! この先も想定通りになるから、私達はシキの言い付け通りに静かにしよ。というか、それしか出来ないよ!」
私の小声の忠告に、ロアムは感情を抑え小さく頷いた……。
そう、ここまではシキの予想通りだ。そして、これから先の展開もシキの想定通りに事が運ぶ。私達はそうやって多くの悪魔を退けて来たんだ……シキに謀がバレた時点で、相手の悪魔は詰んでいる。
私は、状況を静観しながら少し前にシキとロアムが話していた事を思い出していた……
今より二十分前、カフェテラスにて……
「えっ⁉︎ ミスズちゃんが悪魔? ……そんな馬鹿な事、ある訳ないよ‼︎」
ロアムの怒号が静かなカフェテラスに響き渡る。
「……ロアム信じられないと思うが、十中八九お前の彼女はレシピを横取りに来た悪魔だ。」
「落ち着いてロアム。というか、シッキー……そう思う根拠は? 仮にもロアムの恋人を悪魔呼ばわりしているんだから、明確な証拠がないとロアムも納得しないっしょ。」
「フン。証拠は見てのお楽しみだが、根拠なら言えるぜ。そうだな……ロアム、お前今の彼女が出来る前に沢山の女共から愛の告白を受けたと言っていたよな?」
「うん、そうだけど……」
「お前に告白して来た女共、回数を重ねる事にお前好みの女が告白しに来なかったか? 例えば、目はもう少し大きい方が好みと思ったら、次に告白しに来た女は目が大きかったとか。」
「あ……」
どうやらロアムには心当たりがあるようだ。
「これはな、下級の淫魔が男を堕とす時に使う常套手段だ。最初は普通の女の姿でアプローチをかける。まぁ、大体の男はこの一手で堕ちるんだが……」
「ロアムみてぇに未来を見据えてパートナーを選んでいる奴を堕とす場合は、淫魔側もアプローチを変えてくる。相手の好みを研究して何度も何度も、挑むんだ。文字通り姿形を変えてな」
「……でもさ、シッキー。その悪魔は、どうしてロアムの好みが分かったの? まさか、毎回ロアムが口頭で「お前のココが気に食わん」って、言った訳でもなかろうに」
「ちょ! マコトちゃん、僕がそんな酷いこと言う訳ないじゃないか‼︎」
……いや、それに近い事をアンタは私に言ったけどね。と、反論しようと思ったが私はその事実を静かに心の奥へしまった。
「真、ロアム。よく憶えとけよ。さっき、下級淫魔の常套手段と言った事だが、殆どの悪魔は、やらないだけで人間と会話している時にソイツが思い浮かぶイメージを視る事が出来るんだ……ロアム、お前今クリームソーダを彼女と食べたいと思ったろ?」
「えっ!」
「落ち着いた雰囲気の喫茶店、照明は少し薄暗い。ジャズが流れていて、クリームソーダには一本のストロー。飲み口の方がハートの形になっていて二つに分かれているやつだな……」
「うわぁ! ちょ、ちょっと! シキちゃん、もうやめて‼︎」
ロアムは顔を真っ赤にして慌てふためいている……シキの話は本当だったのか? ロアム、彼女の事ガチで好きなんだな。しかも、意外とロマンチスストでウケる。
「さて、根拠を話したとこで、ここからが本題だ。ロアム、悪魔のヤローは、お前の事なんざ屁とも思っちゃいねぇ。ヤツの目的は徹頭徹尾デビルクラフトの強奪だ。魔界じゃ悪魔の階級が上がるくらい高値で取引きされてるからな。」
「強硬手段に出ないのは、魔界と人間界に定められた『ルール』を侵したくないからだ。このルールってのが……」
「まぁ、いいや。話すと長くなる。とにかく、あくまでお前の同意がないとレシピは手に入れられないのさ。毎日、母親のお見舞いに来てんのも、計算あっての事だろうな」
「…………」
ロアムは黙り込んでしまった。無理もない話か、事故で父親を失い母親は意識不明。おまけに大好きな彼女はロアムの持ってるレシピを奪いに来た淫魔で、彼の事を騙していた訳だ。
「まぁ、心配すんなロアム。淫魔のヤローには、アタシがキツイお仕置きを喰らわせてから、キッチリ魔界に撃退してやるからよ。とにかく、病室に入ったら普通に振る舞え。アタシの名前を出せばヤローは直ぐにボロを出す。恋心を弄ぶようなやつは淫魔は下級だからな」
「シキちゃん、一つお願いがあるんだけど……」
「ちょっと待て、シキちゃんってお前……まぁいいや。何だ? 言ってみろ。」
「あ、いや待て分かったぞ! ケケケ、自分を騙したクソ彼女の顔面を思いっきりブン殴りたいんだろ? いいぜ、いいぜ。やっちまえ!」
シキは、満面の笑みで殴る仕草をしてみせた。
「いや、シッキーじゃないんだからさ。ロアムはそんな事しないっしょ」
「はは……うん、そうだね。」
「僕のお願いは……もし、ミスズちゃんが悪魔だったら。撃退する前に、彼女に一言言わせて欲しい。これ一つなんだけど、頼めるかな?」
「……ふん、何だそんなつまんねー事か。でも、ロアムにはジュース奢って貰ったからな……お願いくらいは聞いてやるぜ」
「うん……ありがとうシキちゃん」
「それとな……お前が彼女の事をどう思っているのか知らねぇが、全てを丸く収めたいのならアタシの事を信じろ。いいか? 何があってもアタシを信じろよ」
…………そして今、彼女は本性を現した。ミスズは悪魔だったのだ
「さぁ、ロアムさん。どうします? 素直にレシピを渡すか……それとも、母親を殺された後で私にレシピを奪われるか……どちらにしろ貴方の意思で選んで下さいませ!」
ミスズは、自身の尻尾をロアムに向け、実に悪魔らしい脅し文句を吐いた。母親を人質にレシピを奪う気だ。
「……ケケケッ、クク、ハハハハハッ!」
「……何が可笑しいんですか? 回収屋さん」
「いや、悪ぃ。まんま雑魚が言いそうなセリフだったからよ、笑いが堪えきれなかったわ」
「雑魚? それを言うならアナタの方でしょう?」
「へぇ、アタシが雑魚だって? 上級悪魔である、この黒井木シキが?」
「……フフ、妙なハッタリは止めてくださいな。私は知っているのですよ、アナタが魔界で侮蔑的な扱いを受けている事を。」
「……黒井木シキという名前。確か、魔界では無能な回収屋として有名でしたよね? 今までに回収出来たデビルクラフトはゼロでしたっけ?」
「フフフフ、笑いが堪え切れないと言うのであれば、私の方ですわっ!」
しばらくの間、病室内には静寂が訪れる。シキは黙り込んで下を向いてしまった。……ミスズの魔力は、雑魚と言うには結構多い。悪魔的な強さで言うなら中の上だ。
「ケケ……無能な回収屋か。毎回思うが、面と向かって言われるとマジに腹立つのな。」
そう言うとシキは、思い出したかのように動き出す。ゆっくりと一歩ずつ、ミスズとロアムの母親に向けて近付いて行く。
「おい……動くなよ、回収屋。それ以上私に近づいたら、この女を殺すぞ?」
シキは、ミスズの脅しに屈しない。不吉な笑みを浮かべ……一歩、また一歩とミスズに近づいていく。そして、掛けている丸眼鏡を外した……
その瞬間、もの凄い爆音と衝撃波が私の身体を貫いた! ……いや、現実にはこれらの事は起こっていない。実際、ロアムは何事も無い素振りでいるし、カーテンも微かな風に揺らめいているだけだ。
これらの効果を実体験として感知したのは、魔力を認識できる私と、シキと同じ悪魔のミスズだけだ。
「ヒッツ‼︎」
ミスズの口から情けない悲鳴が漏れる。
それもそのはずで……私達が今、体感しているイメージは「目の前に巨大な炎の壁が現れた!」みたいなものなのだ。
私も、マジになったシキの魔力には慣れない。強力すぎて、視ると今だに悪寒が走る。
「おい、ミスズゥ……さっきの言葉、そっくりそのままテメェに返してやるよぉ!」
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