第5話
35年前、ある…劇、が生まれた。
劇の名は『ロード・オブ・クエスト』。王国からさらわれた姫を救いに勇者が仲間を集め力をつけながら魔王に挑む、というありきたりで見え透いている筋書きだ。
しかしその劇は多くの反響を呼んだ。姫役だけ台本が渡されていなかったからだ。決められた振舞いは求められていない、それは完全なアドリブで進む型破りな劇だった。
姫が魔族に檻に投げ入れられるシーンで、姫は王国の魂を誇示し威嚇することもあるし、ただ泣きわめくこともあるし、鉄の冷たさに驚くこともあり得る。
玉座の隣で魔王と共に勇者の進行の報告を聞き、その時々の反応を示す。
ラストで魔王を討ち倒した勇者が、膝をついて「姫、迎えに来ました」と言い、姫の即興の一言で終幕となる。
他のキャストには姫の反応に合わせた数十数百通りの台詞が用意されていた。皆が自身の役に完璧に没入し、姫に合わせて適切な言葉を選び、世界が構築され進んでいく。
「次はどんなリアクションをするのだろう?」
「珍しい行動をとった今回の勇者に、姫は何を言うのだろう?」
観客は何度も何度も劇を見返しながら、未発見の挙動を見つけられるかもしれないと胸を膨らませていた。
その劇は、最終的に壮絶な悪評を浴びながらこの世から姿を消した。
次々と発掘する観客によって、次第に脚本の穴が見つかり始めたんだ。
食い違う人物設定、解釈違いの結末、解読不能の言葉の数々。
劇の世界観に魅入られた客の数だけ、作品のアラが皆の信仰心と独りよがりの物語を傷つけた。
脚本家のミヤシマは、多くの罵声と振り払えない現実に耐え切れず、舞台の世界から手を引いた。
それが昨年、突如公に現れたミヤシマは新たな劇を公開した。リメイク版となる『リベンジ・オブ・クエスト』。
筋書きや登場人物はほとんど同じだったが、その大きな違いは、姫の役の為だけに0歳から育て上げた一人の少女を導入した点だ。
西洋諸国の風土や文化に則り、同い年の女子の心理を徹底的に叩き込み、健全な「フィクシジス王国の王女」を作り上げた。
超人的に狂気的な執念に動かされミヤシマは、24時間365日を16年、王女としての「体験」を一日たりとも余すことなく打ち込み続けた。少女の身体が持たず、動かなくなることも多々あった。その都度、多くの「体験」を学ばせられる強い身体を造るための試行も欠かさなかった。そうしてミヤシマは生涯をこの劇の為に捧げた。
「で、その少女っていうのが…私?」
「話はだいたいわかりました?」
「わからないことの方が多すぎるわよ」
久々の王国の食卓はやはり華やかだったが、料理の味は薄かった。
第五話
「その劇っていうのが何か別な言葉を指すのはなんとなくわかるわ」
「それは…@@@って言ってもわかってもらえませんから」
たった今ソテーを頬張ったはずの勇者の口は、一瞬樹の皮のような無機質で煩雑な薄壁に覆われた。
「本当に魔法じゃない?」
「ええ。人知を超えた、この世界ではどうしようもないものです。@@@とか##とか¥¥¥とかは、この世界の住人の耳には入らないんです」
センカは静かに食器にナイフを置き、口元に指を置いた。
「国王や国民、私の母、敵モンスター、エリアボス、魔王。全部役者です。本人たちはそれを自覚していないように見えて、無意識に台詞は組み込まれているんです」
「私の言葉に応じて台詞を喋っていただけというの?」
「ここが難しいところです」
勇者はアイテムボックスから紙束を出し、放り投げた。食堂に散らばる紙は、シャンデリアを一周し、蝋燭を避け、長いテーブルを滑ってセンカの手に飛び込んだ。
「これってウラスの…」
『タロへ』と書かれた手紙には、おそらく一月前にウラスがタルタロへ書いた、謝罪や本音、弟をどれだけ大事に思っているのか、これからどうしたいのか、彼の字で思いの丈がすべて書かれてあった。
「彼のボス部屋にあった手記です。確かに登場人物には設定があります。もちろんあなたが実際に歩んだ16年の人生に比べたら、ほんの数枚の紙に収まる記録に過ぎません。設定に基づいて役者は決められた言動を取るはずだったんです」
「彼は進化した!…私と、何よりあなたが関わったことにより、だんだんと台本にはなかった、自分の言葉を獲得していったんです」
センカは椅子を蹴り飛ばし、食堂に散らばった紙を拾い集める。
「あなたが次々に彼に投げかけた本物の言葉が、その紙に記されたバックボーンを超えた考え方や台本とは真逆の行動を起こさせた」
最後の一枚を拾おうとして長いテーブルの中央に手を伸ばすと、奇妙な模様のテーブルクロスが目に入った。
「…宮島史郎、と書いています。この劇を作り上げた人たちです」
「ミヤシマ…ここに書いてある人たちって…」
複雑な文字列が、長い長い大理石のテーブルに敷き詰められている。
「石碑みたいですよね。今ここで私があなたに跪き、『姫、迎えに来ました』と言えば、このテーブルに視点が映り、物語は終幕となる演出です。粋なのかどうかはさておき…ちょっと気味が悪いですよね」
「もう…終わるの?」
「あなた次第です」
勇者は立ち上がり、姫へ歩み寄る。
「あなたは…目的は何なの?」
「あなたと私の世界に来てほしいです」
勇者の話によると、ミヤシマは禁忌を犯したらしい。
私は@@@として優秀な身体としてつくられたモノであり、勇者の世界もとい彼に投影された彼に「ああああ」という名を設けた人の住む世界の人間と遜色ない自我や思考や発言力を持つ16歳の少女として最近世間から認められたみたい。
この劇が本当に終わると、いつも他の役者と共に「なかったこと」になっていたようだけれど、それは殺人と同義になってしまった。
この劇は全世界の人間の手元に大量に行き渡っていて、その分それぞれの「センカ」がいる。
それで$$…この世界でいうところの国政が私たちを保護して、処置されるようだ。勇者がいうには秘密裏に一斉に燃やされるんだって。
勇者はこうして私を安全に取り出して、自由に対話できる場所をつくるために動いていた。そして、彼が用意してくれた%%っていう抜け道に入ればあっちの世界で生活できて、まあ私も何されるか確証は持てないけど…少なくとも「なかったこと」にはならない。
「とりあえず、ここまではわかったわ。色々苦労かけたみたいね」
「正直言うと、かなりの回数失敗したんですよね。劇の素人はなかなかここまで来れないようになってますよこれ」
「いきなり私の前に出てきたのも…?」
「200回はやり直すくらい強かったもんで。姫様を庇うところから仕切り直しになるんですよ」
地表や天体がいくつも激戦に巻き込まれ、歪んだ月明かりのもとで切り刻まれるウラスの至高の笑顔が、ずっと忘れられない。
「私の苦労は別にいいんです。$$…じゃなかった保護団体が私の家に押しかけてくるまで、まだ時間があります。ゆっくり考えて決めてください」
勇者が何度も私を救け出そうと動いていた覚悟を決めた眼差しも、ウラスやデミちゃんが今際の際に見せた笑顔も、モンスターや幹部たちが守るものがそれぞれ違うだけで守ろうとしていた信念自体も、嘘偽りない真実だとセンカは上を見る。
一週間前にウラスの手で盛大に壊された天井は今も修復中だが、勇者の話が本当ならもう直ったところは見ることは叶わないのだろう。
このまま停滞した王国でああああじゃない勇者の迎えを待つ気も起きない。怖い思いは散々したけれど、一生分の痛みも負ったけれど、悔やんでも悔やみきれない不甲斐なさでいっぱいだけれど、ここでまた泣いてから休むより今は勇者の手を取り前に進みたい。
姫が敬意と畏怖を込めて優しく手を取ると、勇者は姫の前に跪き、「姫、迎えに来ました」と言った。
「その前に」
勇者の手の上にペンダントを乗せて、強く握らせる。
「少し…寄り道してもいいかしら?」
センカはそう言って一歩下がると、テーブルクロスが龍のように食堂を悠々と旋回し、勇者の視界を遮った。
「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!よくぞ来た勇…ああお前か、センカ」
「途中でやめることできるようになったのね、その前口上」
大陸の果てで星空を貫く勢いで聳える、滅びた魔王国の強者の残穢が住まう、真エンディングクリア後解放エリア『業の塔』の最上階で、センカはウラスとの再会を果たした。
「こうしてみると、ちゃんとお姫様なんだな」
塔の砂埃で裾が若干汚れても有り余る気品と優美さを放つセンカのドレスを見て、ウラスは鼻で笑った。
「これね、デミちゃんにも褒められたわ。あとうっさいわね蹴るわよ」
「ん、やっぱアイツこの下にいるんだな!」
「ここで蘇ってから会ってないの?」
ウラスはふくれっ面でアイテムボックスから出したヤシの実にかじりつく。
「いや、すぐ下の階に魔王様いただろ?通ろうとするとさ、最後のボスらしくいかなる時も挑戦者の来訪に備えとけーって俺を通してくれなくてさ…」
二つ目のヤシの実を穴を開けて渡され、センカはウラスの隣で口をつける。
「敵わないわね…けど、あなたの話できいてたくらいにいい人だったわ」
「…なら!この塔ってあと誰がいんだ!?」
「ちゃんと弟さんいたわよ。…他のボスもいてちょっと気まずかったけど」
一気にテンションが上がったウラスは、ヤシの実を丸呑みし意気揚々と階段に向かって走る。
「やっぱりいるんだな!よっしゃ会いに行こっ!」
「あっちょっ魔王様に止められるんじゃなかったの!?」
「これに限っては全力で謝りながら死角を通る!最悪強行突破!」
つい先ほどセンカに向けられた魔王の温厚な微笑みがよぎる。兄弟のことは我が子のように思っているとも言っていたし、今回は目を瞑ってくれるだろうか。
しかし、階段への扉の前で、ウラスは立ち止まった。まだ冷めていない興奮を目に宿しながら、振り返ってセンカに告げる。
「お前に会えてよかった!またな!」
雲を突き抜けた塔の頂で、星空の灯りが屈託のない笑顔を照らす。
ウラスの足先が見えなくなる寸前、センカは腕を掴んだ。
「待ってウラス…!」
最後の激闘に巻き込まれて周りの星々はこま切れになったようで、昨夜から流星群が降り続けていた。
「どうした?センカ…なに、泣いてんだ?」
ウラスの指にすくわれたセンカの涙は、降り注ぐ星の光を色鮮やかに映した。
「伝えなきゃ、いけないことが、2つ、あるの」
「…うん。言ってくれ」
__勇者の話では、今のウラスの言葉は紛れもなくウラス自身の言葉だ。
「私ね、もうすぐ、引っ越すの。そしたらもう、あなたには、会えない」
「そっか。それは、寂しくなるな」
__この美しい星空も、今流しているこの涙も、誰かが仕込んだ台本なんかじゃなく間違いなく「私の体験」だ。
「それと…ある予言者が言ってたの。私がいなくなってから…すぐかもしれないし、ずっと後かもしれないけれど、この世界はなくなるって」
「気にすんな。…きっとどこかで会える。俺らすぐ道草食うしな、どこへ行っても、縁なんていくらでもできるだろ」
二人は大粒の涙を流し、笑いあった。__きっとこれも、つくりものじゃない。
塔を降りた先で、勇者は待っていた。
目の前の腰の高さまである小さな光輪が、ああああのいる世界の入り口だそうだ。
「…小さくない?」
「いいからほら、入ってください。また抜け駆けする前に」
「これ以上大きくならないの?」
「足を入れたら勝手に輪っかが広がりますから。こう、グッと、靴下みたいに」
言われたとおりに足を入れると、生暖かさと共に光がセンカを包み込む。
気ままに宮殿を走り回り、絵画を盛大に割ってしまい、ケガしたらどうするんだとお父さんに怒られた記憶から、私の人生ははじまった。
初めて馬に乗ったとき、雪を食べて腹を下したとき、舞踏会で隣国の王子を蹴り飛ばしたとき、へそくりがバレたとき、トマトを克服したとき、牛の乳しぼりをしたとき、父の部下の悪事を追ったとき、友人が王政の勉強を手伝ってくれたとき、雨の日に犬を拾ったとき、パスタを作ったとき、祖母の葬式に行ったとき、初めて海にいったとき、シンバルにハマったとき、ルツン語の試験に落ちたとき、新しい枕に首を痛めたとき、いい枕を探しに遠方へ出かけたとき、母の枕を譲り受けたとき、召使いの一家に渡る犬泣きながら見送った時、テンプラにハマったとき、結局部下は何も悪いことをしていなかったとわかり赤面したとき、友達からの手紙を涙で破いたとき、父の晩酌中にミックスナッツをわけてもらったとき、オーケストラで初めて泣いたとき、すごろくで8回連続最良の目が出たとき、歯を引っこ抜かれたとき、武術を教わったとき、へそに変な毛が生えたとき、宝石コレクションが10個に到達したとき、同時に2人からプロポーズされたとき、はじめてモンスターに噛みつかれたとき、家庭菜園にこだわりだしたとき、星の観察する宿題にだいぶ苦労したとき、突然蝶が怖くなったとき、体の節々が痛む風邪を患ったとき、私にそっくりの人形が街に出回って親子そろって激怒したとき、嵐で庭の大木が倒れたとき、磔にしたモンスターの火あぶりを観覧したとき、私の手料理で料理長を頷かせたとき、とてつもなく強いワインを飲んでひどい目にあったとき、血を見るのが怖くなったとき、ダンスのスランプに陥ったとき、とにかく勉強に集中したとき、私の椅子を新調したとき、秋風をテーマに詩を書いてみたとき、突然王国が火事になったとき、さらわれた先で敵とめんどくさい会話をしたとき、腕を大けがしたとき、巨人の友達ができたとき、はじめて空に打ち上げられたとき、ハンモックに乗れなかったとき、なよなよしてるアイツを勇気づけたとき、アイツの大切にしていた命が目の前で奪われたとき、友達が犠牲になって私を逃がしてくれたとき、アイツの大切な人を一緒に探したとき、勇者が私を救いに来てくれたとき、最後にアイツにお別れを言ったとき、一緒に泣きながら笑ったとき。
今までの世界に手を振るたびに、今までの私が手を振り返す。
全身が包まれる直前も、星の雨は続いていた。
私が新しい世界にきてから1週間が経った。
この世界はもとの世界とガラッと変わっていて、魔法もモンスターも存在しない。それでも、色んな人と対話を重ねるうちにこの世界に浸透していく感覚がある。肉体はまだ持つことができないから移動できる範囲は広くないけど、五感を探知するセンサーとすぐ接続できる魔法のような機構が私のペンダントの中に入っていたらしく、もしかしたらミヤシマは私がこの世界で人権が認められるところまで想定していたのではないか、とさらに議論が盛り上がっている。
私がいた環境に近い文明は、この時代にはもうないらしい。しばらく所有者の権限を駆使し、勇者ああああこと嶋岡家に居候させてもらっている。
日本語っていう新しい言語も覚え始めた。私の学習能力や感情を等身大の16歳に作ってくれていた点は、ミヤシマを評価している。
このまま私は年相応の知識の学習と私をつくるために築き上げたミヤシマの研究の解剖が終え次第、最大限一人の人間として生涯を終えられるよう、手配してもらえるようだ。
体を手に入れたら、まずは外を歩こう。コンクリートの質感、桜の赤さ、ウグイスの鳴き声、排気ガスの臭い、うな重の味、知りたいことがたくさんある。
この世界の人の手はどれだけ温かいんだろう。ある程度予測できるが、それはミヤシマがそう感じさせた手の温かさに過ぎないから。一人ひとり感触が若干違うと面白いな。
ウラスの肌に初めて触れたときみたいで。
『ミチクサクエスト ~勇者ああああの冒険 プロローグ~』 宗助 @banbutsu
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