ショート7 死神、残業中

死神の仕事は、対象の魂を回収すること。

ミスなく、人に情を持たず、なにより定時で終える——それが基本だった。


新人死神・クロが配属されたのは、第三魂回収課。

第三魂回収課は、いつも騒がしい。


「人間ども!もっと寝ろ!!」


第三魂回収課のシロガネは、毎朝同じ叫び声で目覚める。三十二連勤目の朝だった。


「課長、また夢でお叱りですか?」


隣席の古参死神・ハイが苦笑する。彼は七十六年間無遅刻記録保持者だ。

シロガネは机上の『死亡者リスト』を叩いた。


「見てみろよ。昨日だけで深夜死亡二百五十三件。しかも原因の八割が過労死!」


ハイはため息をつく。


「現世は働き方改革とか言いながら残業天国。医療は高度化するのに生活習慣は乱れる一方。我々から見れば滑稽ですよ」


「その通りだ」

「だから俺は決意した。現世へ降臨して—」


「おはようございます!クロです!」


元気な挨拶と共に現れたのは新人死神・クロだった。


第三魂回収課の空気が、一瞬だけ止まる。

シロガネは目を細めた。


「……新人。お前、昨日何時間寝た」


「え? 八時間です!」


「帰れ」


「なんで!?」


ハイが小声で説明する。


「この課では睡眠時間六時間以上は敵です」


「理不尽すぎません!?」


その瞬間、部屋中に警報が鳴り響いた。


『東京都、二十代男性。三徹ソシャゲ後、エナドリ急性中毒』


「またかよ!!」


シロガネは鎌を掴んで転移門へ飛び込む。
クロも慌てて続いた。


現世。


ワンルームの床に、男性が倒れている。


シロガネは魂を回収しながら舌打ちした。


「イベントより寝ろ」


「課長、最近こういうの多いんですか?」


「最近? 毎日だ」


次の瞬間、また端末が鳴る。


『午前三時。動画一気見後、階段転落』

『深夜作業中、居眠り運転』

『朝まで飲酒後、心停止』


シロガネの額に青筋が浮かぶ。


「人間は寝不足で判断力が落ちる!すると事故る!事故ると我々が出る!つまり睡眠は現世と冥界を救う!」


ハイが頷く。


「課長は百年前からそう主張しています」


「絶対正論なのに、なんでこんな怖い響きになるんですか……?」


その日からクロは、第三魂回収課の地獄を知る。


夜勤。


深夜緊急出動。


徹夜明けの魂回収。


未練対応。


死神界では最近、“働き方改革”が始まっていた。


・定時退社推奨


・有給制度導入


・無理な回収禁止


だが現実は違う。

人間が夜中に死にすぎる。


クロは思った。

死神より、人間の方がブラックなのでは?


数週間後。シロガネの精神はついに限界を迎えた。


「……もう嫌だ。俺は定時で帰って、死神界の冷えたビールを飲むんだ」


虚ろな目でそう呟いたシロガネは、翌日から有給(という名の職務放棄)を取り、人間の姿に化けて現世へと降り立った。

彼は鎌ではなく、スマホを手に取った。

シロガネは『漆黒のサバイバー』というアカウント名で、SNSに匿名の投稿を始めた。死神の圧倒的な情報網を駆使したその活動は、瞬く間にネット中を震撼させる。


・【悲報】 睡眠不足がもたらす経済損失を、死神並みの精度でガチ試算してみた。

・ 【告発】 某IT企業の残業実態。労基より早く動く。

・『人は三日寝ないと死ぬ? 甘い。問題は四日目からだ』

・『“まだ大丈夫”と思ってる顔の人間、だいたい翌週こちら来る』


「いいか人間ども、睡眠は最強のバフ(強化呪文)だ。寝ない奴から死ぬぞ!」


死神の切実すぎる怨念(と健康情報)がこもった投稿はバズりにバズった。

さらに動画投稿者や医者、インフルエンサーまで巻き込み、


「睡眠最高!」


「夜更かしはブラック!」


「寝ろ!!」


という謎のブームが始まる。


効果は劇的だった。

現世の人間たちはこぞって「睡眠ファースト」の生活を始め、夜12時には街から人影が消えた。 それに伴い、深夜の突発的な死亡率が9割激減したのである。

死神界の第三魂回収課には、かつてない静寂が訪れていた。

時計の針が午後6時を指す。


「……お疲れ様でした」


ハイが信じられないといった様子で、荷物をまとめる。


「帰れる……本当に5時に帰れるぞ……!」

「定時だ! 太陽が沈む前に帰れるなんて、百何十年ぶりだ!?」


同僚たちが涙を流して歓喜する。現世から戻ったシロガネも、デスクで優雅にコーヒーをすすりながら、満足げに鼻を鳴らした。


「ふっ、見たか。これがトップダウンではない、ボトムアップの働き方改革だ。人間が生き永らえれば、俺たちの仕事は減る。Win-Winじゃないか」


「課長、さすがです! 尊敬します!」


クロが目を輝かせて拍手を送る。シロガネはこれまでにない全能感に満たされていた。


一ヶ月後。

シロガネは、死神界の人事部から提出された『来期・業務量予測データ』の資料を開いた。 現世のホワイト化が定着し、さぞかしクリーンなグラフになっているだろうと確信していた。

しかし、そこに描かれていたのは、右肩上がりどころか垂直に突き抜けるような、絶望的な赤いグラフだった。


「……おい、ハイ。これ、何のデータだ? 死亡率は減ったはずだろ」


シロガネの顔から血の気が引いていく。 ハイは哀れみの目を向けながら、静かに言った。


「課長。人間が夜更かしをやめ、健康になり、夜遅くにやることがなくなった結果……現世の『出生率』が前月比300%の大爆発を起こしました」


「……は?」


「つまり、今から100年後の未来、彼らが寿命を迎える時期の死亡者数が、現在の約2.7倍に膨れ上がる予測です。上層部はすでに、第三魂回収課の『24時間シフト制への移行』と『人員の3倍増(ただし予算は据え置き)』を決定しました」


シロガネは資料を見つめたまま呟く。


「……残業、増えてるじゃねぇか」


その瞬間。

第三魂回収課に、新たな警報が鳴り響いた。


『出生届、一斉反映開始』


『第三魂回収課
未来過密勤務につき、全職員の有給休暇を廃止します』


シロガネは天を仰いだ。


「人類ぃぃぃぃぃ!!お前ら頼むから今すぐ夜更かししてゲームして酒を飲めェェェェ!!(涙)」


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3分読み切りショートショート集 治癒学生 @Suya_0107

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